玄関の辺りから母さんと麻衣の話し声が聞こえる。
どうやらお気に入りドラマは終わったらしい。
なんとなく先刻の姉貴の言葉が堪えていた俺は、
ベッドから起き上がると部屋を出た。


玄関で靴を履いていた麻衣は、
急に出てきた俺の顔を見てちょっと驚いたように笑った。
いつもなら、一旦自室に籠もったら、

いちいち見送りなんかしないからな。



「真も帰って来たし、私も帰るね」


「……送ってく」


「えっ、いいよ。すぐ下なんだし」



答えずに俺は父さんのサンダルを突っ掛けて玄関を出た。
慌てて麻衣がついてくる。



「やるぅ~、色男~」



後ろから母さんの浮かれた囃し声がした。
姉貴は絶対に母さん似だ。
俺は溜息をつきながら、重い非常階段のドアを押した。



「あれ、エレベーターで行かないの?」



そう言ったものの、麻衣は素直に俺の後をついてきた。
このマンションには、外に非常用の螺旋階段がついている。
俺や麻衣の家は角部屋なので、

エレベーターホールより、こっちの方が近いことは近い。
とは言ってもさすがに今じゃ滅多に使わないが、

子供の頃は互いの家を行き来する時にはもっぱらこっちだった。
ガキは面倒なことの方が楽しいからな。



「なんか懐かしい。久しぶりだね。真とここ来るの」



麻衣は嬉しそうに笑って、赤茶けた階段に腰掛けた。
ミニスカートの足の間がかなりヤバい。
すぐ下の踊り場のところまで降りていた俺は、

またしても溜息をつく。
警戒心ゼロとはこのことだ。



「お前、姉貴に何でもぺらぺらしゃべってんなよ」



送るなんて言ったものの、話すネタが浮かばなくて、

とりあえず、そんなことを言った。
まぁ、こいつに口止めなんかしたところで

無意味なのは判り切っているんだが、
あの調子じゃ当分ネタにされるに決まっている。


麻衣は、いかにもしまったという風に目を見開いて、

ハッと自分の口に手を当てた。
だから少しはシラを切ったりしたらどうなんだ。



「ご、ごめん。そんなにしゃべったつもりないんだけど」


「じゃあ、何で姉貴が加南子さんの年齢まで知ってるんだよ。

……って、何でお前も知ってんだ?」



そこで俺はハタと気がついた。
確かに昼間紹介はしたけれど、

俺も加南子さんも具体的な年齢なんかは言っていないはずだ。



「だって岩城くんが

『若作りしてるけど上条コーチとタメの28』って……」



麻衣は慌ててまた口を押さえた。
こいつほど誘導尋問の必要のないヤツはいない。
百戦錬磨の姉貴にかかれば、

年齢なんか5秒で聞き出せたに違いない。
否、それよりも雅之だ。



「……あのヤロー」



俺は踊り場にしゃがみこんだ。

ここで上条コーチの名前が出るってことは、

当然加南子さんとコーチの関係も教えたに決まっている。



『何とっつかまってんだ。高見の時の二の舞やる気か?』



昼間「アルビレオ」に行った時、

コーヒーを運びに来たヤツは、へらへら微笑いながら、

去り際に俺の耳元で囁いた。

話す内容と全く別の表情が出来るのは、
俺には絶対真似の出来ないヤツの得意ワザのひとつだが、

加南子さんが気づかなかったかどうかはわからない。


「ごめんねっ。年齢なんか関係ないよねっ。

大丈夫っ加南子さんキレイだしっ!」



階段を駆け下りてきた麻衣が、
見当ハズレなフォローを入れながら俺の肩を揺さぶった。



「真とも、ちゃんとお似合いだって」



ゆさゆさ揺すったと思ったら、

今度は人の頭をぽんぽんと叩いて、
よしよしと言いながら撫でたりする。

ガキか、俺は。
お子様は、お前の方だろうが。



「……本気でそう思ってんの?」



俺は座り込んだまま顔だけ上げて麻衣を見上げた。
麻衣は、ノーテンキそうにきょとんとした顔で、

でっかい目を見開いている。


なんだかムカついてきた。

俺と加南子さんが、ほんの数時間前、

何をやっていたのか、
その時、俺が何を考えていたのか、

残らず教えてやったって、
たぶん、こいつは同じ顔をするだけに違いない。


俺は、勢いよく立ち上がった。
あっという間に、視点が逆転する。
至近距離で立ち上がられて、

麻衣は首がつりそうなほど反らして俺を見上げた。
麻衣の頭は、180センチの俺の

胸の辺りまでしかない。

俺は、無性に残酷な気分になった。



「真?」



麻衣は相変わらず無邪気な小動物の目で

俺を見上げ続けている。

こいつをどうにかするなんて、本当に簡単なことなんだ。

だけど。

指先さえ触れず、言葉すら掛けなくても、
こいつを泣かせたり笑わせたり出来るヤツがいる。

姉貴にとっての、達兄みたいに。



・・・・・・本当はわかってるのにね。

あれは映っているだけで

水の中には月はないんだって。

だったら、触れずに見ていればいいのに、

わざと掬って崩さずにはいられないの。



加南子さんの声が響く。

俺はぐちゃぐちゃした頭のまま、

麻衣にとっての「禁句」を口にした。

さっきの姉貴の時みたいに、うっかりなんかじゃなく、

今度は、はっきりと傷つけるために。



「飯田、明日帰ってくるんだろ。雅之のヤツ、知ってるぜ」



ほらな、やっぱり。
相手が雅之なら、

いつだってお前はそんな顔をするんだ。


・・・「水の中の月」 Fin.

×××   ×××   ×××


ここまで読んでくださってありがとうございました。

次の主人公は雅之です。

視点がコロコロ変わって、なんだかよくわかんないんだけど、

と思われてらっしゃる方、

読み進めていけば、たぶん大丈夫だと思います(^^;)

よろしければ、引き続きお付き合い下さいませ。



※登場人物紹介(イラスト有)2枚UPしました。

 よろしければポチリとどうぞ→+web clap+


ランキング参加しています。よろしくお願いします(^-^)


人気blogランキング
ブログ村 恋愛小説

FC2 Blog Ranking