俺はタバコを吸わない。
陸上をやっているのもあるけれど、
昔から特に吸いたいとも思わない。
だからといって、
吸う人間に目くじらを立てる方でもないのだが、
姉貴ときたら、ところ構わず吸い歩き、
ベッドの上なんかに平気で灰を落とすのだからたまらない。
俺の注意なんか当然無視した姉貴は、
人の肩に腕を乗せると、にっこり微笑って、
ことさら大げさに煙を吐いた。
顔は天使みたいだが、中身は悪魔だ。
よく似ていると言われる俺は、
この「女みたいに可愛い」ツラで
余計な苦労を強いられることが多いが、
正真正銘の女である姉貴は、
ずいぶんと得な人生を歩んでいると思う。
加えて外での姉貴の猫かぶりようといったら、
身内の俺でも思わずダマされそうになるほどで、
俺の友達にも女神様みたいに崇拝しているヤツもいるが、
気の毒過ぎて真実は語れない。
外での姉貴を見てダマされなかったのは、
今のところ雅之くらいなもんだろう。
俺は半分くらい残っていたパック牛乳を
一気に飲んでゴミ箱に放ると、
ジャケットを脱いでハンガーにかけ、軽く形を整えた。
そんな俺を見て、姉貴は鼻で笑っている。
男のクセに神経質だと言いたいらしい。
そのへんにバサッと脱ぎっぱなしにするっていうのが、
どうしてもキライなのだが、
居間のソファーに脱いだストッキングを
平気で放置しておくような姉を見て育ったら、
余計に神経質にもなるってもんだ。
「何だよ。話あるならさっさと言えよ。」
「まーね、話ってほどのもんでもないけどさ。」
俺のベッドに座り込んだ姉貴は、
すんなり本題に入ろうとせず、落ち着きなく部屋を見渡したり、
なんかヤバいもんな~い~? なんて言いながら
ベッドの下を覗き込んだりしている。
(そんなとこに隠さねぇよ)
「俺、風呂入りたいんだけど」
いいかげんウザくなってそういうと、
姉貴は、ようやく話を切り出した。
「じゃあ言うけどさ、真、最近麻衣ちゃんに冷たすぎじゃない?
あんたが遅く帰って、あたしや母さんがシカトしてても、
あのコ必ず迎えに出るでしょ。」
「……だから何だよ」
「気づいてた? あんた帰るまで待ってから帰ってるのよ。
自分は誰も"おかえり"って言ってもらえない家へさ」
正直、ずしんときた。
普段のあいつのノーテンキぶりに、つい忘れているけど、
誰も居ない部屋に1人で帰るのはやっぱり寂しいに違いない。
最初から1人暮らしなのと、途中から1人になってしまうのは
よくわからないけど、たぶん違う。
年中カメラ片手に野生動物を追いかけて放浪している達兄も、
そして今は鏡子おばさんも、もう居ないんだから。
「ま、それはおいといて」
しんみりした俺を放置して、急にウキウキし始めた姉貴は
お得意の上目遣いで身を乗り出した。
「あんた、麻衣ちゃんのバイト先に女連れてきたんだって?
いやらしい~」
「やらしくねぇよっ」
どうやらこっちが本題だったらしい。
麻衣のやつ、余計なネタ提供しやがって。
前言撤回。やっぱりデメリットの方がデカい。
どうやってこの話題を回避しようか考える間もなく、
姉貴はさらに、とんでもないことを言った。
「だって彼女、あたしより4つも年上なんでしょ?
なに~、そんなにスゴいの?」
「スゴいって……」
あくまでポーカーフェイスで通すはずだったのに、
不覚にもつい先刻までの
加南子さんとの逢瀬を思い出してしまった。
「やだっ!! このコ赤面してるっ。マジエロいっ」
姉貴が急に立ち上がって肩を突き飛ばしたので、
机の脚に向う脛を強かぶつけ、
俺はかなりムッときた。
「っせーなっ。自分がまた振ったか振られたかしたからって
弟でストレス解消すんな。達兄にチクるぞっ!!」
「はーん。半年以上も音信不通のヤツに
チクれるもんならチクッてみなっ!! 」
俺が「禁句」を口にするほど本気でキレかけたのを察して、
姉貴はさっさと戦線離脱して、するりとドアの外へ逃げた。
まずい、と思ったけれど、もう遅い。
「……どうせ、歯牙にもかけないわよ」
閉めたドアの向こうから、姉貴とは思えない弱々しい声が呟いた。
姉貴はバカだ。
恵まれた通りの得な人生を、そのまま歩んで行けばいいのに。
なんだって、俺の周りの女は
手に入らないヤツばかり好きになるんだ。
なんだかウンザリとした気分で、俺はゴロンとベッドに横になった。
カーテンを開けたままの窓から、逆さまに夜空を眺める。
いつのまに晴れたのか、雲は消え失せ、
さっきよりも高く上がった月だけが、我が物顔で浮かんでいる。
煌々と光り輝く満月は、憎らしいほど美しかった。
・・・To be continued.
××× ××× ×××
※登場人物紹介(イラスト有)2枚UPしました。
よろしければポチリとどうぞ→+web clap+
ランキング参加しています。よろしくお願いします(^-^)