他テーブルの女性客が、

羨ましそうに視線を送ったり、
話しかけたりするのを笑顔でかわしながら、
岩城くんは真たちのテーブルに近づく。


加南子さんが微笑んだ。

こちらに背中を向けている岩城くんの顔は見えない。


5番テーブルは、窓際の一番隅なので、
カウンターからは離れていて会話は聴こえない。
けれど、3人の様子は知った者同士といった雰囲気だ。
なんとなく、胸の奥がチリッとした。


たいして長話をする訳でもなく、
岩城くんはすぐに5番テーブルを離れた。


戻るついでに近くのテーブルの空いたカップや器を下げながら、
岩城くんファンの常連さんの追加オーダーを聞いたりしている。


「マスター、2番オレンジティー1追加っす。野坂、ホレみやげ」


戻ってきた岩城くんは、
私の前に下げてきたカップの山を突き出した。


「うれしくなーい」


私はぶうぶう言いながら、それを洗い始める。
カウンターに入ってきた岩城くんは、

鼻歌を歌いながらクロスを取り、
私の隣で洗い終わったカップを拭き始めた。


ちら、と横目で様子を窺う。
特に変わったようには見えない。
でも、胸の奥のチリチリは、まだ続いている。
だから、ついつい、訊いてしまった。


「岩城くんも加南子さんと親しいんだ」


「別に、親しいってほどでもないけど」


なんでもない口調で岩城くんは答えた。
それで終わらせようとしたのかもしれないけれど、
私が疑わしげに見ているのに気づいて言葉を続ける。


「昔コーチの家に真や高見と行った時、

メシごちそうになったんだ。それだけ」


「えーっ、舞子ちゃんまで一緒? 私知らないよ。三人でずるい~」


「高2の大会遠征の帰りだっけな。お前さっさと帰ってただろ。

雪乃女史と」


どきんとした。
思わず、濡れた手で
カフェ・エプロンのポケットを押さえる。


「岩城くん、あのね……っ」


勢い込んで言いかけたものの、
そこで言葉が止まってしまった。
微妙な間が続く。


「何?」


「……えーと、なんでもない。ごめんねっ」


「なんだ、そりゃ。気になるじゃん」


尚も追求されそうになった時、
マスターの声が遮った。


「おーい。2番、オレンジティー持ってって」


「あ、オレ行きます」


岩城くんは、私の方を気にしつつも、
クロスを置くとお運びに行ってしまった。


ホッとして、私はマスターの肩に

こつんと頭をぶつける。


「マスター感謝~」


「なんだか知らないけど、私語はほどほどにな」


「スミマセン」


私は神妙に洗い物の続きを始めた。
マスターは、普段はめちゃめちゃ優しいけれど、
本気で怒ったらすごく怖いんだ。
背格好や年恰好といい、
ちょっと達郎くんに似ている。


達郎くんは私の叔父さん。
唯一の大切な身内だ。



マスターがカウンターの脇に掛けてある
月の満ち欠けの記されたカレンダーを見ながら言う。


「明日だっけ? 麻衣ちゃん休み取ってるの」


「あ、はい。……親友が帰国するんです。3年ぶりに」


つるりと答えてしまった。

どうしてかな。
岩城くんには言えなかったのに。

たぶん、岩城くんの口からこぼれた
「雪乃女史」という響きが、すごく優しかったからだ。


「へぇ?」


マスターは、薄く色のついた眼鏡レンズの奥で

柔らかい笑みを浮かべながら言った。


「いちど連れておいで。麻衣ちゃんの親友ならご馳走しないとな」


「……はい」


私は、2番テーブルでOLっぽい二人組の常連さんと
楽しそうに話している岩城くんを見た。


岩城くん。
ゆきちゃん、明日帰って来るんだよ……。


ふと、5番テーブルに視線を移すと、
加南子さんがタバコに火をつけていた。
さっきの笑顔は消え失せて、
最初に入ってきた時のような、つんとした雰囲気に戻っていた。



・・・「言えない手紙」 Fin.

×××   ×××   ×××


ここまで読んでくださってありがとうございました。

次の主人公は真です。

さて、彼と加南子の関係、そして真から見た麻衣とは……?

(麻衣の話も、もちろんまだ続きますよ~)


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