周りがいくら心配しても、いくら説得しようと試みても、結局、本人がどう思うのか、どう決めるのか、どう行動するのかでのみで、その人の状況が変化する可能性が生まれます。


愛する人に対しては特に、心配したり、説得しまくったりしてしまうものですが、

本人が感じなければ、煩い雑音にしか聞こえません。


その、何とかしてやりたい相手が、いくらやっても言ってもずっと何にもしないなら手放しましょう。



何を手放すのか。



心配をです。




そして、自分に意識を向けましょう。

まず、自分自身が充実して生きること。

それが大事です。



心配しているその人が、心配する事を止めてくれないからと言って、半狂乱になるのを止めましょう。1日の大半を、一年の大半をそうやって過ごし、一喜一憂を繰り返す、


それは、健全な生き方ではありません。


今までと同じようなやり方で、その心配する相手に振り回される事に5年以上費やしたとしたら、
多くは同じ事を、この先ずっと続けていく事になります。



いくら愛情があっても
それは双方に良いことではありません。
共依存の関係性になります。
負のスパイラルにい続ける事になってしまいます。


共依存の関係になってる場合、
最初は上手くいかないでしょう。


頑張って心配する事を止めても、どうしても心配しなければならない状態を相手が作り出します。


お互いに大変苦しいです。


心配する側は、特に苦しいです。

心配する事が習慣になっているからです。

毎日ご飯を食べるように心配する事が当たり前になっているからです。




心配が無くなると不安になります。

そして、新たな心配を作り出します。





心配な事に不安があるのではなく、

心配する事がない事に不安になるのです。





それに気づかなければなりません。





心配する人は、心配する事を探しています。



そして、心配する事が全部なくなればいいのにと思っています。


負の出来事がある事を受け入れられないのです。






例えば、家の中に蝿が入ってくる。

その蝿を追い出したいと思っている内にまた一匹入って来た。

そうなると、蝿を探し出します。
蝿を追い出すことに神経を使います。
蝿が入ってこない事に神経を使います。


もう絶対入ってこないように考え行動します。


そうなると、他のことは目に入らなくなってきます。

あの蝿が卵を産んだらどうしよう、
家の中が蝿だらけになってしまったらどうしよう、その心配から、徹底的に蝿を排除しなければと思うようになります。

蝿が入ってこない時にだけ、ホッと安堵します。



これは、とても極端な例えです。




ここまで極端に例えるのは、
年間の大半、誰かや何かを心配している人は、
心配を探しているという事にも気付く事が難しいからです。


心配を探すのなら、安心を探してください。


ないものを探すのなら、あるものを探してください。


トラブルが起こった時は心配などせずに、
普段より冷静になり対処と対応をすればいいだけのことです。



まだ起きてない未来を心配し、
もう過ぎてしまった過去を後悔し、
今を無駄にしないでください。



でも、それを続けている人が身近にいるのなら
それがその人の生き方です。


本人が何を選ぶかです。


自分が何を選ぶかです。



人の生き方は変えられません。


変わる時はいつだって内側からです。

きっかけがあったとしても、

内側からしか変わりません。


心配する人がいくらきっかけを与えようとしても、そのエネルギーでは相手の内側は変わりません。

まず、安心する人のエネルギーを発してください。


終わります。