最近、ふと思ったことがあります。

「謝ってもらっているはずなのに、
どうしてこんなに心がモヤモヤするんだろう?」って。

文章としては
「すみません」
「申し訳ありません」
って書いてある。

なのに——
なぜか、謝られた感じがしない。



それは「謝罪文」ではなく

「自己弁護文」だから

こういう文章、ありませんか?
• 悪意はなかった
• 嘘は言っていない
• そう受け取ったならごめんなさい
• 私も辛かった
• 本当は分かってほしかった

一見、低姿勢。
でも読んでいくと、だんだん気づく。

あれ?
私の気持ちは、どこにも書いてないなって。



「ごめんね」の後に続くもの

謝罪文の中に、こんな言葉が多いとき。
• でも
• ただ
• だって
• とはいえ

その瞬間、
謝罪は 説明 に変わります。

そして説明は、
多くの場合、自己防衛。



本当に残念な謝罪文

以前、こんな表現を見たことがあります。

「謝ってはいるけれど、
“私を分かってほしい”が前面に出ている文章」

まさにこれ。

・謝罪している
・でも自分は悪くないと言っている
・相手の痛みには触れない

だから読む側は、
許す・許さない以前に、疲れてしまう。



謝罪って、本当はすごくシンプル

本当の謝罪は、短い。
• 傷つけたこと
• 信頼を壊したこと
• 相手の感情

そこにだけ、焦点がある。

自分の事情も、背景も、正しさも、
その場では要らない。



謝罪文が謝罪にならない理由

それはきっと、

「悪者になりたくない」
「理解されたい」
「嫌われたくない」

その気持ちが、
文章ににじみ出てしまうから。

でも——
謝罪の場で一番大切なのは
自分の心ではなく、相手の心。



違和感を感じたあなたへ

もし
「ちゃんと謝られていない気がする」
そう感じたなら。

それは、あなたが冷たいからでも
心が狭いからでもない。

ただ、
謝罪の形をした自己弁護を
ちゃんと見抜いただけ。



謝罪って、
言葉の量じゃない。
言い訳の上手さでもない。

どこに視点が向いているか。

それだけ。

今日も、自分の感覚を信じていい。
それは、ちゃんとあなたを守っている