まさか日本でカルチャーショックを!

まさか日本でカルチャーショックを!

2025年4月18日未明アメブロに引っ越してまいりました。
中国生活経験者 元日本語教師

アメブロに引っ越して1年。

だいぶ慣れてきた。

 

ここで話題を突然変える・・・。

18歳の夏に運転免許を取得し、翌年3月半ばには4月から入社する職場でアルバイトを始めた。

いきなり社用車を与えられ、それで通勤するようになった。

そこから38歳で中国に渡る1か月程前まで、商用車からマイカーまで様々なタイプの車を運転してきた。

車に乗り始めて3年ぐらいは、けっこうあちらこちらぶつけたり、擦ったりしていた。

2回事故に巻き込まれたこともあった。

30代前半には日曜出勤の帰りに事故を起こしたこともあった。

 

しかし、元々長く建設業の人であったこともあり、車両感覚は一般の方々とは違うようである。

とはいえ、親族の数人のプロドライバーには適わないけれども。

 

帰国して12年になるが、1年を除きほぼ毎日マイカー通勤をしているし、この4年は昔同様に自分専用の社用車も与えられている。

日々おかしな運転の方々と出遭っているが、自分の車両感覚に助けられている。

 

そんな私もこの数年はスーパーなどの駐車ロットに斜めに入り込んでいることもある。「隣の車の方の乗降や荷の出し入れに支障がなければ問題ない程度であれば、いいだろ~」と思う反面、「それこそじじいの仲間入りかな? 気をつけねば・・・」と己を疑ってみることもある。

 

元々自分で車を運転することが好きなわけではなく、土地柄や仕事柄で車が必要なだけである。

それに、老いた親のためには車がないと大変である。

 

さて、5年前に3年7か月落ちにも関わらず、走行距離2万kmに満たなかった好条件の中古車を手に入れた。

今年の夏までには10万kmを超えると思われるが、今までの車よりは修理にお金がかかっていない誠にありがたいお車である。

しかし、このお車も今年車検を受け、10年目となる来年ぐらいには車を買い換えたいと思っている。

 

そして元々中古車派の自分ではあるが、「新車を買うのならば、これがラストチャンスかな」と思う次第。

今までどおり中古車であったとしても、親のことを考えれば、やはりパワースライドドアとなるであろう。

5,6年のローンを組んだとすれば、それが終わること65歳になる。

そう考えると、少しは贅沢をしてみたい気もする。

 

2002年であったか、やはり中古車派であった父親が第二の定年で65歳のときに、新車をプレゼントした。

ずっと普通車に乗ってきた父親のリクエストは私の妹たちというか、自分の娘たちが乗っていたようなトールワゴンというかハイトワゴンの軽自動車であった。

懇意の自動車店に「100万円ぐらい?」と訊けば、「今時100万では買えません」と言われた。

フロアマットや雨の日などのためのドアバイザーを付ければ、もう2、30万円は高くなるとのこと。

実際130万円ぐらい支払った記憶がある。

 

しかし、現在では軽でもパワースライドドアであれば、少なくてもトータルで200万円は見ておきたい時代。

それを考えれば、今乗っているように小型車のパワースライドドアのほうが断然お得だと感じる。

何にしても自分が心底乗りたいという車ではないけれど・・・。

 

自分が中国に行くようになった20代半ばから、中国から戻った47歳まで広東省の広州白雲空港で見てきた某日本車、某おフランス車、某韓国車。

もともと小さな車が好きな私がなぜか憧れたオサレな普通車たち。

そういう洗練されたお車への夢が夢で終わりそうなお年頃。

体調が良くない時。

それは決して自分の身体の問題だけではない場合がある。

この場合、たいてい自分で対処できるのだが、金曜の夜というか土曜日の未明は目に見えない存在の力を借りた。

と、記すと、変な人だという方も多いし、このブログはそういうカテゴリではない。

だから、この5行に留めておく。

 

さて、毎年この時期(4月下旬~5月初旬)は出生地に顔を出す。

帰国後必ず行っているのだが、2024年はとあるプロジェクトが終わった9月初旬となった。

そのときに飛び込みで入ったお店が気に入り、以降何かで出生地を訪れる度に顔を出している。

もっとも、車の場合は無理であるけれども。

 

2024年からは何故か年に数回行くようになり、今年は既に2月にも行っている。

そこでお気に入りの地酒と海の幸を堪能する。

 

と、記すと、さぞや魚好きだと思われるであろう。

だが、中国に行く前まではあまり生の魚が得意ではなかった。

よほど活きが良くないと食べなかった。

であるから、軍艦等が多かった。

 

では何故刺身や寿司をありがたがるようになったかといえば、中国生活の経験である。

「日本の味に飢える」→「高いけど日本料理屋などに飛び込む」→「涙を流す寸前となる」

 

ただ、中国の場合、よほどのお店でないと、日本の品揃えには及ばない。

 

それが今のお魚好きの私を形成している・・・・・・。

 

本日、自分に自分でご褒美を与えた。

自分を大切にしないといけないので。

特に今年は思いがけない大変な仕事が舞い込んで来たので、今以上に自分を大切にしていきたい。

 

年齢を重ねると、面倒なことはしたくなくなるもの。

それは私も同じこと。

しかし、「俺はずるい人間にはなりたくない」という観点により、面倒なことに手を出してしまうことがある。

 

例えば、一度も手を出したことがないとある電子的な仕事があるとする。

だが、それを扱える方が忙しかったり、不在であるとしたら。

ましてや本来それをやるべきおじさんが「やったことがない」からやらないことがあり、同じ「やったことがない」おじさんの私が率先してそれを行ったことがあった。

いくらパソコン作業が得意であっても、一度も使ったことがないアプリと専用マシンには手こずった。

慣れている方なら1時間でできるに違いないことを数時間かけて仕上げた。

ずるいおじさんは仕上がってから登場した。

 

それから1か月以上が過ぎた本日。

(ずるいおじさんがやらないから)手をつけるしかない偉いさんからその仕事を取り上げて(やはり時間をかけて)仕上げたおっちゃんの私。

 

偉いさんには偉いさんにしかできない仕事があるのでそれを進めていただきたい。

もちろん私にだって私しかできない仕事があれば、他の仕事も溜まっている。

それでもやる。

「ずるい人間にはなりたくない」ので。

 

そんな私にも「やりたくない仕事」がある。

それは身体の事情によるものであり、ある部分会社も考慮してくれてはいる。

その分自分にしかできない仕事をこなすようにはしているが、視点を変えれば(ずるい人間と)「五十歩百歩」なのかもしれない。

 

まあ「ずるい人間」にもやはり特技はあるわけであり、そういう面は評価するようにしている。

すると不思議なものでずるい方が「自分のずるさ」を正直に認めたりする。

そこで吹き出さずに冷静さを保つのがポイントである・・・。

 

さて、中国で日本語教師をしていたとき、毎期毎期必ずとある課題を出した。

会話授業の一環としての入社面接模擬。

その前提作業ともいえる履歴書作成。

私も経験があるのだが、外国語で履歴書を作るのは大変である。

そして人間は誰しも得手不得手がある。

毎回必ず1人、2人は履歴書とはいえないものを提出するのであった。

 

けっこうおしゃれな都市ではあったが、そこは郊外の日本語学校であり、どの授業も大学と同じような時間は取れない。

学生も早くて1年(中級)、長くても1年半(上級)で卒業していく。

そうなるとどうしても「書く」という作業を置き去りにせざるを得ない。

特に上級クラスではJLPTのN1取得をメインと考える学生ばかりとなる。

 

ちなみに中国人上司は教えた文法を初級からすべてノートに記して提出させるという課題を出してバランスを取っていたようであるが、私は私でバランスを取るために、(この電子の世の中に)無情にも「手書きの履歴書を課していた」のであった。

もちろん毎期、毎期必ずぶつくさ言う学生が現われる。

それはそれで当然の意見だと思うが、教師として(理由を示したうえで)強行していた。

(上司の出す課題に比べたら、楽なものとも伝えるが、実際は楽なものではない。)

 

 

あるクールのこと。

出さない学生に「出せよ」と日本語教師を忘れた口調でせっついたことがあった。

伏し目がちに履歴書を差し出した社会人経験者の青年。

私はその履歴書を見て大笑いした。

名前以外は見事に何も書かれていなかった。

「この時間中に少しは記すように」「卒業した学校名ぐらい書けるでしょう」と伝えたような記憶がある。

 

普段は楽しい授業を心がけている私であったが、約束事だとか礼儀にはかなり厳しく、みんなそれを知っている。

そんな先生が大笑いして許そうとしているのだから、「先生、甘いよ!」とのたまった女性もいた。

とはいえ、書けないものは書けないのである。

それを伝えておいた。

 

何も書けなかった青年はある意味真面目過ぎる。

とても悩んだに違いない。

 

ただ、今のようにAIが使える時代ではなかったが、(あらかじめ「駄目よ」と伝えてはあったのに)中国語の美辞麗句の並ぶ履歴書を日本語に訳して提出する学生もいたのである。

もちろんそれは添削しながら指摘する。

だが、その美辞麗句履歴書の学生は「期限までの提出を守った」のである。

その部分は評価したい。

 

帰国後に日本で仕事をしていると、以前とは違う驚きとの連続である。

ある意味「正確さより期日までに仕上げること」が優先され過ぎている。

普段そういう「あまりにも不正確過ぎる」客先資料を見て、ぶつくさ文句を言いながら資料の分析を行うのも私の仕事の一部であったりする。

だが、間に合わなければ、様々な関係先に迷惑をかけることになるのは間違いない。

 

実は私も仕事が忙しすぎると、優先順位により準備に手を抜く仕事があったりする。

そうしないと倒れてしまう。

もちろん準備をしていないのだから、日本語教師経験者の私でも、指摘されてテンパってしまい、しどろもどろになったことがある。

だが、指摘されればそこを直せば良いわけで・・・。

 

やはり一番ずるいのは私なのかもしれない。