まさか日本でカルチャーショックを!

まさか日本でカルチャーショックを!

2025年4月18日未明アメブロに引っ越してまいりました。
中国生活経験者 元日本語教師

年齢を重ねると、面倒なことはしたくなくなるもの。

それは私も同じこと。

しかし、「俺はずるい人間にはなりたくない」という観点により、面倒なことに手を出してしまうことがある。

 

例えば、一度も手を出したことがないとある電子的な仕事があるとする。

だが、それを扱える方が忙しかったり、不在であるとしたら。

ましてや本来それをやるべきおじさんが「やったことがない」からやらないことがあり、同じ「やったことがない」おじさんの私が率先してそれを行ったことがあった。

いくらパソコン作業が得意であっても、一度も使ったことがないアプリと専用マシンには手こずった。

慣れている方なら1時間でできるに違いないことを数時間かけて仕上げた。

ずるいおじさんは仕上がってから登場した。

 

それから1か月以上が過ぎた本日。

(ずるいおじさんがやらないから)手をつけるしかない偉いさんからその仕事を取り上げて(やはり時間をかけて)仕上げたおっちゃんの私。

 

偉いさんには偉いさんにしかできない仕事があるのでそれを進めていただきたい。

もちろん私にだって私しかできない仕事があれば、他の仕事も溜まっている。

それでもやる。

「ずるい人間にはなりたくない」ので。

 

そんな私にも「やりたくない仕事」がある。

それは身体の事情によるものであり、ある部分会社も考慮してくれてはいる。

その分自分にしかできない仕事をこなすようにはしているが、視点を変えれば(ずるい人間と)「五十歩百歩」なのかもしれない。

 

まあ「ずるい人間」にもやはり特技はあるわけであり、そういう面は評価するようにしている。

すると不思議なものでずるい方が「自分のずるさ」を正直に認めたりする。

そこで吹き出さずに冷静さを保つのがポイントである・・・。

 

さて、中国で日本語教師をしていたとき、毎期毎期必ずとある課題を出した。

会話授業の一環としての入社面接模擬。

その前提作業ともいえる履歴書作成。

私も経験があるのだが、外国語で履歴書を作るのは大変である。

そして人間は誰しも得手不得手がある。

毎回必ず1人、2人は履歴書とはいえないものを提出するのであった。

 

けっこうおしゃれな都市ではあったが、そこは郊外の日本語学校であり、どの授業も大学と同じような時間は取れない。

学生も早くて1年(中級)、長くても1年半(上級)で卒業していく。

そうなるとどうしても「書く」という作業を置き去りにせざるを得ない。

特に上級クラスではJLPTのN1取得をメインと考える学生ばかりとなる。

 

ちなみに中国人上司は教えた文法を初級からすべてノートに記して提出させるという課題を出してバランスを取っていたようであるが、私は私でバランスを取るために、(この電子の世の中に)無情にも「手書きの履歴書を課していた」のであった。

もちろん毎期、毎期必ずぶつくさ言う学生が現われる。

それはそれで当然の意見だと思うが、教師として(理由を示したうえで)強行していた。

(上司の出す課題に比べたら、楽なものとも伝えるが、実際は楽なものではない。)

 

 

あるクールのこと。

出さない学生に「出せよ」と日本語教師を忘れた口調でせっついたことがあった。

伏し目がちに履歴書を差し出した社会人経験者の青年。

私はその履歴書を見て大笑いした。

名前以外は見事に何も書かれていなかった。

「この時間中に少しは記すように」「卒業した学校名ぐらい書けるでしょう」と伝えたような記憶がある。

 

普段は楽しい授業を心がけている私であったが、約束事だとか礼儀にはかなり厳しく、みんなそれを知っている。

そんな先生が大笑いして許そうとしているのだから、「先生、甘いよ!」とのたまった女性もいた。

とはいえ、書けないものは書けないのである。

それを伝えておいた。

 

何も書けなかった青年はある意味真面目過ぎる。

とても悩んだに違いない。

 

ただ、今のようにAIが使える時代ではなかったが、(あらかじめ「駄目よ」と伝えてはあったのに)中国語の美辞麗句の並ぶ履歴書を日本語に訳して提出する学生もいたのである。

もちろんそれは添削しながら指摘する。

だが、その美辞麗句履歴書の学生は「期限までの提出を守った」のである。

その部分は評価したい。

 

帰国後に日本で仕事をしていると、以前とは違う驚きとの連続である。

ある意味「正確さより期日までに仕上げること」が優先され過ぎている。

普段そういう「あまりにも不正確過ぎる」客先資料を見て、ぶつくさ文句を言いながら資料の分析を行うのも私の仕事の一部であったりする。

だが、間に合わなければ、様々な関係先に迷惑をかけることになるのは間違いない。

 

実は私も仕事が忙しすぎると、優先順位により準備に手を抜く仕事があったりする。

そうしないと倒れてしまう。

もちろん準備をしていないのだから、日本語教師経験者の私でも、指摘されてテンパってしまい、しどろもどろになったことがある。

だが、指摘されればそこを直せば良いわけで・・・。

 

やはり一番ずるいのは私なのかもしれない。

今日は歌えると思った。

だが、駄目だった。

途中までは良かったのに・・・・・・。

 

社会人学生をしていた頃、社用車の中で聴いていたラジオ。

当時はまだRadio-i も開局しておらず、NHKラジオ第2以外ではCBCラジオを聴くことが多かった。

 

会社付近なら良いのだが、場所によっては16時過ぎには会社に向かって出発しないと大学に間に合わなかった。

16時半頃ある付近に来ると、短い番組が始まり、そこで歌が流れる。

その歌が流れる確率は多く、今から学校だというのに、決まって涙が流れた。

 

歌というか台詞に出てくる貧しい家の教え子が通うのは定時制高校。

「生きていることは楽しい」そのくだりで決まって涙を流していた。

 

その歌は坂上二郎氏の『学校の先生』。

令和の今、あまり流れることはなくなったが、(私が出国した)平成半ば過ぎまではけっこうラジオから流れていた。

 

CDの音源をパソコンに入れて、中国に行ったわけであり、日本語教師をしながら時々聴いていた。

特に週末の深夜、パソコンで日本語、中国語、英語、韓国語など様々な歌を聴いていたのだが、必ずその歌も流れていた。

教師をしていたことで、歌や台詞の様々な箇所で涙を流すようになった私。

もっとも私は台詞の一部(たった一文)が好きではないのだが、これも時代の流れというものであろう。

 

昨日の土曜日。

自宅の用を済ませた後、個人の買い物を兼ねて、外に出かけた。

昨日は家で勉強したくなかった。

とりあえず1軒目の買い物の後、コンビニでお弁当を買い込み、ある施設の駐車場に行き、そこで昼食を食べ、勉強開始。

昨日は聴解まではやらなかったが、仮に音源を聴くために、わざわざ車のエンジンをかけっぱなしにしなくても、スマホやタブレットPCを活用すれば良いだけの話。

(真夏以外はね・・・・・・。)

 

勉強後、1時間のウォーキングを行い、車に戻り、他の買い物に出かけた。

カーナビにiPhoneを接続し、AppleMusicの音楽を流した。

ダウンロードしたものもあれば、個人の集積したMP3を入れたものもある。

最近はHSKの勉強をしているので、聴くのは中国語普通話や台湾や香港などで言うところの国語の歌が多い。

しかし、そのまま流して行くと、他の外国語の歌や昔の日本の歌も流れる。

 

その数々の歌に混じって入っているのが坂上二郎氏の『学校の先生』。

無意識に歌っていた。

今日は泣かずに歌い切れそうだと思った。

しかし、最後のほうで声が詰まって瞳ウルウル状態に。

 

中学、高校、大学、専門学校を問わず、定時制や通信制で勉強した方々は多い。

自分の周りにも日本語教師仲間だけではなく、けっこういる。

つまり、何も珍しい話ではない。

 

さらには、この世の中にはたくさんの「学校の先生」がいる。

 

行きたい学校に通えなかった方や不良であった方も多い。

不幸せであった方も多いであろう。

 

その中には私のように、この歌で感極まる方がいらっしゃるのであろう。

本格的な雨降りの金曜日。

水不足の解消の兆しが見えつつあるところの大雨はありがたい。

(2023年5月のような洪水を思わせるような増水は困るけれど。)

 

残業後、「今日はもういい」とそのまま帰宅した。

夜に歩かないのは久しぶり。

本日は3千5百歩に過ぎない。

この5日間の合計が3万4千5百歩、つまり1日平均7千歩を下回ってしまった。

 

昨年GWから酷かった座骨神経痛。

これは生まれつきの股関節の影響によるもの。

ただ、今回はひどかった。

痺れというよりは痛い。

昨年5月からではなく、4月から本社に復帰していれば、こんなことはなかったであろう。

7月1日に座骨に痛み止めを打ってもらったが、しばらくの間しか効かなかった。

膝にも何度か打っているからなのであろうか。

 

それでもお盆休みぐらいから徐々に慣らしていき、痛みが減りだしたのは10月下旬。

そこから1日6千歩程度には持っていき、12月になってから、元旦と法事があった日以外は1週間のトータルで1日平均8千歩を超えるように歩いていた。

しかし、今年の4月を迎えた途端忙しくなり、今週から1日平均7千歩に落とすことにしたばかりであった。

 

この土日を利用して、歩数を稼ぐつもりでいる。

無理をせずに7千歩×7日=4万9千歩≒5万歩に抑えておこうと思っている。

 

ちなみに2022年4月~25年4月までは平均して1日5~6千歩であった。

 

さて、本日の話題。

「少なくするのは簡単であるが、増やすのは難しい」

何度も記しているのだが、最近はリアルにこれを感じる。

昨年本社に戻ってから、仕事量が減った。

(普通に考えれば、それなりの仕事量なのだが、それまでが残業規制との闘いの日々であった。)

 

その状態で日々普通に残業しないと追いつかない仕事というのは疲れる。

早く帰らないと老いた母親の寝る時間が遅くなる思うからこそ余計に。

 

だいたい私は部署一番乗りの人である。

いくら(徳を積ませていただくためと、自分の部署ぐらい事務・総務に任せるなど言語道断という考えによる)お掃除るんるんの後で仕事を始めるといえでも、(現場勤務を除き本社、支社の中では仕事開始時間が早い部類に属する。

 

多い授業を減らすのは簡単であるが、増やすのは難しい。

教師も学生も。

 

課題を減らすのは簡単であるが、増やすのは難しい。

教師も学生も。

 

ウオーキングの時間を減らすのは簡単であるが、次回のウインターシーズンに増やすのは難しい。

老いも若きも。

 

ちなみに帰国してから1本もたばこを吸っていない。

12年弱になるかと思う。

吸うのは簡単であるが、やめるのが難しいので。

つまり、この場合は減らすのが難しいというパターン。

(昨年、出先で飛び込んだコンビニでのお弁当温め待ち時間、目の前に(中国たばこの中でも日本人お口に合う)《中南海》が並べられており、ひどく心を揺さぶられたおじさまであったがこらえた。)

 

どうでも良い話だが、社会人になってから通った大学の卒業式の後、若い学友が私の口にマイルドセブンを突っ込み、火をつけてくれたあの味も蘇ってくる。

 

すでに20代の頃から何度も禁煙を続けており、20代後半から30半ばまでの7年が2番目に長い禁煙期間であった。