「存在価値が何も無い」のは事務員の「人形」についても言える。
初めて知った本部長は前述通り、本当に出来る人だった。
その次に来たのは、いろいろな講師が事務員たちの居る前でも「今度来た本部長は無能だね」と平気で言う程、何もできなかった。
その後に続いた本部長なるブツも「寸足らず」「ジャガイモ」「手配師まがい」といった感じを受けた。
この「手配師まがい」氏、さも「自分が本校を支配している」といった感じに振舞うのだが、講師会では講師から突き上げを喰うのではないかといつもオドオドしている様子がよく見えた。キキケケ上がりでは何といっても人材が貧しいのだ。
本物本部長の通った後は、あらゆることが全てし尽くされていて、する事が残っていなかった。 無能本部長氏がやったことといえば、予備校の資格を「専門学校」から「専修学校」に変えたくらいのことだ。
「専門学校」と「専修学校」との違いが分からないので、電話で役所に問い合わせてみた。しかし、役所の職員が「さー、よく分かりませんが、税制面で何か違いがあるのではないでしょうか」とのことだった。
玄関ロビー前に鉢植えの花を置いた本部長もいたが、盗まれたものか、1週間でチョンとなった。
その他、校舎内にポロロン・ポロロンといった感じのBGMを流した本部長もいた。今でも続いているかも知れない。
一番の傑作は、保育園レベルの絵を壁に大きく描いたことだった。
上記無能本部長氏、「調教師様ご休息処」に顔を出すこともまずはなく、どこで何をしているのか全く分からないのも講師間での話題であった。
生徒をスパイに使って、各講師の授業状態を聞いているということは筆者の前で口外したが、「ご休息処」にも姿を見せないで、各講師の状態もスパイ講師を作ってそれに報告させていたらしい。
ある講師の前で、「ザケンナヨで今度、あいつらに灰皿ぶつけてやる」と言ったところ「ザケンナヨ」(常時面談に「人形」次長とが二人で並ぶ)で、二人ともニター・ニターとしながら無理に話しを引き伸ばして灰皿を投げつけるのを待っていたのがよく分かった。
それで、あの講師はスパイの一人だったと分かったものだ。
北予備から移ってきた当初は、筆者もその一人として活用しようとしたようだ。
家にまで電話が掛かってきたことが5・6回あった。しかし、筆者が予備校で授業中に「先生、ご在宅ですか」とかけて来ることがあって「これは一体どんな本部長なの?」と家内が呆れていた。
めでたく筆者と繋がって、第1回目に出た宿題が「この頃、予備校関係者の会合に、北予備の理事長が全く顔を出さないが、彼がどうしているのか調べてくれ」であった。
北予備の理事長はギョッとするかも知れないが、新幹線小倉駅裏で5・6人の生徒と楽しく語らいながら歩いているところに出会ったので「ハーイ、ハロー」といった挨拶を交わしたので、その通り報告しておいた。
このあたりまでは良かったのだが、この無能氏も「人形」次長と共同で筆者にキバを剥くようになった。