ほんの2年半前まで、たのしいも好きも匂いも、痛いも辛いもわかんなくて、ただひたすら恨み言をいいながら怒り狂っておりました!

しかも、それにきづいてなかったんよね。
相手とわたし、どっちが間違ってるかばっかり考えて、頭がいっぱいだったからさあ。

そっからも、まあ、なんかもう、、ね、、いまのわたしの範囲でだけど、それよりもっとみんな大丈夫だからね!と言えるようになったのは最近です。


こないだ、願いが叶うWS やったんやけどね、自分を知ったたましいからの願いは叶うねん。
よっぽど、戦ったりそらさんと、叶うねん。
願いは現実化するためだけじゃなくて、しあわせにつれてくために出てくることもあるなーって思う。
あれがなかったら、やばかったなあ、って。
まあ、ここもっと詳しく話したいけど、今はおいといて。

わたしは、あんま喋りたくない時期が長くて、母親がよくこう言ってた。

口でゆわな、ほしいならくださいってせな、誰もあんたのことわからへんよ

言えないと喉が苦しいし、その言葉を聞いてるときはかなしかったけど、ほんまやなあ、って。
いまは、お母さんの一生懸命さを感じるねん。


まず、自分は正直にみる
自分が嫌いだと見たくなくなるから、好きになれるとはやいんだよね。
でも、好きすぎて見られないもあるよね。笑
だから、感じるのをやりつつ、離れてみてる視点があると便利。
散々サボりつつわめきつつ、やってきた。

責めるよりつながる
ただしいよりたのしい
さげるきもちよさより純粋なよろこびの噴出

選べるって、知らんかったもん。
でも、もう知っちゃったしな。
ほんま、シンプルな話。