
こんにちは。
いい天気です。
自分というものについて、考えてきました。
AさんBさんCさんがいます。
Aさんの話をきいて「そうだね」と思い、Bさんの話をきいて「そうだね」と思い、
Cさんの話をきいて「そうだね」と思うのです。
そうすると、誰からか
「自分の考えはないの?」って言われます。
もちろん、あります。
私はAさん、Bさん、Cさんの考えにも
「一理ある」と思うのです。
それが、人と人の違うところではないのかしら?
と、こちらが首をかしげます。
白黒でもない。
敵味方もない。
人間関係に腑に落ちない交換条件がついていると、
「!」
引きます。
気分よく交換できる関係って、
あると思うのです。
交換が要らないこともありますし。
「歳をとった私たちの面倒をみて頂戴。私たちはその為にあなた達を育てたのよ。」
この言葉は悲しい。
知人が義理の親からもらった言葉です。
私は怖くても構わない。
「私を捨ててちょうだい」
そう、自分の子供に言っておきます。
自分のかけた言葉達が、自分のところに帰るだけ。
「おかえり。」って
迎えて終わり。
いいことも、悪いことも
「おかえり。」って
迎えて終わり。
自分の本心をブランコの鎖でがんじがらめにしてました。
本心にきいたら
「ブランコで遊んでたら、ねじれて元に戻せなくなった。
倒れるまで、ブランコで遊んでいたいだけ。」
大人になるってなんでしょう?
ブランコを漕ぎたければ、漕げばいい。
次に漕ぎたい子がいても、折り合いつけて、待ってもらえばいいだけなのでは?
待っていられないのは、子供だけでしょうか?
私は未熟者です。
出来もよくないので、毎日転んでばかり。
失礼もしてしまう。
だから、いつも学びの連続。
転ばない日は来るのでしょうか?
私の転んでばかりの道を通る人が
いるのでしょうか?