2021年10月に進行性核上性麻痺と診断された夫
診断された当初は自分の病気について全くわかっていませんでした。
私は検査で行った総合病院でカルテに挟んであった紹介状を偶然見て、病気の概要は知ってしまったのですが。
脳神経内科の医師が言った病名 進行性核上性麻痺
夫自身はみるも聞くももちろん初めて。
何らかの病気である事という事のみわかっていたと思います。
しばらくは夫から病気について聞かれる事も無かったので、私から何か言う事もありませんでした。
診断されてから、病院の集約の為に行った整形外科の待ち時間の事
初めて夫が自分の病気は何か?と問いかけてきました。
「知りたい?」
「うん」
自分の病気について知りたいなら、言うしか無いと考えました。
が、口で言っても夫は理解できないと考え
「じゃあLINEで送るよ」と夫のスマホに病名を送りました。
夫は読み方を聞いていました。
その頃の夫は、まだパソコンもどうにか使えていたので、帰宅してから検索したようです。
数日は特に変わりなく過ごしました。
何日か経った日、
いつものように、週2回の通院リハビリ以外はほぼ横になって過ごす夫に
「ちょっと動かないと」と言うと
夫は「どうせ9年....云々」と言いました。
やはり病名でネット検索すると出てくる情報。
2〜3年で車椅子、5年で寝たきり、平均余命9年を見たのだと推測できました。
夫は表面的には変わり無かったですが、その情報を見て、自分の行く末を想像したようです。
「あれはあくまでも平均的な事、人によっても違うし、もっと長く良い状態で過ごせるかもしれないけど、自分でも頑張らないともっと早く歩けなくなるかもしれないんよ!」
と言いました。
その後来た義母のケアマネKちゃんからも同じ様な事を言われていました。
もともと夫は腰の痛みに対しても、自分でリハビリして何とかするというよりも、
「痛みが取れないのは医者のせい、医者は治すのが仕事」と言うような他力本願タイプでした。
そんな夫にとって、この病気は自分では、どうにもならない事と思えたのでしょう。
ネットの情報を見て、投げやりになる気持ちも理解できました。
あの時夫に頑張れって言った私...鬼嫁に違いありませんね👹
私自身も夫の病気を受け入れるのに1ヵ月以上かかりました。
夫自身が受け入れるにはもっと時間が必要だったと思います。
それ以上に望まぬ形で、自分を取り巻く環境が目まぐるしく変わり、運転を初めとする行動制限をされる日々
夫はよく耐えたと思います。
病気の特性上でも、もっと荒れても当然な状況だったと今になっても思うんです。
今は夫なりに努力していると思います。
今の夫があるのは
夫に関わってくださるケアマネさんをはじめ多くのスタッフのみなさんのおかげです。
心より感謝です。😊