2021年10月に進行性核上性麻痺と診断された夫


それまでしていた地域の役員をひとつひとつ卒業していきました。

そのうちのひとつにお寺の役員がありました。
昔からの家が多いこの地域では、檀家の中でもこの辺りの檀家を一括りにした講社というものがあります。
講社には講社長という役員がいて、お寺と講社の連絡係と講社内の決め事を取りまとめる等の役割を担っています。

診断された当時夫はその講社長でした。
この役員は前任者の退任に伴い、する人がいないからと押し付けられたものでした。

最低でも月に一度はお寺に赴いて会議に出席し、その内容を持ち帰って講社内に伝達しなければなりませんし、講社内の決め事も中心にならなければなりませんでした。

私はこの役員も早くお返ししなければと思っていましたが、そもそもやる人がいないからと押し付けられた役であり、任期もあと半年足らず残っていたので、どうしたものかと悩んでいました。




そんなある日の事

その日は診断からまだひと月も経っておらず、私は夫の病気を受け入れる事ができていない頃でした。

お昼時に隣人の訪問がありました。
この隣人 強烈な隣人で、前々から色々あり できたら顔を合わせたくない人でした。
夫はちょうど弟の運転で通院リハビリに行っており留守でした。

隣人は言いました。

「旦那さんパーキンソンなんだって?」

「いえ、違います。」

どこから情報を仕入れたのか❓
2〜3人のご近所さんには夫の病気の事を打ち明けていましたが、口から口へと伝わる時にパーキンソン病に変わっていたようです。

隣人は続けて
「じゃあ何?」と言い
私は「言わなければいけませんか?」
と言いました。

「そりゃそうだろう、ここまでになってるんだから!講社長できないならさっさと辞めてよムキー
みんな困っているんだから‼️」

診断される前に読んだ人が理解できない回覧を回していたため、近所周りでは夫の異変に気づいた人も多かったようです。

けれどもこの人に病名を言ったところで理解される事は無いと思い言いませんでした。
「夫に伝えておきます」と言って帰ってもらおうとしましたが、隣人は続けて言いました。

「あんた、旦那さん車運転してるだろう❗️危ないじゃないかムキー相手のいる事なのに‼️」

隣人はまだ続けて何か言っていましたが、私は耐えられなくなり

「今その話をしているところなんです。」

と言って奥へ入りました。



実際私は夫になるべく運転しないように言っていました。
運転をやめた方が良いのはわかっていました。
けれども、我が家があるのは、一番近いコンビニに行くにも2キロ近くある田舎です。
夫はまだまだひとりで歩けていましたし、郵便局など自分で行ってお金を下ろしてきていました。
運転を禁止するには時間がかかりました。


その頃夫は軽トラックで近辺だけは運転しており、お気に入りの自分の車は車庫に置いたままでした。
前年買った自分の車はミッション車だったので、なるべく運転しないようにしていたようです。


この日の夜、夫に「お寺役員を辞めれるならやめる?」と聞いたところ「うん」と言ったので、お寺の他の役員をしている方に相談し、任期満了まではその方が代理を務めてくれる事になりました。
実際隣人が言った事そのまま夫に伝えることなどできません。
もともと押し付けられた役でしたし、任期途中でもやめる事に未練はなかったと思います。
どうしたものかと悩んでいたので、私もホッとしました。


そして、車の運転はしないように伝えましたが、
夫は納得してはいませんでした。

折も折、
世間では高齢者の運転ミスで、大切な命が奪われる事故が相次いで報道されている頃でした。

夫が運転を続ける事でそういった事故を起こす事は何としても防がなければならないと思っていました。


運転についてはまた後日書く予定です。