アフリカに旅しよう!by Amega News -2ページ目

アフリカに旅しよう!by Amega News

アフリカって?! どんなとこ?本当にいけるの?危なくないの?
大丈夫です。アフリカを愛するスタッフたちが自分たちで見た現地の最新情報、おすすめの旅スタイル 安心安全の旅をご案内いたします。
小さな旅行会社ですがアフリカ旅行の手配はしっかりやります!

日本の皆さま 師走真っ只中いかがお過ごしでしょうか?
クリスマス色に包まれた夏のケープタウンからブルーなお便りを5回に分けてお届けします。

 -女子旅 【ブルートレイン入門編】ー  〈プレトリア発・ケープタウン行き〉

南アフリカ在住歴20年のアメガ・ジャパン・現地スタッフが豪華列車の旅をかみくだいてご説明。
ビギナーでも安心、≪ブルトレ乗車マニュアル≫
『憧れのラグジャリー旅行』をもっと身近に。お手軽に。
古きよき時代のレトロさとノスタルジックさ満載のブルトレの旅をご満喫いただければ幸いです。


プレトリア駅 正面入り口
07:00 a.m.
プレトリア駅に到着。

ユニオンビルディングやケープタウン大学の建築で知られる
南アフリカを代表する建築家ハーバート・ベーカー氏による格調高き建造物。(1910年)

ブルートレインへようこそ
07:30a.m.
ブルートレイン専用ラウンジの入り口。

お名前を聞かれスイートの番号を確認します。
お荷物はこちらでポーターさんへ預けましょう。

ブルーートレイン専用ラウンジへ。
ラウンジ内へ。

スタッフから身分証明書の提示を求められます、コピーをとったら
お席のほうへ通されます。

ラウンジのバー
出発までのくつろぎのひと時。
ロイボス茶で一息はいかが。

DAY1のブランチとディナーは1部と2部に分かれます。
前半か後半か、ご希望を聞かれますのでご用意のほど。
【ブランチ】10時半/12時半
【ご夕食】19時半/・21時15分

ブルトレ切符
ブルートレイン搭乗券と切符。

乗車アナウンスが入りスイート番号が呼ばれます。
バトラーの誘導にしたがって移動を始めます。

ラゲージ
預けたお荷物、スイートごとに分けられてきちんと管理。
ちなみに安全面のお話ですがブルートレインには警察官が一名乗り込みます。

旅立ち
08:00 a.m.
いよいよ乗車です。
付き添いのスタッフと共に
ラウンジから駅のホームを歩いて車両へ移動。

ブルーな扉
08:30 a.m.
ブルーな扉が閉まると心も引き締まり、旅の高揚感倍増。

ライト オブ パッセージ

ボンボヤージュ!

                              撮影:ジェイムス・キップリング

未知なる中央アフリカ 最終章 ~再びコンゴ民主共和国~


ブラザビルを出発してわずか15分、キンシャサに到着。国境ガイドが出迎えてきてパスポートを渡す。そして、車で待機。コンゴ民主共和国は、別のシングルビザを取ってきたし、入国スタンプが押されるだけだし、楽勝!楽勝!と思っていた。ところが、そこはコンゴ民主共和国。簡単にことはいかない。

30分たっても国境ガイドが戻ってこない。いやな予感が。。。国境ガイドが戻って来るがパスポートは手にしていない。


国境ガイド「ビザの件でオフィサーが話があるって」

僕「えっ、ビザは日本でしっかりシングル2回分取ってあるよ」

国境ガイド「いいから、来いよ」


車から降り、ミッシェルとともに入国審査官のいる建物へ。


審査官「このビザじゃあ、入国できないよ、US$100払って、トランジットビザを発行するから」

僕「日本のコンゴ民主共和国大使館では、シングルビザで問題ないって話していたよ。最初にリーブルビルから来たときにこれを使って、そして今回ブラザビルから来たときはこれを使うように」とビザのページを見せて必死に説明する。

審査官「でも、正しいビザではないよ。東京で知らないだけじゃない」

どうしてもUS$100ポケットに入れたい様子が表情に出ている。

僕「最初は1回の入国しか予定していなかったのでシングルビザを取った。それからフライトスケジュールが変わり、コンゴ民主共和国に2回入らなきゃいけなくなった。僕のせいじゃないよ。」

審査官「じゃあ、なぜダブルビザを取らなかったんだ?」

僕「ダブルビザは、高いから。それで大使館に相談したらもう1回シングルを取れば大丈夫だって」

審査官「でも、これじゃあダメだ。入国は認めん!」


「仕方ないよUS$100払いなよ。そうでなければどうやっても入国はできないよ。今日は祝日なのであと1時間でオフィスを閉めてしまうし。」とミッシェルがアドバイスしてくれる。ここは折れるしか方法がないのか、悔しいなあ~。


仕方なくUS$100払って、新しいトランジットビザを発給してもらった。ちくしょーーう!

パスポート、領収書とともに「日本へ帰ったら、大使館職員に教えてあげなよ」というセリフを言われムカっとしてしまった。この野郎!と思う気持ちをぐっとこらえて車へ戻った。今ごろにやけながらUS$100をポケットに入れただろう。コンゴ民主共和国とはこういう国なのだ。


何とか入国し、中央アフリカシリーズ最終日の観光へ。キンシャサから車で50分、コンゴ河ボートクルーズの発着地、キンコレへ。まるで昨日行ったブラザビル”ラピッドコンゴ”のキンシャサ版。


   ↓ キンコレのレストラン 魚の蒸し焼きがある。中身はこんな感じ。DRコンゴのビールとともに!

付け合せは、キャッサバ。

パームワイン、こそっと写真を撮っていたら運悪く目があってしまった!!

500MLボトルを買う羽目に。0.5ドルだったかな。




コンゴ河を航行するボートを作成中。




キンコレマーケット。この国も写真が撮り難かった。




マーケット見学が終わるとキンシャサの市内へ。英雄カビラの墓。





キンシャサにも”ラピッドコンゴ”がある。この急流に飲まれてしまう人が年に何人もいるそうだ。




最後の食事は地元のレストランで、ワールドカップを見ながら。




コンゴ民主共和国のお金。1ドル=900コンゴフラン




こうして13日間で何と6カ国+経由地中国を含めた7カ国の慌しい旅が終わった。



未知なる中央アフリカ その8 ~コンゴ共和国~


コンゴ共和国のブラザビルは、対岸のキンシャサから来ると首都とは思えないくらい静かな町の印象。

メインの道路が狭いからか、人がアグレッシブではないからか、河を挟んでの都市がこんなに違うとは。


ブラザビル、都市の由来の人ブラザビル記念館へ。ビルというのが町という意味があり、ブラザさんの町でブラザビルになったそうだ。


   ↓ ブラザ氏の墓                     ↓ ブラザ氏



聖アン教会(Basilique de Ste Anne) 、運がよければ中に入れる。教会にしては独特な造り。



高層ビルが少ないせいか、やけに目立つビル


そして、マルシェ。写真を撮ったら地元の人に「勇気あるな~」と言われてしまった。。。

でも撮ったのはこの一枚だけ。写真を撮るな、撮るな、という威圧感が感じられた。


コンゴ共和国側のコンゴ河急流へ、Rapid というようだ。確かに河の流れが速そう~。地元の人たちの憩いの場かなぁ。ここで遅いランチ。


  ↓ 奥が津波のように波立っている

     ↓ 魚を蒸している   


   ↓ 蒸した魚は葉っぱが外されて出てくる。左はなまず、右は。。。忘れた。



夜は、ホテル付近をさまよったがレストランがなくホテルへ戻って食べる。コンゴ共和国の地元食”サカサカ”、キャサバの葉を煮込んだもの。




駆け足でブラザビルを回り、翌日は再びコンゴ河を渡りキンシャサに戻る。

最後にブラザビル鉄道駅前で。マルシェに以外にたくさん人がいるところを発見!



こうして駆け足でブラザビルを去っていく。24時間滞在したかな??




コンゴ共和国を出国、スピードボートでコンゴ河を再び渡り、キンシャサへ。






未知なる中央アフリカ その7 ~コンゴ民主共和国~


トーゴの航空会社アスカイ40便はぐんぐん高度を下げ、19:58 キンシャサに着いた。バスでアライバルの建物へ。ここキンシャサも悪評高い空港のひとつだと思っている。それだけで不気味な雰囲気が漂ってくるから不思議だ。バスを降りるやいなや僕の手配会社招聘状を持ったポリスが立っている。「Mr.Akiか」「ウイ」と答えるも内心「うさんくさいおっさんだなぁ」と思っている。薄暗い建物だ。このポリスと共に 一番乗りで入国審査官と対面!ここは拍子抜けするくらい何も聞かれずあっさりと入国スタンプが押される。これもポリスのお陰か、と顔を見ても表情ひとつ変えない。イエローカードチェックが終わるとバッゲージクレームへと進む。ところが、いつの間にかポリスが消えている。荷物を待っていると別のコンゴ人が来ておもむろに話しかけてくる。


男:「俺がドライバーだ、よろしく。」

僕:「(握手をしながら)よろしく。ミッシェル(注:手配会社の人)もいる?」

男:「ああ、いるよ」

荷物は流れているが、まだ僕の荷物は出てこない。

男:「カートいるか?」

僕:「いらない (ここから男を警戒するようになる)、ミッシェルと話したいから電話して」

男:「ちょっと待っていて」とどこかに行ってしまった。

ようやく僕の荷物が出てくる。するといつの間にか男が戻っている。

男「ラゲージタグの控えはあるかい?」

僕:「持っているよ」と見せる。

男:「10,000セーファーフランを出して、タグを集める人に渡すから」

普通ならこんな状況でお金は出さないのだが。不気味なキンシャサ空港の雰囲気にのまれてしまったのかお金を出す。2,000 セーファーを握り締めて。

僕:「はい」と渡そうとする。

男:「違うよ、10,000だよ。」

僕:「うん、2,000だよ。」


かみ合わない会話を何回かしているうちにポリスが偶然?戻ってきた、

と同時にドライバーと称する男が消えていた。

僕が2,000セーファーを出していると、ポリスは「早くしまえ!お金なんかいらない」

ここでようやくだまされかけたことに気づく。ドライバーと称する男は絶妙なタイミングで金を取ろうとしたのであった。おそらくお金を渡したら最後、男は二度と僕のもとへは戻ってこなかっただろう。最初は疑いもせずに出してしまったが、フランス語の数字「10,000」と「2,000」を聞き間違えておかげで、偶然にも時間稼ぎをしていたのであった。そのおかげで被害にあわなくて済んだのかな??


コンゴ民主共和国の軽い洗礼を早速受けてしまった、と思いながら車に乗り込み目指すホテル「インヴェスト」に向かったのであった。。。恐るべしDRコンゴ。


インヴェストホテルは、予想より良かった。チェックインしてカードキーで開けるとあら不思議!先客がいた。ビックリした。なかなか予定通りいかないキンシャサである。




スタンダードホテルなのに庭が広い!朝食もこの一角で食べる。




翌日コンゴ河の対岸にあるコンゴ共和国の首都、ブラザビルへ向かう。

ビーチと呼ばれるスピードボート乗り場へ行きパスポートをスタッフに渡し車の中でひたすら待つ。

その間にボートチケット購入等必要な手続きが終わるとガイドが戻ってきて、あとはついて行くだけ。

イエローカード、荷物チェックが終わると待合室に。ガイドと別れ名前を呼ばれパスポートを受取ると出国スタンプが押されていた。




国境なので本当は撮影禁止のはずだが、地元の人たちが撮っていたので、どさくさに紛れて記念にパチリ!後ろの建物がコンゴ民主共和国のチケット売り場+イミグレーション+税関。本当は出航して5分くらいたってからようやく写真が撮れるみたい。ボートの定員は20名ほどだが満席。


 ↓ボート後部から                      ↓コンゴ民主共和国の国旗




出航してわずか20分、ブラザビルに着く。






未知なる中央アフリカ その6 ~ガボン~



次なる国はアフリカ大陸に戻り、ガボンという国。ゴリラとマルミミゾウが有名だが、残念ながらたった1泊。そんな時間がない。。。


泊まったホテル リーブルビル ライコ オクメ パレス





リーブルビル市内を回る。渋滞が多くアフリカ本土に戻ってきた、と強く感じる。


サンミッシェル教会、日曜には2,000人もミサに来るらしい。。。




この人がサンミッシェル??



凝った柱が立ち並ぶ。こんな柱が22本。聖書の内容が彫刻されている。





次はアルティザンマーケット。何か買い物がしたいと思わないと面白くないかも。

木彫りの彫刻、アクセサリーなど所狭しと並んでいる。




なんとリーブルビルにこんな大きなショッピングセンターが。スーパーマーケット、専門店等が入っている。




リーブルビル近郊のハイライト、アカンダ国立公園。ボートが来るまでひたすら待つ。


マングローブが生い茂る。                時々現れるカワウソ??  





  2時間待ってようやく船が来た。          マングローブの中を走る。




15分で目的地に到着。              ここからジャングルウォークが始まる。




道はこんな感じ。                 ろうそくの代わりになる木(だったかな)




視界が開けると元に戻っている。

歩くときの装備、右手に蠅よけ、左手に蛇除け。実際には出ませんでした。



こうしてリーブルビル滞在があっという間に終わってしまった。フライト遅延のせいで24時間いなかった。

ガボンでお世話になった人たち。メルシー!











未知なる中央アフリカ その5 ~サントメ・プリンシペ~


マラボ空港を3時間以上遅れたセイバ航空40便は、赤道ギニアを南下していく。サントメまでのわずか1時間のフライトだが機内食が出た。もちろん国際線なのでビールも!もちろん頼む。



10時半到着予定がだったのが、遅れたので14時近くの到着。ここで降りたのはわずか5人だった。

20ユーロを払いサントメ&プリンシペにすんなり入国。海風が漂う空港には、すでにガイドのアルベルティーノが待っている。大西洋沿いを走ること20分。ホテルミラマーに到着。






サントメ島には、わずか人口16万人しかいないのでとても小さな島。サントメの中心街は、やはりマーケット。写真撮影が、赤道ギニアに比べるとすごく撮り易い。でも、目があうとドキッとするのは赤道ギニアでのトラウマか。。。



マーケットでこの国の通貨ドゥブラに変える。1ユーロ=25,000ドゥブラ。




大西洋に浮かぶ小さな島だけあって、漁村が多い。サオトメの南へ。

    
      ↓Pantufo 村 


 ↓ Ribeira Afonso 村

 ↓ Praia Pesqueira 村



あちらこちらの川で洗濯をしている。



ココプランテーション 6~12日間日干しして仕分けして、ヨーロッパへ輸出







Boca de Inferno 地獄の口 波しぶきがすごい~。




珍しい貝もある。




サントメ島のシンボル? Cao Grande




ランチは、Sao Joao Dos Angolares アンゴラからの移民が多い村の丘の上で。

コース料理でした。晴れていればもっと良かったなあ~。






サオトメから今度は東へ。別の漁村が。。。Morro Peixe。なんという魚かわからない。




西岸で一番大きな漁村、Neves。乗合バスもきている。



バオバブの木が登場。ここにもあった。



サオトメで一番きれいだなと思った場所。Lagua Azul 青の湖




サントメ島では、天気が悪く涼しかった。のんびりと人も良く赤道ギニアと比べると賄賂の心配もなく余裕で旅ができそうなところでした。

しかし最後にオチが。。。11:00 サントメ空港でチェックインしようとするも遅れるので15:00に再度来いと言われる。空港にいても何もないし、周辺もレストランもなさそうだったので、アルベルトをチラッと見ると「しょうがないなあ、ホテルまでなら往復していいよ」とありがたい言葉。助かった。ということで町まで戻り、エキストラのランチは、魚とプランテン 10,500ドゥブラ、5ユーロなり。もちろんビール込み。



近くの屋台でコーヒー 1,500ドゥブラ を飲み、ドゥブラを使い切った。




結局、ガボン リーブルビル行きフライトは予定より5時間半遅れの18:37に出発した。
空港でさらに3時間以上待たされたのである。


サントメでお世話になった方々。左:ネヴェス 右:アルベルト オブリガード。楽しかった。




サントメ&プリンシペ おしまい。


未知なる中央アフリカ その4 ~赤道ギニア~


マラボ市内を観光。この時期はすっきりしない天気だが、観光が始まると雨がやんでくれた。

まず、セントラルマーケット。路地に入ると賑やかさがわかる。アフリカのマーケットはどこも所狭しと物が売られ、僕が明らかに観光客だとわかっても声をかけてくる。衣服、香辛料、日用品、おなじみの品々が並ぶ。試しに写真をとりたいな、とガイドに恐る恐る聞く。あっさり、ギデオンがいいよ、と言いながらポーズをとる。一眼レフを取り出すのにもたもたしていると、さっさと写真を撮れ、と一括!あとで理由を聞いてみると、あちらこちらでポリスが目を光らせて、写真を撮っている姿がみつかってしまうと、やれ賄賂を払えとか面倒なことになるみたい。気をつけなくては。

 【↓ マラボのマーケットとガイド・ギデオン】


 

続いてカテドラル。正面からのみ撮影可。すばやく撮る。



反対側は、政府関係の建物があるので、写真は×とのこと。

車でマラボ郊外・エルヌゲマを走るが、日本で言えばちょっとした新興住宅街や、ごちゃごちゃした街並みがあったり、赤道ギニアはさぞ統制された国かと思うもそうでもなさそう。

その後、エルヌゲマから山道のような少しうねうねしたところを走り、峠道のようなところを越えると遠くに大西洋が見えてくる。検問所で通行料(実は賄賂??)らしきものをギデオンが払うと一気に道を下り、バネイに入る。アフリカンサミットの影響で行動が制限され、さらに南のリアバまで足を伸ばせないため南下はここまで。人工ビーチを右手に、左手にはこのサミットのために建てたアフリカ54カ国分の要人別荘を望みながら、片道3車線の立派な道をマラボへ戻る。黙って写真を撮ったら怒られてしまった。。。車窓からなら問題ないと思ったのに。



マラボ市内でゲームミートのランチ。ビールを付けておよそ10ユーロ!


午後は、車で40分ほど走りアレナビーチへ。週末にはマラボの人たちが来るビーチ。ビーチの奥には漁師たちがたむろしている。残念ながら写真は×だった。


ルバ郊外の教会を見て、マラボの市内へ戻った。ビザ騒動とうらはらに小さなのどかな島でした。




途中に赤道ギニア国営航空会社、セイバ航空由来のセイバの木がある。



<おまけ> 赤道ギニアの手配会社、USS社長 エデゥアルド氏 のご自宅へ。メールチェックのついでにワールドカップ 日本VSコロンビア戦をテレビ観戦させてもらう。


未知なる中央アフリカ その3 ~赤道ギニア ビザがとれる??~


ドゥアラを飛び立つこと40分、セイバ航空31便は曇りのマラボに降り立つ。CAに搭乗券を見せて、と言われたらどうしようとドキドキしながら飛行機を降りる。赤道ギニアのビザが取れなくて、次の寄港地であるサオトメに行くであろう中国人15人のグループと同じグループの一人であろうとCAに呼び止められたが、「マラボ」と言ってさっさとアライバルの建物行きのバスに乗る。アライバルの建物前にポリスがいるのが見える。パスポートを見せろ、ビザを見せろ、と言われたら持ってないことがばれて追い出されてしまうのな、と余計なことを考えながら、バスを降りる。他の人のパスポートをチェックしている脇をうまくすり抜けてイミグレーションにたどり着く。さて、無事に入国できるだろうかという緊張感と、まるで初めて海外旅行をしているようなドキドキ感が入り混じっているせいか、入国カードを書く手が震えている。うまく書けないのだ。顔を上げるとイミグレーションの向こうに英語ガイドらしき人が見えたので、目をあわせながら、イミグレーションの列に並ぶ。心臓がバクバクしているのがわかる。入国カードのビザ番号等記載欄は空白にして。



        (マラボ空港)                   (マラボの街)                        

さて、いよいよ僕の番に。パスポートと入国カードを審査官に出すと、いつも間にか隣にガイドがいて、説明を始める。あとは、ガイドにお任せだ。僕は黙ってやり取りを聞いている。すると、おもむろにガイドがパスポートを持ってイミグレーションを出て、出発階近くにある入国管理官のオフィサー室に行くのでついていきガイドとともに入る。ここで、インタビュー(と言っても審査官の偉い人がガイドに僕の素性を話しているだけ)。しばらく待つように言われると、そこを出て出発階の喫茶店に入り、じっと待つ。入国管理官のチーフが来ればビザが下りる、それまで待つようにとのこと。お茶も飲まずじっとガイドのMr.Gideon と待つ。テレビはワールドカップのレビューをやっているので退屈はしないがいつになるのかなあ、と思う。待つこと1時間半。12:00頃突然、Vamos とガイドのギデオンに言われ、席を立ち車へ、パスポートは?ビザは?と聞くとチーフが夕方に来てビザを出すとのこと、それまで空港で預かっておくそうだ。


まあ、無事?赤道ギニアに入れたかな。マラボの道路は広く、周囲はオフィスビルが立ち並ぶ。月曜日だというのにひと気が感じられない。建物だけの不気味な雰囲気。アフリカンサミット開催中は、一般企業は休みだろうか?ちなみに僕の宿泊ホテルはない。日本出発前に突然、アフリカンサミットが開催されるので一般宿泊客は追い出す、と宿泊予定だったBahia Hotel に言われたそうで、代わりに取ってきたのは、赤道ギニア手配会社 社長 エドゥアルドの別宅アパート。入り口は厳重なとげとげ付き扉とガードマン。建物には鍵がかかり、さらに部屋に鍵がある。キッチンが付いていて冷蔵庫の水、ジュース、パンはお好きにどうぞ、とのことだった。僕一人だったので好きな部屋を選ぶ。




  (僕が宿泊した部屋・奥にシャワールーム)   (エドゥアルド 別宅)

夕方、サッカーワールドカップのチリVSオランダを見るために近くのバーに入る。ビールを飲みながらテレビ観戦をしているとガイドのギデオンが現れる。何と僕のパスポートを持って。ほらと言われパスポートを見るとスタンプが。これで堂々と街を歩ける!






未知なる中央アフリカ その2 ~赤道ギニアへ~


2014年6月23日 月曜日 大雨


4:30起床、荷物をまとめ 5:10 ソマテルホテルをチェックアウト、出発。5:25 ドゥアラ空港に到着。これから乗るセイバ航空(C2)のチェックインカウンターが空くのを待つ。次の目的地、赤道ギニアの首都マラボでアフリカンサミットが何と6月20日~27日まで開かれると情報を日本出発直前に知った。もっと早く教えてくれれば何もこんな時期に行かなかったのに~。そういえば、昨日もたくさんの人がエチオピア航空からマラボで降りていたのを思い出す。僕の隣にも南アフリカから来た空港関連スタッフがびしっとスーツ姿で乗っていてやはりマラボで降りていった。


赤道ギニアといえば世界一入国が厳しい国だと言われている。個人で入国するには、赤道ギニアの旅行会社にビザ取得を1ヶ月以上前から依頼する。普通はパスポートコピーと所定の手数料等払えば入国のための招聘状が赤道ギニアから送られる。それをマラボで提示すれば問題なく入国できるという。

ところが、個人では、その書類+無犯罪証明書がいるらしく、警察に行き発行してもらう。中身をスキャンして送れば簡単だ、と思っていると警察署からもらった書類には、でかでかと「親展」「開封無効」の文字が。。。やましいことをしていないつもりだが、中身を本人が見られないとは。書留郵便でマラボへ送ったので、これで招聘状が来るだろうとタカをくくっていたが、何度赤道ギニアに聞いても「今やっている、待て」との繰り返し。日本出発前の最後の返事はマラボに着いたら、ガイドとミート、入管と話がついているからガイドの指示に従ってくれ、という返事だった。


ということで赤道ギニア入国の招聘状は手元にない。したがって、セイバのチェックインのときに、赤道ギニアのビザは、という質問をされると提示できるものがない。。。したがって、搭乗拒否???

しかしそこは、アフリカ、裏ルートが必ずあるはず。

気を取り直し、まず最初のミッションは、無事セイバ航空のマラボ行き搭乗券を手に入れること。

そのために昨日、ドクターマルクと作戦会議?をしていた。それは。。。


1.6:00にセイバのカウンターが空くのでその前に並ぶ。

2.セイバ航空のMr.X というスタッフに話をつけてある。カウンターが空く前に彼を捕まえ私の搭乗券をもらう。そのときに賄賂を渡すこと。


マラボで大きな会議があるのでセイバ航空もオーバーブックが予想される、という情報はドクターが手に入れていた。


さて、6:00になった。カウンターは誰もいない。やはり、アフリカだ。時間通りにことが進まない。6:10 ようやくカウンターが空いた。ドクターは、カウンター近辺に現れるだろうMr.X の姿を空く前から探し、セイバのスタッフと見るやいなや近寄ってMr. X の到来を待っているようだった。しかし、ドクターの顔色はよくない。どうも Mr. X が現れないようだ。そのうち僕の番になった。ドクターは、Mr.Xの代わりになるしかるべき人を探しているようだった。Eチケットとパスポートをドクターに渡し、航空会社スタッフとその脇にいるセイバ航空のMr.X 代理人と交渉中。フランス語でしかもヒソヒソ話しているので詳細はわからないが、


ドクター「Eチケットとパスポートはある、マラボに行けば赤道ギニアの責任者がいて赤道ギニア入国する      ための手続きが済んでいるので、マラボまでの搭乗券を出してくれ」

セイバのMr. X 代理人「赤道ギニアのビザがなければ、マラボまでの搭乗券は出せない」

ドクター「話が違う。(ちらりと賄賂の入った封筒を見せながら)セイバのMr.Xに話せばビザがなくても搭 乗券は出す、と言われた」

セイバのMr. X 代理人 (ちらっと封筒を目にしながらも)「赤道ギニアのビザがなく、マラボで強制送還されると我々が困る」

ドクター (さらに封筒を見せ)「こっちもマラボまで搭乗券を出してくれないと困る。この先のセイバの予約もある」

セイバのMr.X 代理人「では、マラボの次に止まるサオトメまでの搭乗券を出すので、勝手にマラボで降りてくれ」

ドクター「それで行こう」


こんなやりとりをしていたんだと思う。ドクターが来て、サオトメまでの搭乗券を出してくれるのでマラボで降りてくれ、と言われ、今回はこの方法しかない、と念押しされる。Eチケットは、ドゥアラ/マラボだけなのに搭乗券は、ドゥアラ/サオトメ。さすが、アフリカこんなの初めての体験。搭乗券を眺めていると、おっと預け荷物は?預けてしまうと、身体はマラボで降りても、荷物はサオトメまで行ってしまう。ベルトコンベアに乗る寸前で止めて手荷物にした。何とかミッションクリア???



これで赤道ギニアにいける、とワクワクしている僕の横で、ドクターマルクがMr.X 代理人に賄賂が入っているあろう封筒を渡していた。

未知なる中央アフリカ ~カメルーン~


2014年6月22日 日曜日 くもり 


エチオピア航空915便は、20分遅れ13:35でカメルーンのドゥアラに着いた。蒸し暑い空気の中イミグレーションに向かう通路を歩く。イエローカードのチェック、入国審査と経てバゲージへ。ターンテーブルがふたつだけだが、なかなか荷物が出てこない。ようやくターンテーブルが動いた!するともう一つのターンテーブルも動き出し、フル回転になるも、荷物がなかなか出てこない。あっちのターンテーブルかそれともこっちか、待つこと1時間半近く、15:00前にやっとのことで荷物が出てくる。税関で荷札タグチェックを受けて、ボンジュール!ドゥアラの案内人、ドクターマルクと無事ミート。

 ボヤー (Buea) へ行こう、とマルク。彼の車トヨタランドクルーザーで2年前に行った道を通る。プランテン畑、ゴムの木々は健在。舗装の快適な道を走ること2時間、ボヤーに到着。

 標高4,095m、西アフリカ一高いカメルーン山はここ、ボヤーが基点。ボヤーの町も標高 1,000m近いのでドゥアラから来ると爽やかな高原にいるようだ。

前回来たときはなかった”独立50周年記念碑”。記念碑の向こうは雲に隠れているカメルーン山がそびえている、はず。

日曜日の夕方、たくさんの人たちが来ていた。

ボヤーの町では、マルクのお嬢さん家族がいらっしゃる。ついでにお邪魔すると、キャプテン翼を孫たちが見ていた。仕事では、厳しいドクターの顔がこのときばかりはおじいさんの顔になっていた。