「今年の春はもう東京行けないから、
11月の誕生日に行くことにしたよ。」
古い友人の明るい声が電話の向こうから聞こえる。
彼女は毎年、自分の大好きなアーティストの命日に
東京に行って、そのアーティストを想いながら色んな事を思い出して帰ってくる。
-そう……。11月だったっけ?秋だったのは覚えてるけど。
そう答えて笑う。
「生きてたら55かぁ。尾崎の55歳、どんなだったかなぁ。」
同い年の親友で、吉川くん、尾崎くんと一緒によく名前を出されていたのよね。
そうだね。
どんな55のおじさんになってたんだろね……尾崎くんは。
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G.W.中までの公演が中止延期になって、
その、延期の振り替え公演の日が決まって。
それでもあたしの心の中のザワザワしたものが落ち着かない。
「名古屋、いつ??」
そう訊かれて
-うん……7月の終わり。
「7月かぁ……今、まだ先が全く見えないからねぇ……どうなんだろ。7月、終息してるのかな。」
スペイン風邪(インフルエンザ)の話しやペスト大流行の話しをしながら
-完全に消えることは無いんだろうねぇ……。鎮まって、また浮上して、の繰り返し。インフルエンザと同じようなものよね?
それでも3年くらい掛かってるはず。
-靖幸……ツアー出来るかな。出来るといいんだけど。
「そうだねぇ………逢いたいよねぇ○○。秋が最後?」
-ん。でもテレビで顔見た。ラジオでも話してるの聴いてるし。雑誌もね、久しぶりに音楽誌で話してるの。
「でも……やっぱり逢いたいよねぇ(笑」
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逢いたい。
逢いたい逢いたい逢いたい。
逢いたいに決まってる。
でも。
何よりきっと、あなた自身がステージで歌いたいはず。
4年振りに新しいアルバム創って出して、の
いつもとは少し違うツアーになるはずなんだもん。
アルバムを聴きながら
どの曲がオープニングになるんだろ、って考えたり
定番曲とどう繋ぐのかな、って想像したり。
この曲、ステージで歌ってくれるの聴いたら
きっとまたあたし泣くんだろうな、って
初めて聴いた時にポロポロ泣きながら聴いてた曲を思ったり。
そういうのをあれこれ綿密に考えて
ステージ、セットリストや演出を考えて創り上げてくれてるはず。
それが今。
実現出来る日が見えなくて、一番残念に思ってるのは
……あなただと思うの。
行き当たりばったりで仕事をする人じゃない。
この曲からこの曲に繋いで
ここでこのカヴァー曲を入れて
場面転換をここでして
そしたらどんな反応がくるかな、って
きっと思ってくれてるはず。
ここの会場ではこのセトリ
ここではこの曲に入れ替えて
って。
昔は名古屋しか行けなかったから気付けなかったことだけど
少し余裕が出来て、あちこちあなたに逢いに行けるようになってわかったこと。
1公演、ひとつとして同じ曲並びでやってない。
どこかしらさわって曲並びを替えたり、曲を入れ替えしてる。
会場の空気も違うし、その日その日のあなたの表情、声や歌い方、纏う雰囲気も違う。
どれだけの努力をしてるんだろ。
いつもそう思うの。
だから。
「同じ公演、同じ岡村くんを何回も見ても仕方なく無い??」
そう言われるとね?
-同じ靖幸だけど、同じじゃないのよ、彼は。
そう言うの、あたし。
天才とか鬼才とか言われてるけど
そこに辿り着くまでの計り知れない苦労と努力をしてきた、してる人。
元々あまり話してくれないから見えないけど。
何か言われても黙って笑って終わらせちゃったり
謙遜してニコニコして誤魔化してるけど。
時々、ぽつりぽつりとその欠片を零して。
零した欠片を集めれば、今のあなたが出来るその総てが見えてくる気がするの。
なんでもない、
こんなの直ぐに出来ちゃうよ、って顔をしてた若い頃。
苦手な事を強いられて、苦悩してたって知ったのは
それから少し後のこと。
たくさんたくさん苦労して、
たくさんたくさん苦しんで。
あたしも何度となくあなたに対して怒ったり泣いたりしました。
でも今。
自然な笑顔を見せてくれるあなたに
その時の気持ちを表情に出してくれるあなたに
あたしは安心してついて行ってるんです。
10年振りの音楽誌対談。
あなたを創り上げたルーツの音楽の話が散りばめられていました。
相変わらずあなたは自分の新譜の話しをしてなかったけど(笑
そういう、仕事の枠も含めてあなたの持ってる"操"が
ずっと変わらずそのままでいてくれることが
あたしは限りなく嬉しくて。
色んなシーンで見たり聞いたりする「岡村靖幸」が
-変わらないなぁ(笑
って思えるあなたのままでいて欲しい。
あなたがあなたの信念に背くことなく
あなたの音楽を創って歌って聴かせてくれるよう
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恐ろしい疫病が拡がって
今はあなたに逢うことが出来ないけれど。
終わることの無い話しじゃないと思ってるの。
灰色の雲を天使の梯子が割って光を射してくれる日が来るはず。
そしたら。
またあなたの歌声を聴きに出掛けます。
その日まで
どうかどうか……くれぐれもお身体ご自愛ください。
あたしもう、あなたのいない世界では生きていけないから。