会場の明かりが落ちて全てが暗くなり、

幕のバイオレットだけが色を浮かべる。

イントロが流れ始めて小さな子どもの声で、ツアータイトルを何度かコール。

あたしの鼓動がドクン、とひとつ跳ねる。

髪がザワリと浮き立つ感触、視界が揺れて潤む。

好きだ、この曲の感じ。

オープニングで涙が込み上げるのは初めて。

アレンジされていて、まだ何の曲かは判らない。

でも、好きだ。

絶対あたしの好きなアレンジだ。

ドクン、ドクン。

導線に火がついて、心臓が跳ねるのがわかる。

早く、早く、早く!

靖幸、早く!早く聴かせて!!!

聴き慣れたホーンセクションのメロディ、

「あ!!!!!」

歌詞があなたのくちびるから零れだす。

-ステップUP↑-

あなたに合わせて声は出さずにくちびるだけを動かす。

以前のアレンジからまた違うアレンジで、新しい曲に生まれ変わってる。

あたしはあなたの才能に感嘆のため息がもれる。

「凄い………」

音を自在に操るために、きっと神様はあなたをここに送り出してくれたんだ。

歌い踊るあなたを視線で追いかける。

これなの。

あなたのこの一撃で、あたしは1公演で終わらせたくないって思っちゃって

いくつかの会場、何度もあなたの歌声を聴きに出掛けるの。

音源、残してくれないかしら。

そしてそれを形にしてくれないかしら。

一番贅沢な希望よね、これって。

でもだって。

あなたのこの曲のこのアレンジは

多分もう次のツアーでは聴けないから。

変えちゃうでしょ?あなた。

あなたの音楽を

あなたの声を。

カラカラに乾いたスポンジのような

あたしの身体が

あたしの細胞が。

忘れないように必死に全身に吸い込み染み渡らせて記憶していく。

-あの日のあたしと同じ。

32年前、顔も名前も知らないミュージシャンの

タイトルすら判らない偶然流れてきた音楽を

帰宅の電車1本乗り遅れてもかまわない

どうかあたしの頼りない耳と頭、覚えて!って

必死に聴いてたあなたのデビュー曲。

記憶の片隅に残る、あの日の18歳の自分を思い出す。

あたし全然成長してない。

思わず俯き、笑いをかみ殺す。

そこから"全国ツアー"では初めての、

ちょっとアレンジ、手を加えたDAOKOちゃんとの曲へ。

DAOKOちゃんのパートを「歌ってみて!」ってマイクを客席に向ける。

……あんな早口言葉みたいに歌えないよ、あたし(笑

声を出すと、遅れていくのがわかるから

覚えてるだけの歌詞をなぞると

なんだかあたし、あなたのパートばかりを覚えてた。

スタートから捕えられて離してもらえないセットリスト。

かなわない………。

一青窈さんに創った曲のセルフカバーや川本真琴ちゃんに創った曲を

少しハードにアレンジして歌うあなた。

あなたが歌う「女の子の言葉」は妬けるくらい可愛らしくて

「一体どれだけの顔を持ってるんだろう、あなたは。」

そんなこと考えながらステージを見てるあたし。

「あの娘ぼくがロングシュート決めたらどんな顔するだろう」から「だいすき」に進み

一度幕が降りてあなた達がステージから消える。

次は何が聴けるんだろ?

(ドンッ)

大きな音が響き、ドキリとする。

イントロが流れ始め幕が開く。

「……聴いたことある。知ってるメロディ…何だったっけ……」

記憶の糸を手繰りながらステージのあなたを見る。

英語の歌詞、カバー曲。

「Stevie Wonder!?」

あたしが中学生の時に買ったアルバム「talking book」に入ってた曲。

Superstition-迷信

このアルバムと「key of life」「Inner visions」は擦り切れるくらい聴いたアルバム。

あなたの歌うスティービーワンダーが嬉しすぎて笑顔になる。

随分久しぶりに聴いた気がする「どんなことをして欲しいの僕に」は

ファルセットでしっかり声が伸びて続く。

23歳のあなたが創った曲を

直に53歳を迎えるあなたが丁寧に歌う。

不思議なのは、あの頃聴いたこの曲は背伸びしてるような気恥ずかしさがあったのに

今、あなたが歌う同じ曲が、あまりにリアルに色っぽく聴こえるのは

やっぱりそれだけ、聴いてるあたしも歳を重ねていろいろ経験して、わかることがあるからかしら

なんて思ったり。

言葉や文章の意味が曖昧で、なんだかボンヤリした絵しか浮かばなかったけど

今聴くと、ストーリーが浮かぶから。

-素敵な曲ね。-

ピンクの可愛いアルバムジャケット、

ケースにアルバムタイトルのあなたの名前がそのまま彫り込まれていて。

予約して、発売日に受け取って。嬉しかったな。

レコード屋さんがポスターくれたのは、このアルバムだったかな?

DOG DAYSもフルでしっかり聴いたのは

なんだか久しぶりな気がします。

青年14歳も良かったな。

今回はあなたが歌い始めて「あっ!!!!」ってなって

ニッコリしちゃう曲が散りばめられていたのよね。

艶かしくてエロティックなマイクスタンドパフォーマンスは随分激しくて………濃厚で。

あなたがスタンドに跨って、緩やかに、だんだん激しく。

目を細めて舌を覗かせ

腰を絡めてゆっくりグラインドさせながら擦り付ける。

手のひらでスタンドをゆっくりゆっくり撫で上げる仕草。

なんだか見てはいけないものをこっそり覗き見しているみたいな気持ちになってきて

ごめんなさい、あたし途中から俯いちゃった。

あなたがこちらに歌いながら歩いてきて

緩めたネクタイ、シャツのボタンを数個外して

胸元に手を差し入れてまさぐる仕草、

そこからチラリと覗く、汗ばむ肌。

何もかもが艶っぽくてエロティックでセクシーで。

見てるこっちが恥ずかしくなって困っちゃった(笑

弾き語りのカーペンターズ(かな?いろんな人がカバーしてるけど。)のMasqueradeも素敵だったけど

八神純子さんの「みずいろの雨」のアレンジが

あたしに直球で胸に刺さりました。

元曲はピアノ曲で結構アップテンポ。

それをギターでゆったりボサノヴァアレンジにして。

あなたの甘い声で聴ける幸せ。

バラード、今回はLION HEARTじゃなく、友人のふりが名古屋で聴けました。

これもあまりに切ない歌詞の曲であたしの大好きな1曲。

…………大好きな曲しかないんだけど(笑

小出くんとの曲からビバナミダに曲が流れて

ホントにもう終わっちゃう、って思うんだけど

この曲がENDになってからあたしが泣かなくなったのは、ちゃんと「再見!」って言ってくれるから。

終わってあなたが一礼、ありがとうを口にしてステージを去る。

間際に投げキスひとつなげ、あなたが消えて

バンドメンバーが一人ずつ笑顔で手を振りながら去っていく。

ホールが明るくなり人が動き出して、今逢ったあなたを思いながらあたしも会場を後にする。

帰りの電車、あなたのイラストの描かれた可愛いトートを膝に乗せて

暗い窓の外を眺めながらぼんやり思う。

-あたし、あなたの生み出す音楽が好きよ。

                  これからもずっと変わらず好きよ。-

そうね。

あたし、あなたが。

岡村靖幸という人が。

たまらなく愛おしくて大好きよ。






欲しくて欲しくて、出してほしいって思い続けたツアーパンフ。

やっと出してくれたツアーパンフ。

昔買ったツアーパンフや映画、フェスのを引っ張り出して並べてみて。

「うん。今のあなたらしいパンフね、素敵。」

そんなことを思いながら、ページをめくりました。

ねぇ、靖幸?

歳を重ねることって

案外、ステキなことだと思わない?

あたしはね、

悪くないな、って思ってます。

あなたが最後に投げてくれるキス。

それがひとつひとつ、あたしの心にkissmarkを刻んで消えない想い出になって残っていくの。

あたしはこうしてあの頃のあなたに逢った数だけの想い出を持って

新しい想い出を増やしていけるの。