(第七章 恐怖のニッポン帰国)



  31.  え~っ、ボクの年金が打ち切られた?



 そのバスを使って、毎日娘たちの家に通った。乗り継ぎも含めて、ゆうに

一時間を超えてしまう。だが彼らの家はさらに狭く、とても我々が泊まる

ことはできない。



 話し合うことは山ほどあった。 まずはピソの最終決定だ。不鮮明なピン

ボケ写真を言葉でおぎなっても、急ぎ足で見ただけに如何せんデータ不足。

でも結局は、場所の良さと建物のアンティーク感覚から、あの狭く汚いピソ

が選ばれてしまった。


 本当にいいのかと最後まで抵抗してみても、ヨーロッパの古い建物を自分

たちの手で改造する夢を抱く娘たちとしては、当然の選択だったのかもしれ

ない。かくして浴室二つのボクの夢は、はかなく消えた。 さっそく電話で

バルセロナに報告し、家主と契約してもらうとともに、浴室などの基礎的

工事をお願いした。


 そうこうするうちに、娘たちの留学ビザが申請から二ヶ月かかってやっと

下り、彼らのバルセロナへの出発は十二月中旬と決まった。それまでに

こっちのビザが下りれば一緒に行くことも可能だが、そいつは甘すぎる、

こっちはまだ申請さえしてないのダ!


 ビザの申請には、山のような書類を揃えなきゃならない。申請書、写真、

パスポート、無犯罪証明書、健康診断書、銀行の残高証明、ピソの契約書、

保険の加入証明・・・、



それだけでもかなりの日数が必要だ。ところが毎日駆けずり回りようやく

ほとんどの書類を手に入れたと思ったら、なんとバルセロナの家主が不在で

ピソ契約ができないという。結局、来週には、来週にはと待たされ、やっと



 でも、ついにスペインにボクらの居場所ができた。 契約書が送られて

くればビザの申請もできる! と、祝杯を挙げる気にはならなかった。

愛犬プーちゃんの様子がおかしい。胸とお腹がふくれて床に伏せることが

できず、ひどく苦しそうなのだ。


 アメリカから娘たちが連れてきたプーは、六~七才のイングリッシュ・

ブルドックで、それまではとても元気だった。棒やボールを投げると脱兎の

ごとく追いかけて、得意げに持って来ては人の足元に置き、また投げてくれ

と何度もせがむ。それが一週間ほど前から足を引きずり、くわえてきた

ボールを離さなくなっていた。そして昨日から容態は一段と悪化したようだ。

 すぐに獣医に連れて行くと、肺に水が溜まってレントゲンも撮れず手が

つけられない、あとは本人の生命力に頼るしかないという。でも一夜明ける

と状態はさらに悪くなった。 一晩中立ったままで寝ることもできず衰弱

しきっている。しかし一度だって人間みたいな泣き言(?)も言わず、ただ

外へ出たいと意思表示をした後、いつもの緑の川岸を一回ぐるっとまわって

力尽き、地面にゆっくりと倒れ込んで息を引き取ったのだった。


 契約が完了したのは、帰国からもう一ヶ月近くも経っていた。 一緒に

バルセロナで暮らそうと夢見、そのためにピソを探したはずの愛犬プーは、

ピソが決まったとたんに死んでしまった。自分が足手まといになるとでも

思ったのだろうか。それとも単に自らの寿命を全うしただけなのか。ただ

その安らかな表情が、生命のありのままの姿を見せてくれていた。


     


              ーーさようなら、プーちゃん!ーー



 悲しみの中で、それでも娘たちは出発の準備にとりかかり、こっちはバル

セロナから送られてきたピソ契約書を全ての書類に加えて、ついに帰国から

ひと月以上経った十一月末、ビザの申請のためスペイン大使館に出かけて

いった。


 窓口の男性職員は提出した書類に目を通して、「結構です、ではビザが

下りたら郵便でお知らせします!」とパスポートを返してくれた。それは

大体いつ頃? とノドから出かかった言葉を飲み込んだ。どうせ教えてくれ

っこないのだ! でもそれじゃ今後の予定が立たない! すると、ちょっと

した質問のアイデアが浮かんだ。 


「あのー、このパスポートは使ってもかまわないんですか?」

  「もちろんです。その間ハワイでもタヒチでもごゆっくりどうぞっ!」


 ヒエーッ、こりゃーそうとう長期戦になるってことか! その上この会話

中に、書類の不備まで見つかっちまって、踏んだり蹴ったり。結局、足りな

かった戸籍謄本やら外務省のアポスティール認証付き住民票とやらを入手

して大使館に郵送し終えたのは、十二月も何日か過ぎてのこと。ビザの入手

はますます遠ざかっていく。



    そこに起こったのが、あの信じがたい事件だった!ぷ


 久しぶりに再会した息子が一通の手紙を手渡してくれた。日本を出る時、

郵便物は全て彼の家に送られるようにしておいたのだ。 それは社会保険

事務所からの文書で、「あなたの国民年金納入額を一部お返ししますので、

お越し下さい!」というものだった。何かの手違いで払い過ぎているのだろ

うか? でも収入なし、お金が出るばかりの身にとっては大助かりと、鼻歌

まじりで出かけていった。

                        


       「でも、何故お金が返ってくるんでしょうか?」


 すると窓口の女性は、こともなげにこう答えたのだ。

                                       

  「あー、それは、あなたの国民年金が打ち切られているからですよ!」


 ナニー、そんなことはしてないゾ~! だいいちこれから年金で暮らして

いこうって人間がそんなはずないダロー! と、何度調べてもらっても、

確かにデータ上では打ち切られているという。しかし本人が違うと言って

いるのだから違うんだ、と押し問答をしていると、いかにも役人面のオッ

ちゃんが何食わぬ顔で近づいて聞き耳を立てていたかと思うと、彼女に

目配せをした。すると彼女はこう言ったのだった。


 「わかりました。ではこの用紙に記入して、

               年金回復の手続きをしてみて下さい!」


 あのなー、あんたらは何かというと、すぐ用紙に記入しろ、印鑑を押せ、

とくる。年金受け取りの手続きだってメチャクチャ面倒じゃないか。なのに

何故、こっちが何もやってないのに、人の大事な年金を勝手に打ち切ったり

できちゃうワケ? もしも今回帰国しなかったり、あの封筒に気がつかなか

ったりしたら、ボクのわずかな年金は、知らない間にガクーンと減っちまう

ところだったんだゾッ! 


 その後少し冷静になって聞き出してみると、日本を出る時にこっちが健康

保険を切ったことで、自動的に年金が打ち切られたのだということらしい。

しかしそれとこれとはゼンゼン別だ。 だいいち本人の意思の確認もなく

勝手に打ち切るなんて、それこそ憲法違反じゃ~ないのかい?


 まあ年金ビザというもの自体が、自国の金がごっそり海外に持ち出されて

しまう制度だから、それを防ぎたい気持ちもわかるけど、この制度は国際的

に認められた、いわば“世界の常識”なのだ。


     一体、この国はいつまで田舎者やってるつもりなのサ!

     激怒プンプン丸  激怒プンプン丸   激怒プンプン丸         

 

 若者には「将来の安定と夢を!」なんて甘い言葉で誘っておいて、実際

支払うだんになると妙な小細工はするわ、年金額は減らしてくるわ・・。 

それじゃー、若者だってついて来やしないゼッ!


       お役人さん、もうチット大きく世界を見ようや! 


       それがあんたの仕事なんじゃないのかい???


(その数年後、あの信じがたい年金データ大消失事件が露見したのだった)




         (まだまだつづきますよ~っ!)



              それから、

            やはりメルマガの

    “知ってびっくり!地中海の不思議の国・バルセローナ!”

               も、

    

        数々の写真とともに再構成しました。

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 以下に2冊だけ拙著をご紹介します。よかったら読んでみてください!


◎ 『勉強っていやいやするもの?』(大日本図書)

 〈中高校生向けですが、‘哲学’についてもやさしく解説しています〉


◎ 『脳みそのほんとうの使い方《ビギナーズ編》』(日科技連出版社)

  〈こちらはビジネスマン向けですが、やさしいです)〉

   また姉妹編《マスターズ編》も出ています。