5. 決まってるじゃない、死にに行くのよ!


 恐縮したその担当者は、一度白紙になった新規講座をなんとか回復させよ


うと、さまざまに努力してくれた。ところがそれがすべて、不思議なくらい


裏目に出る。まるで後ろに何か大きな力がうごめいているようだった。




 それでもまだ、収入源がないことはなかった。 数年前から、時間を見つ


けては全国各地で講演を続けていた。商工会議所や商工会メンバーの、どう


したらお金が儲かるかを知りたいという希望に合わせ、面白おかしく冗談に


包みながら、内容は「私たちが脳ミソの使い方を変えない限り、この国は


あと三十年で沈没することになるでしょう!」という、相当シビアーなもの


だった。


                    
             


 ところがこれがけっこう好評で、集まった受講者たちはびっくりするほど
熱心に聴講してくれた。百回近くの講演で、寝た人は、眠りながら会場に入

ってきた中年女性ただ一人。講演後日帰りのはずが飲み会につき合って、


ついにはホテルに泊まってしまったことも度々だった。そのうちに同じ団体


から二度三度とお声がかかり、各地に「行宗会」なるグループが結成された


りもした。




 肉体的にはちょっとキツイが、収入は一~二日で十~二十万になる。


こんな調子で広がってくれれば、生活は何とか持ちこたえられるかもしれ


ない!・・ だがそれも甘かった。ある時、役所の講演予算が大幅にカット


されると、それを境に、依頼は目に見えて減っていった。どこもかしこも経


費節減、それにしてもあの膨大な景気対策予算はどこへ消えちまったんだ?


                                                             

 いや待てよ、本当にやるべきことは若者たちへの接近だったんじゃないの


か!! 日本がこんな状況に陥った原因は教育にある。この国のいわゆる


「お勉強」は、不幸にも本来の「学び」とは正反対のものだったと講演でも


訴え続けてきたんじゃなかったのか。だったら今それを子供たちに伝えない


でどうするんだ!?




 そう思い直し小さな学習塾の開設をもくろんでもみた。しかし当然ながら


それには父兄たちの説得が必要だ。けれども不登校児の親でさえ今の教育の


枠組みから新しい世界に脳を切り替えさせることは至難の業なのだった。




 もちろんボランティアで彼らと向き合う方法もあるだろう。しかしそれは


別に基本的収入の道があってのこと。さいわい二人の子供たちはすでに独立


していたが手元の僅かな蓄えは日に日に減ってすでに底をついていた。




       これじゃあ生きていくことさえできない!


                                                           


  毎日息してるだけで、この国はどれほどのお金が出ていくことか! 




 借りた金額の倍以上を死ぬまで搾り取られるマンションのローンを筆頭に


毎月万単位で消えていく生命保険や国民年金、健康保険に自動車保険、その


うえ自動車税やら地方税やら所得税、○ゼイ、×ゼイ、△ゼイ・・・、


それうえ、意味のわからぬNHK受信料まである。




      もしやこの国の構造自体がタカリではないのか?




 中央線が毎朝止まるのも無理はない。ある日収入がパッタリ無くなったら


あっという間に身ぐるみはがされ、あとは首をくくるか電車に飛び込むかの


心境にもなるだろう。他人事じゃない、こっちも、もう先はないのだ・・!




           すると突然心が軽くなった!



                                                               


 また例の病気だ、いわば「飛び出し症候群」とでもいうやつか。この国を


出よう! だってもうここには居られないのだ。くよくよ悩む必要もない。


だいいち、もう悩む余地さえ残されていないんだから!




          行き先はスペインだっ!! 



                           

               
                                                            


 大学時代ちょっとスペイン語を囓った時の、彼らのクッタクのない明るさ


が脳裏に焼き付いている。あそこなら、きっと我々日本人の気持ちを癒して


くれる。そうさ、いつか絶対に行ってやると思い続けてきたんだ。今、その


心の宝石箱を開けるんだ。ヤッホーッ、ヒャッホーッ!




 まったく相変わらずのアッホーだ。自分だけ夢の世界に遊んでみたって、


実際にそんなことが本当にできるのか、何一つわかってない。 ただ、


「年金ビザ」という制度があるらしいという事だけなのだった。 それより


何より、セコタンはどうするんだ? 今度ばかりはNHKを飛び出した時の


ようにはいかないんじゃないの~?




 案の定、話を持ち出すと彼女はさっと顔色を変えた。「この歳で言葉も


何もわからない外国で突然生活するなんて、無理に決まってるじゃない!」


と、繰り返すばかり。この歳だからこそ年金ビザが活用できるんだと話して


も、何一つ耳に入らない。 お互いの会話は完ぺきに閉ざされてしまった。




               


 その三日後、都心近くに住む娘と息子に連絡し、渋谷で食事をすることに


なった。洗いざらい相談してみよう! 先ずは娘とその彼と、三人で落ち


合った。二人は長いこと海外で一緒に生活していた。場所は、せっかくだか


らとスペイン料理のレストランが選ばれた。




 「とうとう決心しましたかっ!」・・・、席に着くなり彼が明るく口を


開いた。彼らはこの決断には最初から大賛成なのだ。それはいいとしても、


一体セコタンの問題をどうしたものか、と考えあぐねているところへ、息子


が遅れてやって来た。仕事の関係で夕方起き出す生活、まだ寝ぼけた顔で


話しかけてきた。




 「ついに、二人でスペインに行くことになったんだって?」


   「それがサ、こっちはそのつもりでも、セコタンがネ、・・・」


 「え、知らないの~? 出がけに電話がかかってきて、今友達みんなに


連絡してるって言ってたよ!」


   「え~、友達に何て連絡してるんだろ~??」




 「もちろんスペインに行くってだよ! で、みんなが何しに行くのかと


聞いたら“決まってるじゃない、死にに行くのよっ!”って答えてるん


だってさ! 三日間悩んだら、今はすっかり心も晴れちゃったなんて、


ぜ~んぜん明るかったよ!」




    なんとなんと、彼女はやっぱりただ者じゃ~なかった! 



                                                                  


 それからは思い切りスペインワインで乾杯を繰り返し、遥かなる異国の


話に花を咲かせることとなった。そしてこの時初めて、今回の日本脱出計画


がともかくも、確定的なものとなったのだった。(2002年、6月6日)








      (もちろん、まだまだつづきますよっ!)








             それから、


            


           やはりメルマガの


   “知ってびっくり!地中海の不思議の国・バルセローナ!”




              も、


    


       数々の写真とともに再構成しました。




           どうぞこちらへ


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 以下に2冊だけ拙著をご紹介します。よかったら読んでみてください!




◎ 『勉強っていやいやするもの?』(大日本図書)


 〈中高校生向けですが、‘哲学’についてもやさしく解説しています〉




◎ 『脳みそのほんとうの使い方《ビギナーズ編》』(日科技連出版社)


  〈こちらはビジネスマン向けですが、やさしいです)〉


   また姉妹編《マスターズ編》も出ています。



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