港の見える丘公園のイングリッシュガーデンからまた一枚。
この日は子供の幼稚園時代のママ友6人お昼頃に港の見える丘公園に集合しました。
私を含めてアルコール好きの3人は昼から飲んじゃいました。
その後雨が降り出したから帰らなくていい4人で中華街へ。
そこで軽く食べながらまた飲んで、最後は歌のグループでも一緒だったお酒が大好きなMちゃん人のこといえませんがともう一軒。
久しぶりに痛飲した夜、じゃなくて1日でした。
人の役に立っているのか?それともお節介なのか?この悩みをここのところ抱えていますが、この性質も原家族の中で培われたものだなと気がつきました。
いつも問題が絶えない家の中にいて、一番若年の私はなんとか平和になって欲しくて一所懸命解決策を考え続けるのが癖になったのかもしれません。
それである程度の歳になってからは、私がいつも調停役になっていました。
みんなそれぞれの立場を考慮しつつ一番いい真ん中を見つけるよう提案する役。
少なくともそれで落とし所が見つかって前に進んだことは一度や2度ではなかった気がします。それもかなり重要なことで。
自分でもすっかり忘れていましたが。
ただただ人が悩んでいたり怒っていたりするのを見るとなんとかしたいと言う気持ちでいっぱいになっちゃうだけなのです。
それが習い性になりすぎて、人が困っているように見えるとずっとそのことが頭から離れなくなったりします。
そのことに今回初めて気がついたのでした。
意識に上ってきたことはこれは変えたほうがいいと言うことだな、と私は解釈しています。
もう少しひとごとに熱心になりすぎる性格を見直して、手放しできるようにしたいなと思ってます。
正法眼蔵の一部を書き写すことも八冊あるうちの五冊まで終わりました。
残り三冊余裕のある時に続けていきたいと思います。