あめだまさんのブログで紹介されていた「22を超えてゆけ」辻麻里子著を読んでいます。
あめだまさんのこの記事を読んでいたのは移動中の電車の中でしたが、ピンとくるものがありこれは読もうとその場でAmazonに飛びましたよ。
いつもなら家に帰って少し検討してパソコンから買うのですけどね、この時は速攻でした。
本はまだ読み終わっていないし付属のCDも聴いていません。全部読んでから書こうかと思ったのだけど、全部読んだらもしかしたら逆に書けなくなるかもと思い、今の途中段階で書いておこうと思います。
もともと今日記事にしようと思っていたのはかとうゆかさんのブログで読んだこの記事から、そうだ、確かに自分のだめなところを愛することが大事なんだということがすごく腑に落ちてそのことを書くつもりでいました。
そうしたらその辺もこの本にもとても重要な要素としてあるような気がしたのです。
自分の興味関心に惹きつけて書いているので、この本に書かれたこととどれだけつながってるかわかりませんが、本のすべてがそうであるように、本は読み手にとってそれぞれの意味は違うものだったりするので、とりあえず自分のシンクロの話を書いてます。
この自分のだめなところを心から愛して受け入れようと思ったことは私の中でもものすごい大きな転機だと思いました。
これまでこの自分のだめなところを愛そう、という言葉はとっくに知っていたし、ある程度やれていると思っていたのだけど、人間そう簡単に変わるものではないのですね。
気が付かないところで、だめな自分をもっとよくしなければいけないと自分を駆り立てていたところがまだあったことに気が付きました。
ダメなところを直そうというのと、自分をよりよくしていこうと努力するのは全く別のことなのだな、と。
例えば自分が望んでいる表現を自分ができるように頑張るということは別に自己否定でもなんでもないけれど、あ、私ってダメだな、って思ってこれどうにかしなきゃと自己矯正モードになるとこれは自己否定ですね。
自分のだめなところ、自分の悪いところも私の大事な一部なんだ、と認めてあげて大事にしてあげる。
そう決めたら、私この頃だらしなくない?とか、こんなことにこんなに時間使っちゃって、とか、心が言ったら、はいはい、そういうところも私だよ、絶好のダメ自分を愛そうキャンペーンの練習だねって別の私がフォローするようになりました。
それともうひとつこの本の自分にとってシンクロなのはこの前からダンスを踊り始めてリズムに乗ることは宇宙とつながって無になれるということに気づいたのだけど、この本で重要なのがその無とかゼロだということ。
音楽や色なども重要な要素でちょっとゾクッとしました![]()
花をテーマに絵を描くようになってから花と愛とアートは同じものが別々の面から現れたものということを私のアート制作の主題にして、また音楽とともに制作をしてきたことがいい線いってたんじゃないかな、とこの本を読んでいて思いました。
今やっている歌もどうすれば自分が望んだ方向に行けるのかみたいなこともこれ読んでたら見えてくるような気がしています。
本自体はとても不思議で読んでいるだけで夢を見ているような感覚になり、時々ちょっと怖い気持ちにさえなることもあります。
でも上に書いたように私にとってはこれまで知として頭に入っていたことがどんどんハートや腹に落ちてくる感覚があります。
まだ半分を過ぎたくらいなところなので、また読み終わって書けたら書きたいと思います。
書けるかわかりませんが。
