十月十九日。
わたしは役所の仕事場の、自分の机で昼ごはんを食べていました。
そのとき、机に置いた昨日の新聞の、ちいさな記事が目に入りました。
それは、わたしが春に応募した小説の賞の発表でした。
記事には、よそよそしい見知らぬ名前がふたつ。
ああ。
春から、わたしはなにも知らず、ひとりでドキドキしていた。
ドキドキするのに疲れていた。
そしてこれからわたしは芽がでないまま、三十歳をむかえるのだ・・
その日の夕方、わたしとピピは、海の草原の南の道を歩いていました。
遠い空の端っこが、帯を横たえたように霞んでいますが、雲はありません。
西空は、あかい朱いろにきつく染まっています。
ふりむくと、灰色によどんだ東の空に、卵黄のような満月がなまなましく浮かんでいました。
ピピは、速足でわたしの前を行きます。
ピピに引かれて、わたしはよたよたと歩きます。
秋草と土の道を、よろけながら進むわたし。
その反対に、ピピは怒ったようにずんずん歩くのです。
やがて、わたしは引き綱を引っ張って、ピピの速さを止めようとしました。
「ぴぴき。今日はやさしくしてよ・・」
わたしは、ピピに泣きごとを言いました。
すると、ピピは牙をむいてふりむき、さしのべたわたしの腕を
がぶっ!!
とくわえ、すぐにぷいっと離したのです。
ピピは、ちっとも容赦してくれない。
・・・ピピ。後でわたしは、こう思いました。
ピピはわたしに
「つよくあるけ」
と、言っていたのだ。
これは、むずかしい人生の話ではありません。
「ピピのにんげん」として、わたしに、単純に「つよくあるけ」と言っていたのです。
ピピは、人間の勝手がしわよせた薬の副作用でお腹を切られ、その後もおおきな病気にかかり、戦って、勝ちました。
わたしは、たった一回の挑戦に負けて、めそめそしていました。
けがも病気もしていないわたしの、理由もないひょろひょろした足を、ピピはただ、怒ったのです。