今年も最終日。
いい年でした。
来年も
必ず
もっといい年になります。
様々な場所で、
新しい人にも
出会います。
新しい場所に
行き、
あちこち旅します。
(予言。というか確信。)
身辺の大掃除も終わり、
ようやく、今まで
ブログで
書き散らしてきたものを
読み直したり、
まとめたり
しようという気持ちが
起きはじめました。
2008年内には
出来なかったのですが、
2009年内に、
このブログを
整理した後、
このブログ自体
削除させていただきます。
この場所は、
最初は留学中の
記録をとどめておく
ものだったのですが、
だんだん、
自分自身の問題や
内面のこと、
ずっと
いつか
時間をかけて
向かい合いたいと
思っていたことを
書く大切な場所と
なっていました。
数年前の文章、
学生時代の文章、
留学中の文章・・・
読んでいると
あまりの
自分の余裕の無さに
胸がせまってきます。
ああ。
そんなに、
がんばらんでもええのに。
根つめないでもいいのに。
って。
痛々しいまでの
自分の昔の姿を見ます。
必死すぎて
考えないようにしていて
どこまでも
スキを無くし、
完璧であろうと、
そんなことを
常に
追い続けていて
自分自身に
追われ続けていた
どこまでも
繊細で
弱い
恐怖にがんじがらめで
体中が
こわばっていて
力んでいて
肩に力が入っていて
ストレスで
腰を痛めて
だけど
パッションはやっぱり
熱すぎるぐらい
熱くて
根っこは
どこまでも
純粋な
不器用すぎる
ぶざまで
かわいい
幼い
自分、が
詰まっていました。
このブログにも。
かつての自分が書いた
文章を読むなんて
大キライでした。
過去を見るなんて。
じっくり過去なんて振り返ってる場合じゃないと
思ってました。
だけど、
今、腰をすえて読んでみると、
ああ、
そんな痛々しい、
余裕の無い
自分を見るのが
怖かったし
イヤだったんだな、
私は。
って気づきました。
そういう自分に
どっかで
すべて
気づいていたので。
端から寸詰めのように
延々と硬い思考を繰り返して。
歌詠鯨さんに、
「amerikan-orangeさんの言葉は、
ダイヤモンドのようだ。
ずっと長い間
凝縮され続けて・・
ものすごい力が加わり続けて、
そして
できあがった結晶みたい」
と言われました。
私の言葉の
決定的な美点ともろさに
気づかされた言葉でした。
そのまま。
確かに、
するどく、何物も切るような
(ダイヤモンドは硬く、ダイヤモンドはダイヤモンドでしか切れません。)
思考ながら、
その言葉は
私自身の心身も同時にスッパリ切る。
そして、
圧力を
心身にかけつづけているから
やっぱり
負担はものすごい。
このまま
この方法で
言葉を書き続けていては
私が苦しい。
イヤだ。
私の心身が危ない・・・
とうすうす思っていたので。
言葉を大切にするほど、
言葉以前の
言葉以外の場所が
言葉に全く関係ないことが
大切になっていく。
言葉を大事にするからこそ
日常が大事になる。
「笑いは発狂の防止装置」
とは、文筆家・池田晶子さんの言葉ですが
最近、それを実感します。
今までだったら
笑いなんて考えられなかったことでも、
なんだか、笑いがこみあげてきたり
自分自身の生き方とか
くるっと見てみると
なんか笑える。
ギャグ?これ?って。
確かに悲劇ととれば、
悲劇かもしれないけど
喜劇ととれば、
喜劇にも近いような。
そんな風に、
笑いと地続きになってきたのも感じます。
そうやって
自分自身が
ものすごい勢いで
日々変化している今。
このブログで書いている意味も
だんだんと無くなって来ました。
来年内には
このブログともお別れです。
またひとつ、
持ち続けていた、
大きな大きな荷物を
整理して
捨てて、
そして、
身が軽くなって
次の場所に
動けそうです。
今年はありがとうございました。
来年度も、
よろしくお願い致します。
(私自身を含めて☆)
来年の幸せをお祈りしています。