すべてはこの家庭に生まれたことから始まりました。クラッカー




父はプログラマー、母は保険の外交員

  たまたま母が飛び込みで入った会社に父がいて、仕事も
  しないでヨーヨーで遊んでいた父に帰り際に
  声を掛けられたのが馴れ初めらしいです。恋の矢

  それから結婚し、姉が生まれ、その二年後にペン太が
  生まれました。


 小さい頃から父の影響から機械いじりが大好きで、物心ついた時にはかたっぱしからいろんなもの(目覚まし時計やおもちゃ)
を分解してました。

  よく母に
  
   「なんでまた分解すんの!!!!」

  って怒られてました。

 それでも寝ておきたら直っちゃってるからびっくり!!!

 もちろん父が直してたんですけどね。



 そんな幼少期を過ごして、記憶にある最初のデジタル製品は


  FUJITSU OASYS 100F
     アメノペン太のデジタル日記-OASYS 100F


  訳のわからないテレビみたいなもんという記憶と、やたら緑色の文字が印象に残ってます。

  最初は父が仕事でプログラムを作るために置いてあったのですが、そのうち家庭用に置き換わっていました。

  一応ワープロ(懐かし!!)で、日本語入力ができたような
気がします。

  今から比べるととても大掛かりな装置で、プリンタもドッド
インパクト式(インクじゃなくてすごくうるさいやつ)で大きかったし、フロッピーも8インチのやつが二枚(一枚は辞書用でもう一枚が保存用)で、容量は驚異の1MB(少な!!!)
  だから文章は大体5個くらいしか保存できないのショボーン
  
  調べてみたらお値段はナント→3

 70万円


  安い!!!!!!!(やかましいわ!!!)

  買ったのか、会社からの支給なのかはわかりませんが、
とても高価なおもちゃだったんですね汗

今はいわきのおじいちゃんの家に静かに余生を過ごしてます。

  動くかはわからないけど、大事にはされているみたいです。
  
  こんどまた会いに行きたいと思います。

  それではまた次回ガチャピン
今サイゼで、

頭のよさげな集団が総勢13名で幹部ミーティングなるものをやってまして


その中のひとりが、

「このなかでじゃんけん負けた奴が先輩に電話してよ」

って言ってますけど、





そのじゃんけんは強制参加なんですか?

参加しなければ負けることはないので、参加しないほうが得策のような…

にしても一番端のキミ!

さっきっから一言も発してナイヨ!


たまには真ん中あたりの席に座って輪にはいったらどうなんだい?


だからじゃんけんにも参加できないんだよ!


ノリノリでドリンクバー汲みに行ったけど、みんな帰り支度してるよ?



急いで飲まないと!


このタイミングでホットはないでしょ~ショック!


みんなの話聞いてるみたいだけど、ほんとは熱くて飲めないだけだよね!?

ほら~気になって話聴いてないじゃない!


君は今日で幹部を卒業してもらっていいですか?