今年3月に開催された「長島愛生園の人びと」展覧会(当ブログ2月26日掲載)を
主催された長島愛生園に関する研究者の田中真美さんからお知らせが届きましたので
以下ご案内させていただきます。
上記の展覧会において田中さんが森祐里さんに再会されたことから
今回のラジオ放送依頼に繋がったようです。
田中さんの深い想いが一人でも多くの人に届きますように
長島愛生園のことや青い鳥楽団の近藤宏一さんと神谷美恵子さんの関わりなど、
森さん自身が展覧会で初めて知られたことを御自身の番組で取り上げたいということで
ご依頼に繋がったとお聞きしました。
7月8日に続いて次週16日(木)21時半〜22時の2回目の放送もあります。
田中さんからのお知らせに関する内容は以下です。
長島愛生園で仕事をした神谷美恵子さんのこと。青い鳥楽団の近藤宏一さんは、
戦前に介護人としての手伝いにより赤痢に罹患、6年間闘病、ハンセン病は悪化して、
全盲になられたこと。
ハンセン病の特有の症状である皮膚の知覚麻痺の為、指で点字を触り読むことが
出来ないため、舌と唇で舌読し、楽譜を読み、ハーモニカ演奏の楽団を作ったこと。
数々の困難を乗り越えて、楽団が長島愛生園から初めてのコンサートをしたのは
1967年、近藤さんと神谷美恵子さんとの出会い、神谷美恵子さんが近藤さんに頼まれ、
ピアノで和音を教えたり協力をしたこと。
神谷さんが近藤さんを始め多くの入所者から学び、逆に支えられていたことなどを
具体的に話されています。
ハンセン病の歴史については、やはり古いのでハンナリデルの話から
1907年に日本で初めてのハンセン病に関する法律が出来、
5箇所にハンセン病療養所が出来、
1930年長島愛生園が創立され、1931年から入所者の生活が始まりました。
神谷美恵子さんは1943年8月の医学実習で12日間、
1957年から1958年にかけての精神医学調査にて長島愛生園に
精神科医として関わるようになり、近藤宏一さんと出会ったのは1960年代です。
ハンセン病の病の歴史は長く、療養所の成立の歴史もあり、
また、戦前は治療薬もなく、改めて、いろいろ考えました。
らい予防法がなくなって25年、何故、ハンセン病の療養所で高齢者としての時間を
刻まなければならないのかや隔離をする法律がなくなっても何故ふるさとに帰れないのか、
それらは、わたしたちに残された問いであるような気がしました。
田中さんは
『神谷美恵子の実践の研究―1960 年代の長島愛生園を中心にして― 』
の博士論文の著者です
https://core.ac.uk/download/pdf/76063822.pdf
主催された長島愛生園に関する研究者の田中真美さんからお知らせが届きましたので
以下ご案内させていただきます。
上記の展覧会において田中さんが森祐里さんに再会されたことから
今回のラジオ放送依頼に繋がったようです。
田中さんの深い想いが一人でも多くの人に届きますように
長島愛生園のことや青い鳥楽団の近藤宏一さんと神谷美恵子さんの関わりなど、
森さん自身が展覧会で初めて知られたことを御自身の番組で取り上げたいということで
ご依頼に繋がったとお聞きしました。
7月8日に続いて次週16日(木)21時半〜22時の2回目の放送もあります。
田中さんからのお知らせに関する内容は以下です。
長島愛生園で仕事をした神谷美恵子さんのこと。青い鳥楽団の近藤宏一さんは、
戦前に介護人としての手伝いにより赤痢に罹患、6年間闘病、ハンセン病は悪化して、
全盲になられたこと。
ハンセン病の特有の症状である皮膚の知覚麻痺の為、指で点字を触り読むことが
出来ないため、舌と唇で舌読し、楽譜を読み、ハーモニカ演奏の楽団を作ったこと。
数々の困難を乗り越えて、楽団が長島愛生園から初めてのコンサートをしたのは
1967年、近藤さんと神谷美恵子さんとの出会い、神谷美恵子さんが近藤さんに頼まれ、
ピアノで和音を教えたり協力をしたこと。
神谷さんが近藤さんを始め多くの入所者から学び、逆に支えられていたことなどを
具体的に話されています。
ハンセン病の歴史については、やはり古いのでハンナリデルの話から
1907年に日本で初めてのハンセン病に関する法律が出来、
5箇所にハンセン病療養所が出来、
1930年長島愛生園が創立され、1931年から入所者の生活が始まりました。
神谷美恵子さんは1943年8月の医学実習で12日間、
1957年から1958年にかけての精神医学調査にて長島愛生園に
精神科医として関わるようになり、近藤宏一さんと出会ったのは1960年代です。
ハンセン病の病の歴史は長く、療養所の成立の歴史もあり、
また、戦前は治療薬もなく、改めて、いろいろ考えました。
らい予防法がなくなって25年、何故、ハンセン病の療養所で高齢者としての時間を
刻まなければならないのかや隔離をする法律がなくなっても何故ふるさとに帰れないのか、
それらは、わたしたちに残された問いであるような気がしました。
田中さんは
『神谷美恵子の実践の研究―1960 年代の長島愛生園を中心にして― 』
の博士論文の著者です
https://core.ac.uk/download/pdf/76063822.pdf