【引き寄せの法則】の講話録 
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『なんなのよ、あれっ?』

 

 

『知らねぇよ』

 

 

と、こんな大惨事のまっただ中でも、人は無意味な会話をする事で、少しでも安心感を得ようと思うのだろうか。

 

 

一目散に元来た方角へと走り続ける私たちの頭上を何かが飛び越し、放物線を描きながら前方に落下した。

 

 

無様に転がるそれが、こちらを向いたとき、再び深夜の森林に雷鳴の如く絶叫が轟いた。それは、防空壕の中に入っていった彼の頭部だったのだ。

 

 

 

 

それを見た全員が、再び混乱に陥り、各々の方向へと拡散してしまった。かくいう私も例外では無く、我を忘れ、夢中で走っていたら気が付いた時には、周りには誰も居なかった。

 

 

心細さから恐怖に陥りそうなり、皆の名を叫ぼうとしたが、なんとかその感情を噛み殺した。そんなことをして『あれ』に見つかりでもしたら、孤独以上の恐怖に陥る事になるからだ。

 

 

その時、奇怪な鳴き声が森中に轟いた。

 


それに呼応するかの様に、各所で鳴き声が連鎖反応を起こす。

 

 

 

 

それが『あれ』の鳴き声なのかどうかは分からない。が、もしそうだとしたら。最悪な連想が頭をよぎる。

 

 

私は少しずつ走る速度を落とし、辺りを確認した。明かりの類いは何も付けていないとはいえ、もうすでに大分、夜目が利くようになっていた。

 

 

目視できる範囲には、自分を中心に円形状に木々が立ち並び、その隙間は漆黒の闇に染められていた。

 

 

しかし、大丈夫だ。

 

 

邪悪な気配はしない。

 

 

とにかく自分を落ち着かせ、目的地は、車のある場所である事を自分の意識に言い聞かせ、感覚を研ぎ澄ませることにした。

 

 

パニックに陥り、方角を見失っているとは言え、自分の潜在意識は必ず、車の方角を計算しているはずだ。私はそれを知っていたので、周辺の木々を漁り、適当な木の枝を探した。

 

 

それはアルファベットのL字型になっている木の枝を二本見つければ良かった。

 

 

もちろん完璧な形の物は無いが、およそそれに用いれそうな枝を見つける事が出来た。

 

 

L字の短い方を、それぞれの手で握り、長い方を水平に向け軽く握る。そう、ダウジングである。

 

 

私は、その場で、ゆっくりと回転した。その時、ある一定の方角を向いたとき、木の枝が左右に広がるように動いた。

 

 

『こっちだ』と、私は小さく口にし、走り出そうとした。

 

 

その時、遠雷の様な悲鳴が森中に轟いた。又しても悪寒が走り、一筋の汗が流れ落ちる。

 

 

声の主は悲鳴の為、誰だか分からない。

 

 

女性だと言うことだけが識別できた。おそらくは仲間の誰かが捕まったのだろう。

 

 

その先は……想像したくなかった。

 

 

私は、危険を避けるべく要所ごとに、ダウジングを行い、右へ左へと、ヘビの如く進んでいた。

 

 

そして、時々聞こえる仲間であろう、人の絶叫を背中に聞きながら、前進していた矢先に、目の前に人影が横切った。

 

 

私は、立ち止まり、震える手を押さえつけながらダウジングを闇に向ける。

 

 

 

 

大きく反応し、『これはまずい』と思った瞬間、何者かに口を押さえ付けられた。驚愕のあまりに全身を赤ん坊の様に振り回したが、力尽くで地面に倒され押さえつけられた。

 

 

私は、目を瞑り、終わったと思った。

 

 

『俺だよ』と、聞き慣れた声が耳元に囁く。それは、仲間の一人だった。

 

 

そいつは、続けざまに、静かにしろ、と私に囁いてきたが、私は心の中で、無理だろうと思った。

 

 

とは言え、助かった。

 

 

しかし、ダウジングは危険を察知していたはず。

 

 

彼に聞くと、やはり追われているという。

 

 

あの感覚からすると、確実に近くに居るはず。とにかく反対方向へ、出来るだけ遠くへ逃げなければ成らないと、私たち二人は全力で駆けだした。

 

背中に危険を感じながら、どれくらいの距離があるのか分からないし、振り返りたくも無かった。

 

 

 

 

草木を掻き分けて進む私達の前方に、ぽつんと一軒の小さな、あばら屋が見えた。まさに砂漠の中に輝くオアシスの様に感じた私たちは、扉を開けて中に隠れることにした。

 

 

しかし、私は、すぐに馬鹿な事をしたことに気がついた。これでは袋の鼠ではないか。

 

 

すぐに、ここを、出なければいけないと彼に伝え、ドアを開けようとした瞬間、扉の向こう側に草木の割れる音がした。

 

 

私たちは、ドアに耳を当てながらも、無意識に手は祈りの印を組んでいた。

 

 

その足音は、草木を踏む音、枯れ木を踏みしめる音と、その音色を一足ごとに変えながら、一歩と、また一歩と、近づいて来る。

 

 

額に汗が滲む。心臓の鼓動は高鳴り、息苦しさは最高潮に達していた。頼むから、ここには居ないと思ってくれ、という虚しい祈りを繰り返していた。

 

 

少しずつ大きくなっていった足音が、最大の大きさになった所で止まった。

 

 

私たち二人は、目を見合わせる。

 

 

扉の取っ手が、ゆっくりと回る。

 

 

終わった。

 

 

と思った瞬間、扉の外で、女性の悲鳴が聞こえると、同時に奇怪な鳴き声を発しながら、その驚異は消えていったかのように感じられた。

 

 

幾ばくかの沈黙が私達を包んだ。

 

 

『助かった……』

 

 

おそらく仲間の誰かが、ここを通りかかったのだろう。

 

 

仲間が犠牲になっている以上、助かったと言っていいのかは複雑だが。

 

 

いずれにしても、私たちの前から脅威が去ったことだけは事実だった。

 

 

それから、私たちは、少しばかりの時間を待ってから、恐る恐る安全を確認し、あばら屋を出立し、車のある場所へと向かった。

 

 

もうすぐだ、もうすぐ車のある道路沿いに出るはずである。

 

 

森の出口が見えてきた。

 

 

運の良いことに、なんとか先程の驚異以来、『あれ』に遭遇することなくここまで来れた。

 

 

しかし、命からがら逃げ出してきた私たちを待ち受けていたのは、もう一つの絶望だった。

 

 

森を抜けて最初に見えた景色に、私たちの乗ってきたはずの車は無かった。この路肩に止まっていたはずなのに。

 

 

 

 

終わりだ、とてもこれ以上は走っては、逃げ切れない。いったい街まで何十キロあると言うのだろうか。

 

 

更に、追い打ちを掛けるように前方の道路には『それ』が居た。

 

 

私はもう、半ば諦めていた。もう、何も思いつかなかったからだ。

 

 

両手の鉤爪を、見せ付けるように擦り合わせながら、じりじりと『それ』は近づいてくる。

 

 

その時、道路の端から一筋の光が近づいてきた。その光は、徐々に近づいてきて、そのまま強引に『それ』を轢き殺した。

 

 

私たちの目の前で、止まると、窓を開け、『早く乗って』と声が聞こえた。

 

 

それは、最初に車に残ると言い出した彼女だった。

 

 

よく見ると私たちの乗ってきた車である。

 

 

私たち、ふたりは、顔を見合わせ助かったと安堵の息を吐いた。

 

 

そのまま飛び乗ろうとした瞬間、私は何者かに押されて、車の前に転倒した。何事かと後ろを振り返ると、彼が、『それ』に絡みつかれていた。

 

 

『それ』は、彼の腕を引きちぎり、首元に囓りついていた。

 

 

驚愕に、打ちひしがれる私に、彼は、最後の力を振り絞って、私に『行けぇッ』と絶叫した。

 

 

後方からは『何しているの、早く乗りなさい』と叫ばれる。

 

 

私は、号泣しながら、車に乗り込もうとしたが、乗るより先に彼女はアクセルを全開に踏み込み、半場、私を、引きずるように車を発進させた。

 

 

私が、体制を取り直し、しっかりと助手席に乗れたときに後方を確認すると、大勢の『それ』がこちらを凝視している光景だった。

 

 

 

 

こうして、私達の一夏の思い出は、壮絶な地獄と化したのでした。

 

 

その後、私達は警察へと行き、事情を説明しましたが、当然、信じて貰えませんでした。

 

 

単純に遭難と言う形で、友人達の捜索が開始されましたが、全ては跡形もなく消えていたのです。

 

 

私達は、精神疾患の診断を受け、入院する事となりました。

 

 

退院してから、その彼女に会ったことはありません。

 

 

今でも、あれは幻想だったのか現実だったのか分かりません。

 

 

友人達の存在も含めて、幻想だったのでしょうか。

 

 

あれから15年……。

 

 

もう、彼らの顔も名前も思い出せません。

 

 

これが、記憶の風化なのか、もともと無かったからなのか、当然、私には判別がつきません。

 

 

だから、全てが消えてしまう前に、これを書き記しておこうと思ったのです。

 

 

もう、インクが無くなりかけています。

 

 

ここまでが限界のようです。

 

 

それでは、皆様、さよう