「十種香」終演がほぼ正午。次幕まで20分の休憩で腹ごしらえ割り箸
次の演目は大変楽しみにしていた勘九郎さんと染五郎さんの舞踊ですハート

「三社祭」だけのは見ていますが通しは初めてですアップ
以前は舞踊にはあまり興味がなかったのですが、、、昨今は大好きにラブラブ



三社祭七百年記念

四変化「弥生の花浅草祭」(やよいのはなあさくさまつり)

天保三年(1832)江戸中村座初演の変化舞踊

作詞:二世瀬川如皐
作曲:初世清元斎兵衛


三社祭の山車人形が踊り出すという趣向の「四変化三段返し」の舞踊。

舞踊とはいえ45分!!
ほぼ出ずっ張りなお二人、凄いです!



一段目「神功皇后・武内宿禰 」/常磐津

武内宿禰を染五郎さん
神功皇后を勘九郎さんで。

人形振りで新羅征伐や恋物語などを踊ります。



二段目「三社祭」/清元→常磐津

悪玉と野暮大尽を染五郎さん
善玉と通人を勘九郎さんで。

舞台中央の垂れ幕?の後ろで早替わり。
衣装を引き抜いて漁師の兄弟に。

武成を染五郎さん
浜成を勘九郎さんで。

宮戸川(隅田川)から引きあげた三社様の祭神観音様の縁起を踊ります。


突如、「悪」と「善」の玉を乗せた雲が舞台中央に降りてきて二人は雲の中に。
雲の後ろから登場した武成には悪玉が、浜成には善玉が乗り移る。

悪玉の染五郎さん
善玉の勘九郎さんで。

お面をつけて悪玉尽くし善玉踊尽くしを愉快に踊ります。


善玉が舟に乗って上手にはけていき早変わりで通人で登場。
通人に悪玉が絡んで踊ります。

次に悪玉が早変わりで野暮大尽の国侍に。

弥生の花(桜)の中、通人と国侍は酒に酔い、踊り浮かれます。



三段目「石橋」/長唄
浅葱幕が降りて上手で大薩摩さんが朗々と唄い上げ、三味線さんが聴かせます。

浅葱幕が切って落とされると、舞台は清涼山に架かる石橋。

獅子の精(白)染五郎さん
獅子の精(赤)勘九郎さんで。

まぁー!ダイナミックな若い猛々しい獅子!
お互いの毛の房を持って回したり
ぶぃんぶぃんと頭を振って毛が回る回るオレンジ渦巻き


獅子は花横が特等席だと思うのですが、染めさんの獅子の毛が2~3人の横っ面を張っていきました。。。文殊菩薩の霊獣に頬を撫でられると良いことがあるかも知れませんにこラブラブ


襲名披露の獅子とはまたちょっと雰囲気が違っていましたが、やはり勘九郎さんは隈取り歌舞伎・隈取りがよく似合われる、、、と思いました。


染五郎さんは1月松竹座で拝見した時よりふっくらされてて、、、お化粧も当然違うし。。宿禰も国侍も一瞬へっ?ってなって、まじまじとめ。。

勘九郎さんは襲名の鏡獅子が凄かったので、今回の舞踊がとても楽しみでした。
愛嬌ではお父上に及ばない気もしないではないですが、、、綺麗な舞踊で上体がぶれず流石にお上手だと再認識でした。


お二人は楽しげに踊っていらっしゃるようでしたが、手数足数が多く激しい動きの舞踊を、腰を低く保って踊り続けるのは素人ながら結構キツイと思うのですが。。花形さんなればこそのパワーでしょうか?


退屈せず、見どころ満載で楽しくて大満足でしたラブラブ


幕が降りたのは「石橋」前の浅葱幕一回だけ。
なので雛壇や大道具が上手下手に引き込まれていく舞台演出を見るのも楽しかったです。

最初、舞台下手に常磐津連中の雛壇があり、それが引き込まれて「三社祭」で上手に清元連中の山台が押し出され、更に通人から左に常磐津(右は清元?)が出された(アヤシイ汗)。浅葱幕の幕外で大薩摩があって、幕が切って落とされると舞台中央奥の雛壇に長唄と三味線と囃子の方々が並んでられたような。。曲は常磐津、清本、常磐津、長唄へ、、、らしい。。常磐津と清元の区別が(?_?;)



とてもとても記憶があやしいです。。。思い違い勘違いなどはお許し下さい。しでかしてるところがあれば、ご指摘下さいマセ。。



善玉悪玉尽くしの舞踊は、山東京伝の黄草子「心学早染草」の善玉悪玉を歌舞伎舞踊にしたものだそうで、当時とても流行ったそうです。

三代目坂東三津五郎が七変化の願人坊主を「悪」と大書した丸いお面を被って踊り、「悪玉踊り」が大流行したそうです→http://www.web-nihongo.com/edo/edo_content_02.html


「心学早染草」の善玉と悪玉の挿絵
$雑記帳
東京都立図書館/デジタルライブラリーより


悪玉踊りの指南書?
$雑記帳
葛飾北斎「踊ひとり稽古」国立国会図書館蔵