小学生低学年の時、大好きなお友達のお家に遊び
に行きました。
なぜか当時、青い上下のジャージ。パンツと腕
には、ガッツリ白い3本線がまっっっすぐ入っ
た服装で、気軽な気持ちでピンポンしました。
お友達のお母さんが出てきてくれて、
『〇〇ちゃんちに居るわよ。』
私も知ってるけど、それほど濃厚では無かった
友達だったけど、テクテク歩いて近くの家
だったので、(自己中、想像力が貧弱だった)
私は、〇〇ちゃんちに、これまた気軽に
ピンポン♪
そこでも、お母さんが出てくれて、
『あらまぁ!いらっしゃい♪どうぞどうぞ♪』
玄関には、靴がいっぱい!!
自己中な私は、親友を求めて、初めてあがらせて
もらったのだけど、そこでは、誕生日会が、
行われていました。
まだ、低学年だったので、そこで気がついて
引き返すこともせずに、オレンジジュースを出さ
れて、正座。周りのみんなも顔見知りだったので
変な空気にもならず(私が気が付かなかったのか
もしれないけど)自然に受け入れてくれた印象。
だけど、そんな優しい世の中ではない。
『プレゼントの贈呈』が、始まったのだ!!!
ようやく、そこで、私の状況を感知。
皆は、襟元や、袖口がレース&フリルのスカート
でも、玄関の靴では判断出来ずに上がり込んだ
私は、青い上下のジャージ&手ぶら。
物心が生まれたか? 究極な気持ちに………。
お友達も、お母さんも、優しい(そりゃあそうす
るよね)人達だったので、何か言われたりは
無かったけど、今でも忘れられない思いを
経験しました。最後まで、居なかったような…
途中で帰ったような…そこはもう、うろ覚え。
血筋のおかげか?死ぬほど恥ずかしかったけど
普通に帰宅して、何事も無かった感じで、その後
を過ごした私。かろうじて救われたのは、
そこにいたお友達とは、それほど濃厚な友達では
無かったから、『自分だけ呼ばれなかった』と
いう想いはしないで済んだこと。
その後も、いろいろと恥ずかしい思いを経験
してきたけど、よくもまあ、生きて来れたもんだ
な。父親の神経のおかげもあると思うけど、
できれば、経験したくないけど、幼いうちに、
児童のうちに、経験しておく方がいいような
気がします。生徒=思春期に突入すると、
恥ずかしいと『思ってしまう事』が、次々と
やってくるので、『死ぬ思い』までしてしまいま
す。
神経が太くなってると、それを
『生きた心地がしなかったよ』で、済むところ
を。
私は、恵まれていたな。と、最近思うのです。
でも、我が子には、そんな想いをさせたくない
と、思ってしまうので、ダメ母なんですよね。
我が子達は、『恥ずかしい経験』≒『武勇伝』
と、受け止められる人になって欲しいな。
私の武勇伝を、話すけど、ただ笑って、
「それ、もう5回目くらい聞いた。」 です。
難しいです。教えるのは。親の知らないところで
経験してもらうしかないのかな?母も
知りたくないです。頑張れ!神経太くして!
まだまだ、ありますよ。私のアイタタ武勇伝。