姫様(女性ブロガーのこと)はたいへんお優しいのですね。

不幸で弱い立場の人々や、悪の立場に押し込められた人々が

ミロクの世でも虐げられたままではないかと心配されている。

たいへん感心致しました。でも、その心配の必要はありません。

 

三次元 物質の世界

四次元 思いの世界。思いは一種のエネルギーです。

    思いを発した人が改心したとしても、その思いは残ります。

    神様から発していない思いは、良くも悪くも穢れであり、

    最後の時にはすべて祓われます。

    善悪や低次元高次元といった概念があるのもこの世界。

五次元 魂の世界。人の本来の姿。

 

四次元の穢れがすべて祓われることで、個(こ)の世は終わり

完全に神が表に現れます。

今の世の中のような貧富の差や幸不幸はなくなります。

貧富の差がないというと平等という誤解を与えそうですが

それぞれの役割などによって必要なものを完全に持っており

不満や貧しいということを感じることがない世界といった方が

正確かもしれません。

 

ミロクの世界に行く人は世間でいわれるような立派な人や善人なのでしょうか?

そんなことは全くありません。心の目と耳を開き、神様に従う人が行く世界です。

心の目と耳を開く第一歩は、神様が自分のことを知っていると意識することです。

神様を知ろうとしたり知っていると思うのは、単なるうぬぼれでしかありません。

今までどんなことをしてきたのか、何を思ってきたのかは全く関係がありません。

なぜなら神様はあなたのそばにいて、あなたのことを常に見守っていたですから。

 

あなたは大丈夫

あなたは私の子

そして

おかえりなさい

 

これでこのブログはおわりです。

これからは大神様のお導きによって一人一人がミロクの世の階段を上り、

うれしうれしの世界に進まれることと思います。

 

令和六年九月二十六日 アヅマワケ記

 

これまでのブログに神様の声が聞こえるという記載をしているが

表現を借りているだけで、

普段音が聞こえるように神様の声が聞こえたことは一度もないし、

神様の姿を見たこともない。

声が聞こえないのだから、神様と会話するようなことも全くない。

神様ではない霊の声が聞こえたり姿が見えたりすることはある。

それはその霊が声や姿に一種の「執着」を持っていることから

声や姿として現れるのであって、神様というような存在ではない。

 

何十年も前になるが、学生時代に精神的に不安定な時期があった。

その時は神様(実際は神様の振りをしている邪霊)の声が聞こえ、

神様(前述のとおり)の姿も見えることもあった。

当時は霊的な知識もなく、ただただ聞こえてくる声や姿を神様と信じ、

恐怖や怒りといったマイナスの世界に引っ張りこまれていった。

結局、霊的な事象を完全に「無視」することでその難を逃れたのだが、

神様に対する反逆者、悪魔という自責の念を暫く背負うこととなった。

思い返してみると、当時、自分がルシファーとなり太陽に向かって

憎悪しているというイメージを邪霊に抱かされたことがあったが、

今思えば、その邪霊は霊界の実相に対し何と無知だったのだろうか、

いわば幼稚園児が水鉄砲を持って殺すぞと脅しているようなものだ。

自分はそんなものに怯え振り回されていたのかと思うと、

情けなくもあり、アホらしくもある。良い勉強だったと思い許そう。

 

邪霊といっても、その呼び方は、悪霊、憑依霊、邪神、眷属、低級霊、

高級霊、高級神霊など様々である。

神様と邪霊の見分け方は霊界物語に示されているので、そちらを参照

願いたい。

 

令和六年九月二十二日 アヅマワケ記

先日、ブログを検索していると霊界物語を

毎日コツコツ拝読されている方を発見し

たいへん嬉しく思いました。

神様とつながる最善(簡便?)の方法は

霊界物語の拝読と感じています。

 

すでに天国の住人となっている人には拝読によって

特別なことは起きないかもしれません。

私のようにまだまだ改心の足りない人には手を変え品を変え、

改心に向けて神様がお手伝い下さいます。

 

神様からご指導いただいた体験について紹介します。

 

・天国と地獄は紙一重

天国と地獄についてどのようなイメージをお持ちでしょうか?

徳を積んでいくと天国の段階がだんだん上がっていき、

逆に悪行を行うとだんだん下がっていって地獄に落ちる

というイメージを持っている方が多いのではないかと思います。

私は日々の食事から地獄とは何かを教えていただきました。

夕食のあとにスナックなどで間食をとる習慣があったのですが、

ある時から間食を食べてはいけないという思いが起こるように

なりました。

食べたいとか食べたくないという食欲の問題ではなく、

食べてはいけないという思いがふっと起こりますので、

自分の中に浮かぶ思いながら、「えっ、なんで」となります。

お腹が一杯なわけでもなく、お金を出して買ったもので

盗んだものでもありません。

間食しても悪いわけがないと、心の声を無視して食べるのですが

なぜだかわからない罪悪感と食べた後に必ず口の中が荒れるのです。

地獄の餓鬼が食べ物を口に入れたとたん火に変わるイメージと一致します。

後味の悪い不愉快な思いをしながらも、しばらくは間食を続けていました。

ただ、なぜだかわからない罪悪感と口の中が荒れることに

とうとう根負けし、神様に降参しました。

すると神様からいろいろと気づきをいただきました。

生きるのに必要な食事は神様から頂いており、

神様から頂いた食事で満足すれば天国に住し、

それ以上にむさぼれば地獄の住人であると・・・

天国の住人は食事をたっぷりとって

まるまる太っているのは全く嘘です。

そして地獄の住人が食事していないように見えるのも

大嘘です。神様から必要な分はいただいています。

そして、むさぼる心が地獄ということは

飢餓に苦しむ国が地獄に相応しているのではなく、

飽食の国の方が地獄に相応しているのです。

日々徳を積むと死んだ後に天国で美味しいものが

「お腹いっぱい食べられる」などというのは、

嘘の嘘の大嘘です。

※日々徳を積むような人はそんなことは考えないかもしれませんが・・・

このことを神様から教えてもらってから、

誤解を与える仏教が大嫌いになりました。

 

・スになりましてスみきりなり

数ヶ月前のこと、夜中にふっと目を覚ましたところ、

普段と違った感覚がありました。

その感覚はとても言葉で表現できませんが、

神に戻ったともいうのでしょうか。

しばらくすると自分はエッチなことや良くないことを考える人間だと

様々な雑念が湧いてきて普段の自分に戻ったのですが、

神様の声で、「あーあ、せっかく綺麗にしたのに、元に戻ってしまった。」

という声が聞こえてきました。

その声を聞いて、神様が自分の心棒の汚れを綺麗にしていただいていたのだと悟り、

とても残念で勿体ないことをした、神様にも申し訳ないという気持ちになりました。

日頃から改心に努めることの必要性を教えるために、

霊界物語の内容を体験させていただいたと思います。

 

 

 最後の最後の時は、神に帰るか帰らないかの分水嶺

 あなたは払われて残る人ですか?消える人ですか?

 早い改心に遅いはないが、後に延すと間に合わない

霊界物語第3巻は虎の巻。心開きしものには免許皆伝。

 

私が最後の時に与える力とは、三千世界すべての穢れを払う力である。

 

令和六年九月十二日 アヅマワケ記

前回につづいて霊能力の話題です。

 

霊能力の一種に未来の出来事を予知する能力があります。

霊界物語には過去現在未来が鏡に映したように見え、

何千年先の未来を知ることが出来たとあります。

※霊界物語第一巻第十八章「霊界の情勢」参照

 

私も夢でそのような鏡を一度だけ見たことがあります。

普通の鏡があって、鏡を覗くと人物たちが活動しているのですが、

過去現在未来が平面的に重なって見えるとはこういうことなのか

と感心した覚えがあります。

ただ、その時私が見たのは事象の一部分にも満たないもので、

鏡があってどのように見えるのかは知ることが出来たものの、

過去現在未来にどんな事象が起きたのかこれから起きるのか、

といった出来事までは、全く知ることは出来ませんでした。

霊界物語の拝読者向け体験映像のようなものだと感じました。

未来の事象というのは、神様につながるだけの神格を持ち、

また知り得たことをもって何かの用(役割)がある人は、

神様に見せて頂けるのではと思います。

ただ、霊能力を使って自ら未来を見るというよりは、

神様から未来を見せられてその御用をさせられるというのが

実態ではないでしょうか。

 

ところで未来の事象が見える、予知が出来るとしたら

未来の出来事は決まっているのでしょうか?

未来の出来事は決まっています。

決まっているからそのビジョンが見えるのです。

ただ、何をしていても未来が実現するかというと、それは違います。

途中のプロセスを踏まなければ、その未来に到達しません。

なので、プロセスを含めて未来が決まっているという方が

正確かもしれません。

そのような話を聞いて、あなたは未来に向かって努力をしようと思いますか?

それとも未来に向かって努力するのは馬鹿らしくなるでしょうか?

未来に向かってますます努力をしようと感じる人は、

既にみろくの世に入っている方か、みろくの世に入る素養を十分に

お持ちの方と思います。

未来は誰が決めているのか?もちろん神様ですよね。

神人合一した人にとっては神様が決めた未来は自分が決めた未来、

そして、うれし、うれしの未来であるはずです。

今までは暗闇の世でした。神界の真実を説いても闇に迷うだけ、

まだ時節が到来していなかったのです。

今は時節が到来し、神が表(おもて)にあらわれる時が来ています。

 

未来に向かって努力するのが馬鹿らしいと感じた方(私を含めて)は

神様とのつながりがまだ少し足りない状態です。

この世の終わりが来るまでに、少しでも神様とのつながりを

太くしていただけるよう神様におすがりしたいですね。

 

令和六年九月一日 アヅマワケ記