日本国憲法の前文は、国家のための文章ではなく人類のための言葉から始まっている。
兼井 浩 on Instagram: "日本国憲法の前文は、 国家のための文章ではなく、 人類のための言葉から始まっています。 権力の正しさを語る前に、 軍事や経済の話をする前に、 まず語られるのは、 「人は、恐怖と欠乏から解放され、平和に生きる存在だ」 という、ごく当たり前で、でも決して軽くない宣言です。 「われらは、全世界の国民が ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、 平和のうちに生存する権利を有することを確認する」 この一文は、どこか遠い理想論ではありません。 戦争によって、恐怖と欠…1,112 likes, 0 comments - g.g.hiroshi on February 6, 2026: "日本国憲法の前文は、 国家のための文章ではなく、 人類のための言葉から始まっています。 権力の正しさを語る前に、 軍事や経済の話をする前に、 まず語られるのは、 「人は、恐怖と欠乏から解放され、平和に生きる存在だ」 という、ごく当たり…www.instagram.com日本国憲法の前文は、国家のための文章ではなく、人類のための言葉から始まっています。権力の正しさを語る前に、軍事や経済の話をする前に、まず語られるのは、「人は、恐怖と欠乏から解放され、平和に生きる存在だ」という、ごく当たり前で、でも決して軽くない宣言です。「われらは、全世界の国民が ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」この一文は、どこか遠い理想論ではありません。戦争によって、恐怖と欠乏のどん底を経験した人たちが、「もう二度と、同じ過ちを繰り返さない」と誓った言葉です。ここで大切なのは、主語が「国家」ではないこと。「日本」でもなく、「政府」でもなく、「われら」と「全世界の国民」が主語になっている。つまりこの憲法は、国を守る前に、人を守ることを約束した憲法です。だからこそ、平和は「努力目標」ではなく、一人ひとりが持つ権利として語られています。これを「平和的生存権」と呼びます。この考え方を、ここまで明確に掲げた憲法は、世界を見渡しても、日本国憲法だけです。また、前文にはこんな一節もあります。「自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」国の都合や利益のために、他の国の人たちの命や暮らしを犠牲にしてはならない。その姿勢は、政治における普遍的な道徳だと、はっきり書いてあります。力があるから正しいのではない。強いから許されるのでもない。人としてどうあるべきかを、政治にも求めている憲法です。そして、この前文は「日本国民は」という言葉から始まります。これは、国家が国民に命令している文章ではありません。国民が、国家に対して『こうあれ』と示した約束です。政治の主人公は、いつの時代も、私たち一人ひとり。この美しい理念を、机の上の言葉としてではなく、現実の大地で生きた人がいました。『中村哲』さん。銃を持つ代わりに、スコップを持ち、対立を煽る代わりに、水路を掘り続けた人。「憲法に従う義務はあるが、政権に従う義務はない」この言葉は、過激な主張でも、特別な思想でもありません。主権者として、人として、あまりにも自然な感覚です。人の命より上にある権力はない。恐怖を与える政治に、従う義務はない。中村哲さんは、憲法を声高に語ることはありませんでした。ただ、その理念を黙々と、行動で生き続けた。だからこそ、この憲法の言葉が、現実味を持って胸に迫ってきます。日本国憲法は、一度も改正されないまま、今日まで続いています。それは、変える必要がなかったからではなく、まだ私たちが、追いついていない理想を示しているから。投票の前に、一度でいい。この前文を、「難しい法律」としてではなく、人間の言葉として、読み返してみてほしい。どんな社会に生きたいのか。誰の命を大切にしたいのか。その問いから、民主主義は始まるのだと思います。✨