親父が先月26日で90歳になった

60歳で膀胱癌がみつかり切除

それから実に30年間、両腎臓から管を出して生活をしている。

腎盂ろうというが、それはそれは不便であり、本人の苦労は計り知れない。

そんな親父も今年に入り2回救急車で運ばれて、入院。一時は、敗血症で意識が薄く、危ない状況にもなった。この原因も腎臓であった可能性もあり、尿を排出することの大事さを痛感させられた。

同時期に同じく手術をして生活している2つ歳下の女性とも最近、電話で親父と話すようなった。

同じく苦労していることから、2人の会話を聞くと改めて、感心する。

そんな親父だが、独居生活で自炊、洗濯全てこなす。先日、野菜炒め、お汁粉をつくってくれたが、お見事である。

母親を6年前に亡くした。それから親父は独居であるが、寂しさもあり、病気との付き合いもありと、その苦労は凄まじいだろう。

少し前から遺産をどうするか?とか親父と話してきた。しっかりとした字でサインしている姿を見ると昭和を生き抜いた人間と痛感。自分が90歳まで生きれるか?と考えると、恐ろしくなる。

普段は、無駄遣いせず、行動範囲は狭いが、庭の手入れや裏庭のコンクリートを自分でやるなど、まぁ、お見事である。

今日、彼女から浴衣をもらい、親父に着てもらったが、ピッタリだった。

その浴衣も訳ありだが(笑)

妹も定期的に親父に会いに来る。掃除もやってくれる。仏壇に手を合わせると親父のことと、自分のいまの状況を母に伝える。彼女と親父と合わせたことも、よかったと思っている。彼女はよく親父を気遣ってくれて、本当に優しい。だからついつい親父のネタを話してしまう。

ここ数ヶ月、病院とも揉めたが、なんとか落ち着き、親父も少しは安心してくれたと思う。

いま自分ができることは、この程度で、やはり男同士は、ある程度の距離になってしまう。だけど、親父がひとりになってからは、一緒に酒を飲んだりして6年前(母が生前)には考えられなかったことである。母親から電話があって、「お父さんが調子悪いみたい」。今思うと、そんな母親が72歳で逝ってしまい、親父は90歳まで生きているわけだ。

30年前に世話になった池田病院の医師とその奥様もすでに亡くなられており、親父とも今日話したが、医師よりも長生きしてると、親父も苦笑いしていた。

3月10日藤久保公民館での「おもちゃ展示会と講演」には、親父が入院し、みせることができなかったけど、最近、新聞、Yahoo!ニュースと頻繁に記事を載せていただくようなった。なにか恥ずかしい感じもするが、親父はよろこんでくれてる。

なによりも理解ある彼女の支えは大きい。人間ひとりでは、なかなか難しいことも多いし、相談相手がいることは心の支えだ。

また、生活も徐々に変えている。外食を控えて、自炊するようにしている。野菜も価格をみながら買い物したり、無駄遣いしないように心掛けている。

親父から、5万もらった。何か頼むことがあるからと。いまの自分の経済状況から、有り難くもらった。情け無い、、

電球とオタマで700円程度しか買ってないのに5万円もらった。5万円分貢献しないといけない!


自分がこんなに長く文を書くことも珍しい。

今日は、気分が少しいい。弁護士と昨日の夜中電話したり、心に少し、光が刺したからだ。

東京裁判の記事をみた。こんな大変な経験したひとがいたことで、自分は幸せなんだと痛感。

自分はあと何年生きるのか。意外と少ないかもしれない。そう考えると楽になるし、何でもできると考えられる。若い頃は、これから長い人生大変だ。どうしよう。と思っていた。

日本は医療制度、年金など、比較的、暮らしやすい環境だと思う。やはり健康が大事で、身体が資本。

親父に会いに行く時、家の襖が開いているか?いないか?で元気さがわかる。何事もなく!が一番の幸せである。