『初夢ロンド』

 

 神様が現れて、願いごとを何でも叶えてくれると言う。

 これは夢に違いない、とオレは思った。なぜなら神様の顔がロバート・デ・ニーロにそっくりだったからだ。しかも日本語を喋る。ありえんだろう。それともこの夢は吹替版か? 

 

 オレは結婚して7年になる。結婚直前まで二股かけていた。 

   夏希と美雪。

 夏希の可愛さはアイドル並み。町を歩けば誰もが振り返り、電車に乗れば泣いてる子供も笑顔になる。明るく元気で天真爛漫、オレが落ち込んでいると、トム・クルーズのモノマネで笑わせてくれる可憐な天使。

  美雪の美しさは女優レベル。町を歩けば男は二度見いや三度見し、女は羨望の眼差し。繊細で清楚でおしとやか。オレが落ち込んでいると一緒に落ち込んでくれる優しいお姫様。

 2人ともオレにぞっこんだから、ひとりを選ぶということはひとりを不幸にするということだ。ったくオレも罪な男だぜ。夏希vs美雪、遊園地vs美術館、初音ミクvsモナリザ、ゴジラvsモスラ、貞子vsお菊‥‥てなことで夏希に決めた。正しい選択だった。最高にハッピーな結婚生活。だが、7年もたてば愛らしい笑顔も色あせ、天然の明るさもうっとうしい。トムのマネも飽きた。

 近頃ふと思う。これはベストな選択だったのだろうかと。もしかしたらもうひとつの選択、もうひとつの人生があったのではないだろうか。ひょっとしたらそっちの方がオレ本来の生き方だったのかもしれない。たぶん、いや絶対そうに違いない。だからと言って、夏希と別れて美雪と一緒になるとかそういう話ではない。離婚とか面倒なことは性に合わない。それに、誰からも好かれている夏希と別れたらオレが悪者になってしまうじゃないか。それはイヤだ。

  だけど、もしもだ。もしも時計の針を7年前に戻すことができるなら. . . . そうしたらオレはもうひとつの選択をする。そしてもっともっと幸せな人生を送る。そんな夢のようなことをつい考えてしまうのだ。

  そんな願望を叶えるチャンスが、今ここにある。もちろん夢の中の話だが、だからこそ夏希に対して遠慮はいらないし、周りに気兼ねする必要もない。オレは迷わずお願いした。

「神様、オレを7年前に戻して、美雪と結婚させてください」

 

  *  *  *  *  *  

 

   1月2日の朝、美雪と二人で箱根駅伝を見ながら雑煮を食べる。いつもの正月の風景だ。

   着物姿の美雪は平安時代のお姫様のように美しい。そんな美雪が手間かけて作る雑煮はとても上品で優しい味だ。まあ、オレとしてはもっとパンチの効いた味が好みなんだが。

「あ、そうだ、ゆうべ夢見たんだけどさ、ロバート・デ・ニーロそっくりの神様が出てきてさ、願いごとを叶えてくれるって言うんだよ。それでオレ、何お願いしたと思う?」

「さあ、何かしら」

「あのね、ええと、あれ? なんだっけ? なに頼んだんだっけ? う~ん思い出せない、しゃあない、後で思い出したら教えるよ」

  だが、それっきり思い出すことはなく、食事が終わる頃には、夢を見たことすら完全に忘れてしまった。

 

  *  *  *  *  *

 

 目の前に神様が現れて、願いごとを叶えてやると言う。なぜかロバート・デ・ニーロにそっくりの神様だ。これは夢だ、とオレは思った。

 

 結婚して7年。結婚直前まで二股かけて付き合っていた美雪と夏希。繊細で心優しい美人の美雪。天真爛漫で元気いっぱいの可愛い夏希。天秤にかけて美雪に決めた。至福の結婚生活だったが、どんな美しさも7年もたてば飽きる。そして美雪の優しさがなぜかオレをイラつかせる。

 近頃ふと思う。オレは選択を誤ったのではないだろうかと。もうひとつの選択をしていたら、もっと楽しくハッピーな人生を送っていたのではないだろうか。だからと言って美雪と別れるなんてことはできない。優しく清純な美雪を捨てるなんて最低な男だと責められる。それは避けたい。しかし、もしも時計の針を7年前に戻すことができるなら。そうしたらオレはもうひとつの選択をする。夏希と結婚するのだ。そもそも今は夢の中。なんだって許される。

 

「オレを7年前に戻して、夏希と結婚させてください」

 

  *  *  *  *  *  

 

   1月2日の朝、夏希と二人で箱根駅伝を見ながら雑煮を食べる。いつもの正月の風景だ。

 夏希は毎年、オリジナルの雑煮を作る。今年は地中海風海鮮雑煮だ。スパイスが効いて味は悪くないが、オレはやっぱり普通の雑煮が食いたい。

「あ、そうだ、ゆうべ夢ん中にロバート・デ・ニーロそっくりの神様が出てきてさ、願いごとを叶えてくれるって言うんだよ」

「ゆうべ寝る前に『マイ・インターン』観たかじゃない?」

「かもしれん。それでさ、オレ、あれ、なに頼んだんだっけ?思い出せないぞ。あれ、なんだっけ?」

「どうせ若い子にモテたいとかそんなことでしょ」

 そうじゃないぞオレをみくびるなと言いたかったが、言われるとそうだったような気がしてきた。

 

  *  *  *  *  *  

 

   夢の中でロバート・デ・ニーロそっくりの神様にお願いした。

「オレを7年前に戻して、美雪と結婚させてください」

 

  *  *  *  *  *  

 

   1月2日の朝、美雪と二人で箱根駅伝を見ながら雑煮を食べる。いつもの正月の風景だ。

   美雪の作る雑煮は上品な味だが、オレにはなんだか物足りない。

「ウチの実家の雑煮はさ、すき焼きみたいに甘じょっぱくてさ、それ食べると正月が来たーって感じになるんだよ」

「私のお雑煮じゃお正月来ないの?」

「いや、そういうことじゃなくてさ」

   マズイ!正月早々ケンカはしたくない。話題を変えよう。

「そうそう、ゆうべ夢にロバート・デ・ニーロそっくりの神様が出てきてさ、願いごとを‥ 」

「私のお雑煮がいやなら自分で作ればいいじゃない」

「え? いや、だからイヤだなんて言ってないだろ」

   その後二人は無言で雑煮を食べ、夢のことは完全に忘れてしまった。

 

  *  *  *  *  *  

 

   1月2日の朝、夏希と二人で箱根駅伝を見ながら雑煮を食べる。今年の雑煮は地中海風海鮮雑煮だ。

「野菜とシーフードたっぷりだからカラダにいいよ」

「確かに具沢山だけど餅入ってんの?」

「あ、入れるの忘れた、アハッ」

「それじゃ雑煮じゃないだ‥‥」

「あ、そうだ!聞いて聞いて」

   おいおいオレの話をさえぎるなよ。

「夢の中にメリル・ストリープそっくりの神様が出てきてね、願いごとを叶えてあげるって言うからあたしね、あれ? . . . 」

 

     ー おわりー

 

おまけ:(ヒマな方だけ読んで下さい)

夢に出て来たのは、本当に神様なのか、それとも神様のフリした悪魔なのか? キーワードを見つけると答えが出ます‥‥たぶん

 

『初夢ロンド』

 

 神様が現れて、願いごとを何でも叶えてくれると言う。

 これは夢に違いない、とオレは思った。なぜなら神様の顔がロバート・デ・ニーロにそっくりだったからだ。しかも日本語を喋る。ありえんだろう。それともこの夢は吹替版か? 

 

 オレは結婚して7年になる。結婚直前まで二股かけていた。 

   夏希と美雪。

 夏希の可愛さはアイドル並み。町を歩けば誰もが振り返り、電車に乗れば泣いてる子供も笑顔になる。明るく元気で天真爛漫、オレが落ち込んでいると、トム・クルーズのモノマネで笑わせてくれる可憐な天使。

  美雪の美しさは女優レベル。町を歩けば男は二度見いや三度見し、女は羨望の眼差し。繊細で清楚でおしとやか。オレが落ち込んでいると一緒に落ち込んでくれる優しいお姫様。

 2人ともオレにぞっこんだから、ひとりを選ぶということはひとりを不幸にするということだ。ったくオレも罪な男だぜ。夏希vs美雪、遊園地vs美術館、初音ミクvsモナリザ、ゴジラvsモスラ、貞子vsお菊‥‥てなことで夏希に決めた。正しい選択だった。最高にハッピーな結婚生活。だが、7年もたてば愛らしい笑顔も色あせ、天然の明るさもうっとうしい。トムのマネも飽きた。

 近頃ふと思う。これはベストな選択だったのだろうかと。もしかしたらもうひとつの選択、もうひとつの人生があったのではないだろうか。ひょっとしたらそっちの方がオレ本来の生き方だったのかもしれない。たぶん、いや絶対そうに違いない。だからと言って、夏希と別れて美雪と一緒になるとかそういう話ではない。離婚とか面倒なことは性に合わない。それに、誰からも好かれている夏希と別れたらオレが悪者になってしまうじゃないか。それはイヤだ。

  だけど、もしもだ。もしも時計の針を7年前に戻すことができるなら. . . . そうしたらオレはもうひとつの選択をする。そしてもっともっと幸せな人生を送る。そんな夢のようなことをつい考えてしまうのだ。

  そんな願望を叶えるチャンスが、今ここにある。もちろん夢の中の話だが、だからこそ夏希に対して遠慮はいらないし、周りに気兼ねする必要もない。オレは迷わずお願いした。

「神様、オレを7年前に戻して、美雪と結婚させてください」

 

  *  *  *  *  *  

 

   1月2日の朝、美雪と二人で箱根駅伝を見ながら雑煮を食べる。いつもの正月の風景だ。

   着物姿の美雪は平安時代のお姫様のように美しい。そんな美雪が手間かけて作る雑煮はとても上品で優しい味だ。まあ、オレとしてはもっとパンチの効いた味が好みなんだが。

「あ、そうだ、ゆうべ夢見たんだけどさ、ロバート・デ・ニーロそっくりの神様が出てきてさ、願いごとを叶えてくれるって言うんだよ。それでオレ、何お願いしたと思う?」

「さあ、何かしら」

「あのね、ええと、あれ? なんだっけ? なに頼んだんだっけ? う~ん思い出せない、しゃあない、後で思い出したら教えるよ」

  だが、それっきり思い出すことはなく、食事が終わる頃には、夢を見たことすら完全に忘れてしまった。

 

  *  *  *  *  *

 

 目の前に神様が現れて、願いごとを叶えてやると言う。なぜかロバート・デ・ニーロにそっくりの神様だ。これは夢だ、とオレは思った。

 

 結婚して7年。結婚直前まで二股かけて付き合っていた美雪と夏希。繊細で心優しい美人の美雪。天真爛漫で元気いっぱいの可愛い夏希。天秤にかけて美雪に決めた。至福の結婚生活だったが、どんな美しさも7年もたてば飽きる。そして美雪の優しさがなぜかオレをイラつかせる。

 近頃ふと思う。オレは選択を誤ったのではないだろうかと。もうひとつの選択をしていたら、もっと楽しくハッピーな人生を送っていたのではないだろうか。だからと言って美雪と別れるなんてことはできない。優しく清純な美雪を捨てるなんて最低な男だと責められる。それは避けたい。しかし、もしも時計の針を7年前に戻すことができるなら。そうしたらオレはもうひとつの選択をする。夏希と結婚するのだ。そもそも今は夢の中。なんだって許される。

 

「オレを7年前に戻して、夏希と結婚させてください」

 

  *  *  *  *  *  

 

   1月2日の朝、夏希と二人で箱根駅伝を見ながら雑煮を食べる。いつもの正月の風景だ。

 夏希は毎年、オリジナルの雑煮を作る。今年は地中海風海鮮雑煮だ。スパイスが効いて味は悪くないが、オレはやっぱり普通の雑煮が食いたい。

「あ、そうだ、ゆうべ夢ん中にロバート・デ・ニーロそっくりの神様が出てきてさ、願いごとを叶えてくれるって言うんだよ」

「ゆうべ寝る前に『マイ・インターン』観たかじゃない?」

「かもしれん。それでさ、オレ、あれ、なに頼んだんだっけ?思い出せないぞ。あれ、なんだっけ?」

「どうせ若い子にモテたいとかそんなことでしょ」

 そうじゃないぞオレをみくびるなと言いたかったが、言われるとそうだったような気がしてきた。

 

  *  *  *  *  *  

 

   夢の中でロバート・デ・ニーロそっくりの神様にお願いした。

「オレを7年前に戻して、美雪と結婚させてください」

 

  *  *  *  *  *  

 

   1月2日の朝、美雪と二人で箱根駅伝を見ながら雑煮を食べる。いつもの正月の風景だ。

   美雪の作る雑煮は上品な味だが、オレにはなんだか物足りない。

「ウチの実家の雑煮はさ、すき焼きみたいに甘じょっぱくてさ、それ食べると正月が来たーって感じになるんだよ」

「私のお雑煮じゃお正月来ないの?」

「いや、そういうことじゃなくてさ」

   マズイ!正月早々ケンカはしたくない。話題を変えよう。

「そうそう、ゆうべ夢にロバート・デ・ニーロそっくりの神様が出てきてさ、願いごとを‥ 」

「私のお雑煮がいやなら自分で作ればいいじゃない」

「え? いや、だからイヤだなんて言ってないだろ」

   その後二人は無言で雑煮を食べ、夢のことは完全に忘れてしまった。

 

  *  *  *  *  *  

 

   1月2日の朝、夏希と二人で箱根駅伝を見ながら雑煮を食べる。今年の雑煮は地中海風海鮮雑煮だ。

「野菜とシーフードたっぷりだからカラダにいいよ」

「確かに具沢山だけど餅入ってんの?」

「あ、入れるの忘れた、アハッ」

「それじゃ雑煮じゃないだ‥‥」

「あ、そうだ!聞いて聞いて」

   おいおいオレの話をさえぎるなよ。

「夢の中にメリル・ストリープそっくりの神様が出てきてね、願いごとを叶えてあげるって言うからあたしね、あれ? . . . 」

 

     ー おわりー

 

おまけ:(ヒマな方だけ読んで下さい)

夢に出て来たのは、本当に神様なのか、それとも神様のフリした悪魔なのか? キーワードを見つけると答えが出ます‥‥たぶん

『初夢ロンド』

 

 神様が現れて、願いごとを何でも叶えてくれると言う。

 これは夢に違いない、とオレは思った。なぜなら神様の顔がロバート・デ・ニーロにそっくりだったからだ。しかも日本語を喋る。ありえんだろう。それともこの夢は吹替版か? 

 

 オレは結婚して7年になる。結婚直前まで二股かけていた。 

   夏希と美雪。

 夏希の可愛さはアイドル並み。町を歩けば誰もが振り返り、電車に乗れば泣いてる子供も笑顔になる。明るく元気で天真爛漫、オレが落ち込んでいると、トム・クルーズのモノマネで笑わせてくれる可憐な天使。

  美雪の美しさは女優レベル。町を歩けば男は二度見いや三度見し、女は羨望の眼差し。繊細で清楚でおしとやか。オレが落ち込んでいると一緒に落ち込んでくれる優しいお姫様。

 2人ともオレにぞっこんだから、ひとりを選ぶということはひとりを不幸にするということだ。ったくオレも罪な男だぜ。夏希vs美雪、遊園地vs美術館、初音ミクvsモナリザ、ゴジラvsモスラ、貞子vsお菊‥‥てなことで夏希に決めた。正しい選択だった。最高にハッピーな結婚生活。だが、7年もたてば愛らしい笑顔も色あせ、天然の明るさもうっとうしい。トムのマネも飽きた。

 近頃ふと思う。これはベストな選択だったのだろうかと。もしかしたらもうひとつの選択、もうひとつの人生があったのではないだろうか。ひょっとしたらそっちの方がオレ本来の生き方だったのかもしれない。たぶん、いや絶対そうに違いない。だからと言って、夏希と別れて美雪と一緒になるとかそういう話ではない。離婚とか面倒なことは性に合わない。それに、誰からも好かれている夏希と別れたらオレが悪者になってしまうじゃないか。それはイヤだ。

  だけど、もしもだ。もしも時計の針を7年前に戻すことができるなら. . . . そうしたらオレはもうひとつの選択をする。そしてもっともっと幸せな人生を送る。そんな夢のようなことをつい考えてしまうのだ。

  そんな願望を叶えるチャンスが、今ここにある。もちろん夢の中の話だが、だからこそ夏希に対して遠慮はいらないし、周りに気兼ねする必要もない。オレは迷わずお願いした。

「神様、オレを7年前に戻して、美雪と結婚させてください」

 

  *  *  *  *  *  

 

   1月2日の朝、美雪と二人で箱根駅伝を見ながら雑煮を食べる。いつもの正月の風景だ。

   着物姿の美雪は平安時代のお姫様のように美しい。そんな美雪が手間かけて作る雑煮はとても上品で優しい味だ。まあ、オレとしてはもっとパンチの効いた味が好みなんだが。

「あ、そうだ、ゆうべ夢見たんだけどさ、ロバート・デ・ニーロそっくりの神様が出てきてさ、願いごとを叶えてくれるって言うんだよ。それでオレ、何お願いしたと思う?」

「さあ、何かしら」

「あのね、ええと、あれ? なんだっけ? なに頼んだんだっけ? う~ん思い出せない、しゃあない、後で思い出したら教えるよ」

  だが、それっきり思い出すことはなく、食事が終わる頃には、夢を見たことすら完全に忘れてしまった。

 

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 目の前に神様が現れて、願いごとを叶えてやると言う。なぜかロバート・デ・ニーロにそっくりの神様だ。これは夢だ、とオレは思った。

 

 結婚して7年。結婚直前まで二股かけて付き合っていた美雪と夏希。繊細で心優しい美人の美雪。天真爛漫で元気いっぱいの可愛い夏希。天秤にかけて美雪に決めた。至福の結婚生活だったが、どんな美しさも7年もたてば飽きる。そして美雪の優しさがなぜかオレをイラつかせる。

 近頃ふと思う。オレは選択を誤ったのではないだろうかと。もうひとつの選択をしていたら、もっと楽しくハッピーな人生を送っていたのではないだろうか。だからと言って美雪と別れるなんてことはできない。優しく清純な美雪を捨てるなんて最低な男だと責められる。それは避けたい。しかし、もしも時計の針を7年前に戻すことができるなら。そうしたらオレはもうひとつの選択をする。夏希と結婚するのだ。そもそも今は夢の中。なんだって許される。

 

「オレを7年前に戻して、夏希と結婚させてください」

 

  *  *  *  *  *  

 

   1月2日の朝、夏希と二人で箱根駅伝を見ながら雑煮を食べる。いつもの正月の風景だ。

 夏希は毎年、オリジナルの雑煮を作る。今年は地中海風海鮮雑煮だ。スパイスが効いて味は悪くないが、オレはやっぱり普通の雑煮が食いたい。

「あ、そうだ、ゆうべ夢ん中にロバート・デ・ニーロそっくりの神様が出てきてさ、願いごとを叶えてくれるって言うんだよ」

「ゆうべ寝る前に『マイ・インターン』観たかじゃない?」

「かもしれん。それでさ、オレ、あれ、なに頼んだんだっけ?思い出せないぞ。あれ、なんだっけ?」

「どうせ若い子にモテたいとかそんなことでしょ」

 そうじゃないぞオレをみくびるなと言いたかったが、言われるとそうだったような気がしてきた。

 

  *  *  *  *  *  

 

   夢の中でロバート・デ・ニーロそっくりの神様にお願いした。

「オレを7年前に戻して、美雪と結婚させてください」

 

  *  *  *  *  *  

 

   1月2日の朝、美雪と二人で箱根駅伝を見ながら雑煮を食べる。いつもの正月の風景だ。

   美雪の作る雑煮は上品な味だが、オレにはなんだか物足りない。

「ウチの実家の雑煮はさ、すき焼きみたいに甘じょっぱくてさ、それ食べると正月が来たーって感じになるんだよ」

「私のお雑煮じゃお正月来ないの?」

「いや、そういうことじゃなくてさ」

   マズイ!正月早々ケンカはしたくない。話題を変えよう。

「そうそう、ゆうべ夢にロバート・デ・ニーロそっくりの神様が出てきてさ、願いごとを‥ 」

「私のお雑煮がいやなら自分で作ればいいじゃない」

「え? いや、だからイヤだなんて言ってないだろ」

   その後二人は無言で雑煮を食べ、夢のことは完全に忘れてしまった。

 

  *  *  *  *  *  

 

   1月2日の朝、夏希と二人で箱根駅伝を見ながら雑煮を食べる。今年の雑煮は地中海風海鮮雑煮だ。

「野菜とシーフードたっぷりだからカラダにいいよ」

「確かに具沢山だけど餅入ってんの?」

「あ、入れるの忘れた、アハッ」

「それじゃ雑煮じゃないだ‥‥」

「あ、そうだ!聞いて聞いて」

   おいおいオレの話をさえぎるなよ。

「夢の中にメリル・ストリープそっくりの神様が出てきてね、願いごとを叶えてあげるって言うからあたしね、あれ? . . . 」

 

     ー おわりー

 

おまけ:(ヒマな方だけ読んで下さい)

夢に出て来たのは、本当に神様なのか、それとも神様のフリした悪魔なのか? キーワードを見つけると答えが出ます‥‥たぶん

『F氏のお盆』

 

 8月16日、お盆休み最終日の真夜中。Fはオフィスの応接用ソファで仮眠していた。

 

 1週間前、Fはクライアントから仕事を依頼された。

「時間がないので、納期は今月末でお願いできませんでしょうか」

『できませんでしょうか』は業界用語で、日常語に翻訳すると『やっていただきます』もしくは『やれ』の意味。

「えー⁈  ムチャ言わないでくださいよー、うち明後日から16日までお盆休みなんですよ」

「そうですよね、いやいや、いつも忙しいんだからお盆くらいゆっくり休んでくださいよ。ラフ案は休み明けで大丈夫ですから」

 それって休み中にやれってことじゃないか。どうせ自分はどっか遊びに行くんだろ。腹立つなあ。

 

 そんな訳でFは、お盆休みの誰もいないオフィスに連日泊まり込んでいた。

 1時間ほど眠って目を覚ますと、目の前に見知らぬ男が。誰だ?強盗か?驚きと恐怖でパニックになるF。そこから落ち着きを取り戻して状況を理解するまでの過程は、面倒くさいので省略する。

 

 男は幽霊だった。かつてこの会社の社員だった。がむしゃらに働いて、ある日呆気なく死んだ。

 男はそれから毎年お盆に娑婆に帰って来るのだが、独身だったので家族はいないし両親も亡くなっている。住んでいたマンションの部屋には他人が住んでいる。要するに帰る場所がない。それでも冥土の決まりだからどこかに帰らなければならない。となると会社しかない。というわけでお盆になると会社にやって来て、誰もいないオフィスでぶらぶら過ごして戻って行く。ところが今年は仕事をしている人がいるではないか。驚かせては悪いと思って奥のデスクの下に隠れていたが、眠っている間に出てきたらうっかり見つかってしまったというわけだ。

「そう言えば、僕が入社する前に亡くなった社員がいたって聞いたことあります。仕事いくつも抱えて突然死んじゃったから、みんなえらい迷惑したって」

「ひどい言われようだな、誰が言った?」

「聞いてどうすんですか?」

「化けて出てやる」

「コワ…」

「ところで君はずいぶん大変そうだけど、どこの仕事?」

「K社です」

「そうかあ、あそこの仕事はいつも時間ないからなあ。担当は誰?」

「Mさんです」

「そりゃお気の毒。あんまりキツイ仕事は断った方がいいよ」

「断れるわけないですよ。それにキツイ仕事って大変だけど、やり遂げた時の嬉しさっていうか達成感ていうか、そういうの嫌いじゃないし」

「そりゃ麻薬だな」

「麻薬?」

「そう。普通なら1ヶ月かかる仕事を1週間でやってくれって言われて、死ぬほど頑張って苦労してやり遂げた時の達成感は、普通にやった時の何倍も大きい。だけどそれはね、眠気と闘ったり、疲れた身体やボーッとした頭を無理矢理働かせることに膨大なエネルギーを使ってしまうからなんだよ。でも本当ならそんなことにエネルギー使わなくても同じ結果出せるんだよね。むしろその方が良い結果出るんじゃないかな。苦労が大きいほど喜びも大きいって言われるけど、要らん苦労をわざわざする必要はないんだよ。それに1週間でできるってわかったら次も1週間でやらされるし、その次はもっと早くって言われるよ」

「そりゃ困ります」

「だろ。しなくてもいい苦労をした後の快感にだまされて、無理を重ねるうちに体は蝕まれていく。まさに麻薬だろ?」

「麻薬は大袈裟でしょ。それに苦労は人を成長させるって言いますよね」

「それは違うね。苦労は人をひねくれさせるのさ」

「苦労は幸せの種って言葉ありますよね」

「君はずいぶん苦労の肩を持つんだね。ならいっそのこと、苦労とお友達になって頑張って無理してあの世へ行っちゃえば」

「イヤですよ!これからやりたいことたくさんあるし、彼女だってほしいし」

 

 Fには密かに心寄せる人がいた。この春入った新入社員。『あまちゃん』に出てた有村架純にそっくりのアスミちゃんだ。Fは、もたもたしてると誰かに先を越されそうで気はあせるが何もできないモタモタ男であった。そしてまた、架純ちゃんくらい可愛いい子なら彼氏のひとりやふたりはとっくにいるだろうとは考えない、オメデタイ男でもあった。

 

「だったらなおさら自分を大切にしないと。頑張るのはいいけど、自分が楽しい範囲で頑張る。楽しいから頑張る。みんなが楽しく頑張ればみんな楽しいみんな嬉しいみんな幸せこの世は天国」

「あの、幽霊って無口なイメージありましたけど、そうでもないんですね」

 Fは少々イラつき始めていた。

「あ、ごめん、調子にのって喋りすぎた。何しろ死んでから初めて生きてる人間と喋ったから。おっと、もうすぐ夜が明ける。そろそろ戻らなきゃ。仕事の邪魔して悪かったね」

「いえ、こちらこそお茶も出しませんで」

「そうそう、君が寝てる間にちょっとパソコン覗かせてもらったけど、このラフ案、かなり良いと思うよ。このまま出せば良いんじゃない」

「ほんとですか、ありがとうございます!」

「じゃあ、サヨナラ」

「お疲れ様でした、失礼します」

 

 Fはお辞儀をして、顔を上げると男の姿は消えていた。まあよく喋る幽霊だったな、とFは思った。すべて納得した訳じゃないけど、死んだ人の言葉には妙な説得力がある。頑張るのをやめることはできないけれど、もうちょっと楽しても良いのかな。今のラフ案、締め切り時間ギリギリまで粘ろうと思ってたけど、幽霊のOKもらっちゃったし、これで仕上げてデータ送っちゃおう。そしたら始発で帰れるぞ。それでこの仕事が終わったら、思い切ってアスミちゃんを映画に誘ってみよう!

 

 朝、一番に出社したアスミちゃんは、ソファで横になったまま亡くなっているFを発見した。

 

      ー おわり ー