ヒント=国立博物館にあります。



きわめて近代的な建築物なので、想像できないと思います。通路正面の黒い部分が入り口の扉です。通路の左右は水がはってあり、池というより浅いプールのイメージです。



この門(内側から撮影)はいつも閉まっていますので別の表門からこの門の内側を通って、前の写真の建物に通じています。江戸末期から近代建物との落差が大きいので驚かされます。

さらに驚くことは、近代造形の建物に法隆寺の宝物が飾られているようなのです。閉館日に行ったので中には入っていませんが、「法隆寺宝物館」とあるからには、それ以上の推理は困難だと思います。

最近、古代の小説を数冊読んだ後なので、蘇我氏、聖徳太子の時代とのギャップの大きさに驚いたのです。

保存上、いろいろな制約があることは理解できます。しかし、ここまで斬新な宝物館に仕立て上げなければならなかったのか、私は理解に苦しみます。この建物の右側奥の目立たないところに、こんなものが遠慮がちにありました。



「ゲゲゲの鬼太郎」占いとやらが、いまはやっているそうだ。だが、こちらは「鬼太郎」も「占い」も縁がないし興味もない。たまたま、作者が近くにお住まいのようで、小金井公園の江戸たてもの園内で、「鬼太郎」に関する催しがあって妖怪が出てくる漫画だということぐらいしか頭の中にない。催しの前から園内に途方もなく汚い小さな小屋があったのは知っているが、「どうして公園内にそんな役に立ちそうもない小屋が放置されているのだろう」という思いしかなかった。それが「鬼太郎」の家だといわれるようになった?のは、多分その催しのとき、木片に表示されたからであろう。あるいは以前からその目的で立てられていたのかもしれない。



みどりの日は「5月4日」に


今年の4月29日から「昭和の日」の休日に改正されたことを恥ずかしながら本日、パソコンの仲間内のメールで知らされた。「天皇誕生日」であろうが「みどりの日」であろうが「昭和の日」であろうが祝日には変わりがないので無関心であったでは済まされない思いである。国民にどの程度周知されたのか疑問は残るが、カレンダーや日記帳を準備する都合等を考慮して17年に法改正され、19年から施行されたらしい。

明治天皇の誕生日が11月3日で「明治節」として休日だったらしいが、戦後「文化の日」にかえられ今日まで続いていることを考えれば、「昭和の日」もまた別名に変更される日が来るかもしれない。テレビはMLBとニュスしか見ないのでよく分からないが、午前中NHKのBSを見ている限りでは、このことについての報道はなかったように思う。どこかでテレビがこのことに触れていたのであろうかと疑いたくなる始末である。


私にとってそんなことが書きたくてキーボードをたたいているのではない。4月29日が天皇誕生日であった昔のことを書く気になったのである。先日クレイジーキャッツの植木等氏が黄泉の国に旅立たれたが、そのクレイジーCがテレビに出ていない頃、(正確には家庭にTVが普及していない頃)「面白いバンドが銀座のACBに出ているから見に行こう」と誘われて、なけなしの小遣いを持ってでかけたのが、4月29日の「天皇誕生日」であった。なぜ月日を覚えているかというと、ハナ肇が冒頭「今日はエライ方のおかげで休みになって、わざわざ、ほかに行かずにここにきてくれたのだから、皆はりきっていくぞ!」と笑いをとったのが印象に残っているからである。間違いなく我われ三人が客の中で一番若いグループであったが、大人の笑いが分かる年齢になっていたのは確かである。まだ力道山がプロレス中継で街頭テレビのまわりに黒山の人を集めていた頃ではなかっただろうか。そんなことを思う「昭和の日」ではないはずなのだが、私にとって、今日は未だに「天皇誕生日」なのである。