地元の酒屋さんで、大分県の「西の関にごり酒」を入手する。ここで、皆さんに質問。「濁り酒」と「濁酒(どぶろく)」の違いは何でしょう?日本酒を造る際、発酵した醪を液体の酒と酒粕に分ける「濾す」という工程がある。この工程を経たものが「清酒」となり、目の粗いザルや麻袋で濾したもの「濁り酒」、「濾す」工程を行わないのが「濁酒」だ。つまり「濁酒」は、酒と酒粕が入っているものと考えればいいだろう。この「濾す」工程が入ることで、「濁り酒」は「清酒」の表記となる。

 同じ頃、兵庫県の義妹より手作りの「イカナゴのくぎ煮」が届いた。イカナゴは春の季語。美味しい瀬戸内海の味覚である。大分県も瀬戸内海に面しているので、これはいい肴も手に入ったと早速、濁り酒を冷蔵庫で冷やした。

 瀬戸内海に面している大分県だが、この瀬戸内海としての概念が確立されたのは、明治に入ってからだ。それまでは、和泉灘(大阪湾)や播磨灘(淡路島と小豆島の間の海峡)、備後灘(広島県東部の沖合)、安芸灘(広島県南西部、山口県南東部と愛媛県北西部の間の海域)など、狭い海域で呼ばれていて、現在の瀬戸内海全域を一体のものとして捉えてはいなかった。明治に入り、欧米人がこの海域を「The Inland Sea」と呼んだことで、日本の地理学者が「瀬戸内海」と訳して呼び、次第に人々へ浸透していったのだ。もともと、明石海峡から関門海峡までの海域を「瀬戸内」と呼ばれてはいたのだが、広い海域での「瀬戸内海」という範囲を定義するきっかけを作ったのが、欧米人というのは面白い。

 そんな瀬戸内海に多く生息するのがイカナゴだ。イカナゴは海底が砂質や砂泥質であることが生息する上で重要とされている。そのため砂地の浅瀬がある播磨灘の明石海峡近くは、絶好の漁場だ。プランクトンなどを食べながら一年で成熟すると、砂底で群れて産卵する。卵は砂礫に粘着するため、海流に流されたりすることは少ない。卵からふ化すると、表層を群れで遊泳し、夜間は砂にもぐるという生活スタイルをするため、これを狙ってくる多くの魚類が瀬戸内海へ入ってくる。つまり、イカナゴが瀬戸内海を豊かにしているといっても過言では無いだろう。また、このイカナゴには変わった習性がある。なんと冬眠ならず夏眠をするのだ。水温が19度に達すると、大群が一気に砂中へ潜ってしまう。身を隠しながら夏を過ごし、水温が下がると砂中から出てくる。その理由ははっきり分からないものの、大事な産卵期前に、敵から身を守り、体力を温存するためではないだろうかといわれている。

 毎年楽しみにしているこの「イカナゴのくぎ煮」は、佃煮のこと。煮詰めると折れ曲がって赤茶色になるさまが、さびた釘に似ていることから名付けられたと言われている。酒の肴としても美味しいが、ご飯の友としても絶品だ。

 冷えた濁り酒をまずはひとくち。お米というか麹が香り、鼻からスッと酸味の抜けるのを感じながら、口中に麹の甘さがまとわりつく心地よさ。美味しいなあ。イカナゴで、お酒だけではなく、ご飯までもおかわりしてしまった。

 

また皿にイカナゴを盛りひとり酒          花風

                                        俳句結社「圓」6月号掲載文

 

「西の関 にごり酒」大分県国東市 萱島酒造有限会社