自宅療養中の叔父の見舞いに母と広島へ行く。82歳の母の「元気なうちに弟の見舞いに行きたい」との願いを受けてのことだ。私と母の姿を目にした途端、自室から一歩も出ようとしなかった叔父が、嬉しそうに一緒に食卓の席に着いた。そんな叔父の楽しそうな様子に叔母は大喜びだ。私は今まで、お見舞いに伺うと却って本人の負担になってしまうのではないかと思っていたが、今回の訪問でそれが間違いだということに気付いた。また訪れたい。

 翌日は母と原爆ドームと原爆資料館を見学する。瓦礫の中、剥き出しの内部を見せるドームは、もともとチェコ人の建築家ヤン・レツル氏が設計した広島県物産陳列館であった。そんな文化事業の場も、戦争末期には産業奨励館と名称を変え、官公庁の事務所として利用されていたという。昭和20年8月6日午前8時15分、人類史上初の原子爆弾が市街の上空600メートルで爆発し、爆心地から160メートルの至近距離で被爆したドームは、爆風と熱線を浴び、天井から火を吹いて大破。建物内にいた人は全員が即死した。建物の屋根やドーム部分は鉄骨部分を除き、木材で作られていたため、真上からの爆風に対して耐力の弱い屋根を中心につぶされ、厚く作られていた側面の壁は押しつぶされず倒壊を免れた産業奨励館は、その痛々しい姿で恐るべき原爆の現状を後世に伝えるべく保存されることとなった。そして平成8年12月、原爆ドームは負の遺産として世界遺産に登録される。

 日常が一変してしまうことは、温暖化で増加しつつある自然災害でも起こりうることだが、原爆の恐ろしいところはその放射線による健康被害に長く苦しめられるところだ。今、核保有国による戦争が実際に起きている。あんなに広い国土を所有しているのに、なぜ領土にこだわるのか?戦争という愚かな行為の悲しさを被爆国として、声を上げていきたいと思う。原爆忌は秋の季語。広島忌は8月6日、長崎忌は8月9日。

 そんな広島で可愛らしい日本酒のラベルと目が合った。「風」という文字が顔のように描かれている「いい風 花」で雄町米の純米吟醸だ。広島の特産というと、牡蠣やお好み焼きが思い浮かぶが、実は檸檬の生産量が全国一位。そこで醤油、みりん、レモン汁、バターで作った檸檬バター醤油を鮭のムニエルにかけ、肴にする。ちなみに檸檬の花は夏だが、果実は秋の季語だ。

 ふわりとお米の香りを感じるものの、甘さよりキリリとした辛さを感じる。それもそのはず、裏ラベルには日本酒度の記載があり「+8」とある。日本酒度というのは、日本酒の中に含まれる糖分を示しているもので、糖分が多ければマイナスに、少なければプラスになるとされている。酸度は「2.0」で低く甘口の味わい。アミノ酸度は「1.9」と辛口の味わい。呑み口はすっきりなのに、呑むほどにほのかな甘みを感じ、まさしく風の爽やかさ。檸檬もさっぱりとしていい感じだ。

 

見失ふ時間とことば原爆忌          花風

                                       俳句結社「圓」10月号掲載文

「いい風 花」広島県三次市 山岡酒造株式会社