創価学会員だった時、私は絵を描く仕事をしていた。

 仕事とは別に、自分の天職と思って法華経に出てくる神仏の絵を描いて賞に入選した。


 創価学会の芸術部(芸能人、芸術家をまとめたグループ)のトップの芸術部長に自分が描いた仏画を見せる機会を頂いた。 

芸術部長は作品を見ると、 


「君は非常に危険な事をしている。」と、神妙な顔をして言った。 


「誰かがこの絵を見て手を合わせて祈ったら、君に罰が当たる。


「神仏とは自分の魂の中にある働きに名前をつけたものだ、それを1人の神として崇める気持ちがあるからこんな絵を描くのだ、それは罰が当たる邪宗だ。」

 

つまり、創価学会の御本尊以外に人をそそのかす、他の仏教宗派のような紛らわしいものを描くなよという事だ。


 私は人生をかけて神仏の絵を描きたいと思っていたが、考え直さざるを得なくなった。


 その十数年後、日蓮宗に改宗して、住職に創価学会の幹部に罰が当たると言われた事を伝えて仏画を見てもらった。 


「うわ~、綺麗だなぁガーベラむらさき音符キラキラ」 


 「僕はこの絵がどこかで展示されていたら、手を合わせます。だって美しいからキラキラ」 


 「僕は、景色でも花でも感動すると、感謝の思いを込めて手を合わせます。そしたら、景色や花に罰が当たるの?」 


「それに、あなたが描いた神仏以外の絵を見ても、美しいから手を合わせますよ。

そうすると、美しい絵は神仏ではなくても描いてはいけない事になりますよ。」 


「 絶対に罰は当たりません。

これから素晴らしい神仏の絵を描いて下さいお願い

 何とも飾らず、真っ直ぐな返答に感動した。

 自分の使命に蓋をしていたのを、住職が解き放ってくれた。