
発車のベルが聴こえて 忙しない気持ちで改札を抜ける。
ホームにはもう電車の影もみえない。
東京暮らしの悪い癖か たった一本の電車を待つことがとても億劫におもえる。
ここは旅先なのだ。急ぐあても待たせる人もいない 時間はすべてわたしのためにある。
ベンチにすとんと腰をおろし 焦った心をゆるりと解いてみる。

見知らぬ駅舎 聞き取れないアナウンス。
一見似たように見えるおなじ電車のホームでも そこに漂う空気は 東京と全然違う。

ソウルでいつもおもうのは 鮮やかな色彩の醸しだすどこか哀しい空気。
すこし中心から離れた郊外の駅でも やはりそれはおなじだった。
哀しい というより 諦めという響きに近いのかもしれない。
諦念を飲みこんでしまったような。
なにぶん風景というのは 見たものの心を映す鏡だともいうから 諦めているのは実はわたしのほうなのかもしれない。

一瞬。
もうここから何処へも動けないような気がした。
ずいぶん遠くに来てしまったし 一秒も引き返せない。
わたしはなんて遠くに来てしまったのだろう と眩暈のようにおもった。
ホームドアーを隔てた逆光の隣のホームで セーラ服を着たいつかの自分が不思議そうな目でこちらを見つめている。
派手なアナウンスが流れて 電車がホームに入線してくるのが見えた。
わたしは息をとめるように 重い腰を ほんとうに鉛でも詰まっているみたいに重い腰をなんとか持ちあげて電車に乗り込む。

ドアーが閉まり走り出した瞬間
窓越しにこちらを見ている老人と目が合った。ほんの一瞬。
わたしは もしかしたら何か大切なものを今 ホームに置き去りにしてしまったような気がして流れていくホームを振り返った。
撮影地:ソウル特別市衿川区加山洞(加山デジタル団地駅)、他