私も暇な…いや、この日も18時から仕事のため、お天道様が明るいうちに日本文化を見て、勉強してまわろうという計画を…その…当日に急遽思いたちました…
💦
向かった場所は姫路市見野古墳群❗️
…これ、実は私にとって実に覚えにくいというか、微妙な名前なんですよ。
なぜかというと私は古事記とか日本書紀のような古代史が好きなわけですが、その中で日本初の天覧相撲で奈良代表の暴れん坊当麻蹴速と対戦したのが出雲の野見宿禰。
この野見宿禰と野見古墳群、野見と見野をよく間違ってしまうのです。
歳だわ…![]()
結果は大王の見ている前で、野見宿禰が当麻蹴速をフルボッコにして、最後は踏みつけて殺してしまいます❗️
日本初の天覧試合で殺人❗️
これが古代の相撲=公認の殺しあいなのです。
相撲は神事と言いますが、
相撲の始まりは本当に神事だったのかぁ❓![]()
ということで着きました。
兵庫県はJR山陽本線「御着駅」から、ここまで歩いてきたわけですが、歩きますと20分くらいかかります。
晴れていてこの日のように暑い日は飲み物、帽子は必須でございます。
という感じで小説「皓月」の作者であり、飛鳥を中心にしたYouTubeを発信しておられる梅前佐紀子さん風に始めてみました。
なるほど、YouTubeなどの話し方も上手ければ、文字にしても感じが良いですね。
これは話し方もブログを書く時も見習わなければ❗️
見野古墳群のある場所は「古墳敷」と書かれております。
古墳敷とはどういう意味なのでしょうか❓
これは想像でございますが、見野古墳群というようにわかっているだけで15の古墳がございます。
おそらく未確認、発見されていない古墳はまだまだあると思われます。
この野見古墳群がある場所は山裾になりますので、山を削って壇状にして、各段を平らにして古墳を造ったと考えられますが、それだと段の角は崩れやすくなります。
すると段の下にある古墳は埋まっていくことになります。
そこで下の写真を見てください。
気のせいかも知れませんが、これは岩が割れて細かくなった、というよりは、平にした上に岩、石を積み上げて段にしたようにも見えます。
別の場所ですが、法面にはかなり石が混ざっているのがわかります。
(小さくて見えないかもしれないけど、見えるの❗️)
下もまた別の場所になりますが、土に拳くらいの大きさの石がかなりの多さで混ざっています。
(いちいち「何処に❓見えへんわ」とか言わないの❗️)
これは段が崩れないように、そして水捌けをよくするという意味があるように見えます。
そしてさらに
このように何本かの谷が作られています。
今回は一番深い谷を写真に貼っていますが、これは山を流れ落ちてくる水などが、奈良県の纏向のように扇状地にしてしまい、古墳を壊すような影響を与えないように人為的に谷を掘ったのではないでしょうか。
言わば古墳敷とは、古墳を造るために古代の人が作為的に造った、水が逃げる谷も含めて崩れにくい壇状のことを呼ぶ名前ではないでしょうか❓
これはあくまでも私の想像でございますので、
「いや、そうじゃない。あそこの法面の石は、あの山の特徴だよ」とかのように違う意見、話があれば概要欄に…じゃねぇ❗️
梅前さんのYouTubeと違うって‼️
残念ながら1号墳の後ろは草がボーボーで近づけず、手前も公有地なのか、私物が置かれたりしていので私有地なのか区別がつかず…。
こんなに離れた場所から見ることになりました。
物騒な世の中、私有地でしたら直ぐに警察を呼ばれるかも知れませんので…
よくわからないまま、とりあえず1号墳はチェック✅したという事で満足しましょう。
次に2号墳ですが、これがどうも墳丘は残っていないようですし、Google航空写真を見ても私有地の駐車場🅿️にしか見えないので…しかも駐車場といっても庭を🅿️に使っているようにも見えますし…
これは今回、唯一、写真に残せなかった古墳であります。
次に目に映ったのはこの古墳、4号墳です。
ちなみに古墳好きな方はお分かりだと思いますが、このブログを読んでおられる方は残念ながら、ほとんどは古墳に興味が無いかたと思われますので注意⚠️として書きますが、
古墳群って順番に並んでいるわけではないのです。
私も手前とか奥から順番にしてもらうか、古い古墳から順番にしてもらうと助かるのですが、そうすると群ですから、違う古墳が、古墳跡が見つかるたびに番号が変わってしまうのでそうもいかないみたいです(別に番号変わったって良いじゃん❗️、と私も思うのですが、新たに古墳が発見されるたびに全研究者に通達を出すのも無理ですし書物、ネットで配信されたのも直すとなるととんでもないことになるので…)
では番号の順番は何なのか❓
それはわかりません🤣
富雄丸山古墳で見つかった鏡は3枚が重なるように見つかったので、上から一号鏡、二号鏡、三号鏡となっていまして、一番古いのは二号鏡で紀元前と断突で古かったですね。
私が見た感じでは全てとは言いきれませんが、石室はだいたい東西を向いていたように思います。
実はこの4号墳も鎖がありましで入れませんが、鎖から石室まで本当に直ぐ側なのですよ。
数mでも距離をとっていれば誰も入らないと思うのですが、距離にして鎖を跨いだら石室の手前の段の上というやつなんです。
明らかに皆んな、鎖を跨いで写真を撮っているかのように草が踏まれた跡があります❗️
皆んながするからって、自分もして良いという訳ではありません❗️
なんて死者に対して不敬な奴らなんでしょう、
許さまじ❗️
(おい、上の写真は何や、上の写真は❗️)
4号墳から下を見ると目についたのは…
大木の下の…古墳じゃなくて看板![]()
此処まで近づいて古墳だと気が付きました。
それまでは野見古墳群の説明板だと思っていましたよ…
だって普通は若番の方に説明板とかあるべきでしょう、私、間違ってませんよね⁉️![]()
4号墳は石室が貫通してしまっています。
私の記憶に間違いがなければ、どちらかは塞がっていたような気がします。
ひょっとしたら調査したときに取っ払ってしまったのか⁉️
なんか格好良い❗️
このまま飛んで行きそうですね。
天井石も立派です。
なんか嬉しくて、此処はダニとか気にせずにうつ伏せに寝転がって写真を撮ってしまいました。
何といっても此処の石室は立入禁止ではないため、匍匐前進で中を見れるという点です❗️
私❓
もちろん服が汚れるので匍匐前進はしていません…
はい、ということで今回の動画は此処までとさせていただきます。
今回の動画は「古墳を行く❗️」というなかなかマニアックな動画になりました。
今回もご視聴いただきまして本当にありがとうございました。
また次の動画でお目にかかれたら嬉しいです。
チャンネル登録もぜひよろしくお願いいたします。
ご視聴いただきまして本当にありがとうございました。
梅前佐紀子でしたー。
って、だーかーら、梅前佐紀子さんのYouTube「飛鳥古代史チャンネル」じゃないってば❗️![]()




















