これは、私が学生時代に学校で体験した出来事です。

 その日は、夜の八時を少し回った頃でした。私は友人の芳雄君を含め、六人で彼の通う学校へ向かいました。芳雄君が忘れ物をしたため、それを取りに行くことになったのです。すでに先生方は帰宅された後でしたが、用務員の方が残っており、事情を説明すると玄関を開けてくださいました。後になって知ったのですが、その用務員の方は本来十九時までしか勤務していなかったそうです。その時点で、何かがおかしかったのかもしれません。

 私は昔から、はっきり霊が見えるわけではありませんが、妙な気配を感じることがありました。校庭に足を踏み入れた瞬間、胸の奥がざわつき、理由もなく「中に入りたくない」という感覚に襲われました。初めて来る学校だったための緊張だろうと自分に言い聞かせましたが、その違和感は消えませんでした。

 私たちはそのまま校舎の中に入りました。夜の学校は昼間とはまったく違い、蛍光灯の光は冷たく、廊下の奥は闇に吸い込まれていくように見えました。そのとき、突然のことでした。

「うおおおっ、うおーん!」

 芳雄君が獣のような声を上げ、いきなり走り出したのです。ふざけているのかと思いましたが、あまりに異様だったため、私たちは慌てて後を追いました。はぐれないよう必死に走りましたが、なぜか誰一人として追いつけません。芳雄君は運動が特別得意というわけではなく、足の速さもせいぜい中くらいだったはずなのに、その背中はどんどん遠ざかっていきました。

 走りながら、私は違和感に気づいてしまいました。前を走る「芳雄君」は、少し背が高く、体格も違うように見えたのです。そして一瞬振り向いたその顔を見て、私は凍りつきました。口が耳元まで裂け、そこから血がだらだらと垂れ、床に赤い跡を残していたのです。

 その瞬間、これは芳雄君ではないと理解しました。では、本物の芳雄君はどこへ行ったのでしょうか。混乱したまま足を止めると、さらに奇妙なことが起きました。あれほど走ったはずなのに、気がつくと私は校舎の玄関に立っていたのです。先ほど用務員の方に開けてもらった、あの場所でした。

 周囲には誰もおらず、仲間の姿も声もありませんでした。強烈な恐怖に襲われ、私はその場で意識を失いました。

 後から聞いた話では、芳雄君たちは用務員室の前で眠っていたそうです。彼らもまた、私と同じように「誰か」を追いかけており、気づいたときには倒れていたとのことでした。

 私だけがいないことに気づいた友人の一人が校内を探し回り、ようやく私を見つけました。発見されたとき、私の右腕には真っ赤な血が塗られ、左足首には紫色の、誰かに強く掴まれた痕が残っていました。また、廊下には引きずられたような血の跡と、意味の分からない模様、まるで魔法陣のようなものが描かれていたそうです。

 この出来事は警察沙汰になりました。調べの結果、その血は私たちの誰のものでもなく、動物の血とも一致しませんでした。人間以外の何かが混ざっている、という説明だけが残されました。

 さらに不可解だったのは、私たちは最初から六人で行動していたと思い込んでいたのですが、記録や証言を整理すると、もともとは五人だったという事実です。では、あの一人多かった存在は何だったのでしょうか。その人物の名前も顔も、思い出そうとすると霧がかかったように曖昧になるのです。

 今でも夜の学校や無人の廊下を思い出すと、背後から足音が増えるような気がします。もしかすると、あのとき紛れ込んでいた「もう一人」は、今もどこかで、静かに誰かの数を数え続けているのかもしれません。



明けましておめでとう御座います。

今年もよろしくお願いします。