癸の歌舞伎ブログ

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令和610月歌舞伎座夜の部 婦系図

 

婦系図 オンナケイズ

 

泉鏡花原作。明治四十年一月から四月やまと新聞に連載の小説であって戯曲ではない。明治四十一年東京新富座で初世喜多村緑郎ら新派が初演。以降新派の演目となっている。歌舞伎俳優が参加しての新派による上演はあるが、今回のようなほぼ純歌舞伎(新派の田口守は参加しているが)での上演は少なくとも戦後はない。

原作小説は結構長くて、お蔦と別れて主税が静岡へ行ってからが小説の本題である。湯島境内はもともと原作にはなく、鏡花が自分で戯曲として補作した。今回の台本もだいたいこれによっており、舞台は入谷ではなく湯島であるが、直侍の余所事浄瑠璃「忍逢春雪解」を鏡花の脚本通り使用している。今回の台本は声色使いにセリフがあったり、適宜省略、補筆はしてある。

 

今回配役は

片岡仁左衛門(早瀬主税)、中村萬壽(小芳)、中村亀鶴(掏摸万吉)、田口守(坂田礼之進)、坂東彌十郎(酒井俊蔵)、坂東玉三郎(お蔦)ら。

 

本郷薬師縁日

本郷薬師の立派な塀の外で露天商が商いをしている。この本郷薬師は戦災で焼けて世田谷に移ってしまい、今は小さな祠を残すのみとなっているが、戦前までは信心を集め毎月八日、十二日、十八日の縁日は露店が出て賑わった。酒井俊蔵の家のある真砂町とは目と鼻の先である。

原作では、主税が三世相を古本屋相手に値切っていると、酒井俊蔵が現れて、要るものなら買えとたしなめられるだけの場であるが、芝居では河野英吉が芸者遊び好き、坂田礼之進がその河野英吉と酒井俊蔵の娘妙との結婚をとりもとうとしていることが盛りこまれている。原作では坂田礼之進は河野家から仲介を頼まれているだけで、英吉のおじではない。万吉の掏摸働きと、主税が万吉をアシストするのは原作では市電の中である。主税が元スリであることが読者に明かされるのは大詰め静岡久能山においてである。

 

柳橋柏家

原作から省略はあるが、そもそも酒井が俺を取るかお蔦を取るか、と主税に迫るだけの場である。

 

湯島境内

湯島天神の境内である。渡殿を背景にしている。ということはその向こうは切通坂である。今はビルで遮られて見えないが夫婦坂でも女坂でも少し降りていけば不忍池の弁天さんは拝めたと思う。仲町の角もすぐ近くである。

この場は原作小説では全く出てこない。

 

過去の新派の公演では静岡馬丁貞造小屋、めの惣二階という場もあるので、主税の静岡でのふるまいや、お蔦の臨終はやることもあるのであろうが、小説の大詰めまで芝居でやることはないようである。