すると杏の幻影が僕に語りかけてきた。
「星を見るのは大好き。ねぇ悠尋知ってる?星の新星爆発によって細胞が生まれたんだよ。星は宇宙は親なんだ」
〈おばあちゃんと夜空〉
唄 祇音
認められたいという欲求が
どれだけ恥ずべき行為かを
認めてくれる人がいなかった事実を
隠しながら前に進んだ
夜空に星がいっぱいあるのに
この国の人達は周りばかり見渡して空を見上げない
人の為を考え過ぎて命まで捧げてしまう人
他人に利用されやすい人は自分の為に生きてみるのもいい
自分は無価値だと嘆いている人は人の為に生きてみるのもいい
そんな言葉に早く出会いたかったと
皺が深まる頃に知識だけ深まる
自分の事ばかり考え過ぎて周りから人が居なくなった
正しさと優しさの中でもがいてもがいて
どこにたどり着くだろう
夜空に星がいっぱいあるのに
他人の事ばかり考え過ぎて周りから自分が居なくなった
この国の人達は突出する事が苦手みたいだ
正しさと優しさの中でもがいてもがいて
どこにたどり着くだろう
幸福感と優越感を履き違えて
果てしない海を泳いでいる
上手くいかなかった事を自虐ネタにして
嘲笑の渦に巻き込まれたまま虚しさは痕を弾く
私が人前で泣くことは無い
あなたが映画館で号泣する顔を
鑑賞する事が密かな趣味になった
可愛がられない方が幸せだ
恩も縁も背負う必要は無く
一緒にいたら一緒に死ねるわけでもないし
結局最後は1人だから
きっと最後はそんなに辛くない筈と
笑うしかない
それでも夜空は私を見捨て無かった
正しさと優しさの中でもがいてもがいて
どこにたどり着くだろう
正しさと優しさの中でもがいてもがいて
私は私を生きていない
余所余所しく振る舞う
窒息してるのに
沈んでない振りだけが上手くなる
実らない果実の理由の全ては
言い訳だと集約され
花を咲かす事の無い草木を
枯れてゆく美しさに変えて
何年も生きていかなければならない
話したい事がいっぱいあって
言いたい事がいっぱいあって
話そうとしたら
親や先生は人差し指で唇を押さえた
それでも夜空は私を見捨てなかった
夜空に星がいっぱいあって
何を選べばいいか考えているうちに
日はまた登りまた年をとった
夜空に星がいっぱいあって
追いかけているうちに
日はまた登りまた年をとった
正しさと優しさの中でもがいてもがいて
どこにたどり着く
おばあちゃんになるまで眺め続けた
日の出と共に杏の幻影が消えた。帰る場所が無い、還る事も出来ない、生きている心地がしない、不可思議な世界。
僕は最後のワインを飲み干し、砂埃の付いた口を拭った。あと数時間経てば全てが消え去り、病室のベッドの上なのだろうか、それとも僕のメモリーはまだ終わって無いのだろうか、どちらにせよ同じ事の繰り返しに変わりは無い。こんな無意味な事ってあるのだろうか、そう思うと記憶さえあれば全てに意味があった事に気付く。いや、意味がある事を教えてくれたんだ。これからは毎日が新鮮で産まれたての感動を味わってやろう。そして病室の看護師さん達をできるだけ喜ばせてあげよう。奮い立たせる様に自分に言い聞かせ、疲弊した体をゆっくりと起こし立ち上がった。
「悠尋」
振り返るとウエディングドレスを着て登り日に照らされ、海風にさらされた陽葵が砂浜の上に佇んでいた。僕は砂を踏みしめて陽葵の元へ歩み寄った。
「綺麗だよ陽葵、会いに来てくれたんだね、ありがとう、ありがとう」
陽葵は何も言わずに笑ってくれる。それだけで充分なんだ。
「陽葵おめでとう、やっと言えたよ」
風が背中を後押しした。このまま居続ける事もできるけれど今は走り出さなきゃいけない。人はずっと同じ場所にはいられない。いつかは離れなければならない。遅くなってしまったけれど、それが今なんだ。
「陽葵、話したい事があるんだ」
僕は陽葵に別れを告げると、陽葵の顔を見ることも無く砂浜を走り抜けた。
「悠尋、悠尋」
あの声は何処へ誘おうとしているのか、この先も同じ事の繰り返しなのだろうか、ただ今は走り出さなきゃいけない、思い出にさよならを言わなきゃいけない、ただ前だけを向いて僕は僕は。
「悠尋、悠尋」
何処かで聞いたことのある声を耳にした。しかし僕はその声の主の名前も顔も思い浮かばなかった。ただ風の中で揺れている「陽葵」という言葉だけが、妙に素敵に思えて仕方が無かった。



