生山田五郎さんと佐伯祐三。 | 無縁(むえん)の縁(ふち)から

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老いた母と暮らす夫なし・子なしのフリーランスライター。「真っ当なアウトサイダー」は年を重ねる毎に生きづらくなるばかり。自身の避難所(アジール)になるよう、日々のつぶやきを掲載します。とはいえ、基本「サザエさん」なので面白おかしく綴ります。たまに毒舌あり。

6月10日(土)、中之島美術館開催中の佐伯祐三展を観に行ってきた。

会期が終わりに近いこの時期まで、なぜ美術館を訪れなかったか。

それはこの日、山田五郎さんのトークショーがあったから。

 

山田五郎さんのYoutube、「山田五郎 オトナの教養講座」が大好きで、五郎さんの美術解説をこの2年あまりずっと見ていた私。中之島美術館ができたとき、絶対!中之島美術館・それも佐伯祐三をぜひ取り上げて欲しいと思っていたけれど、Youtubeの中では全然取り上げてくれず、なんでかな…と思っていた。

 

そしたら、東京ステーションギャラリーで佐伯祐三展開催のタイミングでようやく!取り上げてくださった。

そこで分かったのは、山田五郎さんが北野高校出身で(頭いい!)、佐伯祐三の後輩に当たる、ということ。

しかも、北野高校の校長室には佐伯祐三の絵がかけてあって、当時、校長室に呼び出された人はその絵を観ることができた、云々というエピソードを話しておられた。

そんなこんなで、満を持しての佐伯祐三・・・!なのである。

 

今回のトークショーは、Youtubeとほぼ同じ内容だった。それは五郎さんも「すみません。Youtubeと同じ内容で。でも、ライブってことで許してください」と(笑)。

 

生五郎さんは、Youtubeで見るよりすらっとされていて、紺のジャケットに真っ赤なインナー、白のパンツというアイビー&爽やかファッション。さすが元HDP編集長。イケてます。

 

さて、佐伯祐三展である。

30~40年前(古い話だ!)、今はミライザ大阪になっている大阪市立博物館かどこかで佐伯祐三を見たことがある。

いいなぁとは思っていたが、その頃はそれほど思い入れもなく、本格的に見たのは2022年2月、中之島美術館がオープンしたとき。五郎さんが「中之島美術館は佐伯祐三のコレクションを展示するために作ったようなものだ」と言われていたけれど、まさにその通りで、山發コレクションと呼ばれる佐伯祐三の一連の作品を見ることができる。

 

自画像から始まり、東京時代、第一次パリ時代、第二次パリ時代と進んで行く。

佐伯祐三は、若い頃から本当に絵がうまい。

本人もゴッホが好きだったらしく、タッチは違うものの、その激しさや対象の本質を捉える視線に似ているものを感じる。

ゴッホも佐伯も、宗教家の家系に生まれ(ゴッホは牧師の家、佐伯は浄土真宗・光徳寺の生まれ)、パリで活動するものの

生き急ぐように絵を残し、早逝(ゴッホ37歳、佐伯30歳)。二人とも最後は精神病院で死を迎えた。

そのせいなのか、佐伯の絵は何故か胸を打つ。

冬のパリの、陰鬱で暗く湿気を含んだ空気感が絵から伝わってくる。

でも、暗いだけではなく、どことなく突き抜けた明るさのようなものも。

 

五郎さんが言われていたのだが、

「佐伯は、お寺の子どもであったことが、絵にも影響を与えていると思う。

佐伯の実家である光徳寺は現在、社会福祉法人光徳寺善隣館という福祉型障がい児入所施設になっている。

浄土真宗の教えに、無有好醜~浄土には、美しい・醜いに違いはない。そんな思いが佐伯の根本にあって、

いわゆる『絵』にならないような公衆便所やなんということはないパリの街角を描き続けたのではないか」

 

キレイはきたない。きたないはキレイ。

佐伯の絵にはそういう思いがあったのか…!

 

最後に、「TANGO」の文字、見つけました!静岡県立美術館所蔵の「La Cloche」という絵。

撮影不可なので、会期中にぜひ見に行ってください。