今から23年前、2000年の夏。私はシチリアのパレルモにいた。
街を挙げてのフェスタが行われていて、そのイベントのひとつにハービー・ハンコックのコンサートがあり、私はそのメンバーの一人、トランペッターのエディ・ヘンダーソンの頭をハンドバッグで殴ったことから、その夜のコンサートに招待された。
2000年7月11日(火)のお昼、私は友達と二人、パレルモの中華料理店でランチを食べていた。ランチを終えて立ち上がろうとしてハンドバッグを肩にかけたときに、後ろの席にいた人の頭をバッグの角で直撃した。
その人がエディ・ヘンダーソンさんだった。
英語が頭の中から消えてしまっていた私は「Excuse me!」と言って大爆笑され、そのおかげ?で「今晩、コンサートやるから来ない」とお誘いを受けたのだ。
そしてプレスパスを受け取り(Access All Area)、ハービー・ハンコックバンドの人たちと握手をし、一緒にご飯を食べ、真夏の夜のコンサートを見たのだ。
そのときもらった小冊子が出てきた。この話が嘘ではないことを証明したいと思い、長い間取っておいたのだ。
改めて読み直してみると、数々の発見があった。
まず、このイベントは「FESTIVAL DI VERDURA」(野菜祭り?)と言って2000年のミレニアムに合わせて数々のコンサートや演劇が行われていた。
メインスポンサーはTASCA D’ALMERITA。シチリアの超名門ワイナリー。(当時は全く知らなかった)そしてTIM。
6月24日にはピンク・フロイド版「カルミナ・ブラーナ」が行われている。カルミナ・ブラーナとはドイツの作曲家、カール・オルフが作曲した世俗カンタータ。2018年、パレルモのマッシモ劇場で行われた「カルミナ・ブラーナ」の動画があった。
https://www.youtube.com/watch?v=dRPo2cPzxVs
6月29日には「ジーザス・クライスト・スーパースター」。
7月7日は、ジョージ・ガーシュインとコール・ポーターのトリビュートをオペラ歌手で。
7月8日はマイケル・ナイマン・バンド。
7月11日は前出のハービー・ハンコックバンド。
7月12日は、ドイツ人のシャンソン歌手UTE LEMPER。
7月16日はストラヴィンスキー。
7月18日はルー・リード。
7月23日はオペレッタ・オペレッタ。
7月25日はアル・ディ・メオラ。
7月28日はGala Internazionale di DANZA。
8月3日はルチンダ・チャイルド・ダンス・カンパニー。
8月8・9日はフリオ・ボッカ(アルゼンチンのバレエダンサー)
8月10日はKatia & Marielle Labeque(ピアノの連弾)
…そして何と、7月20日は坂本龍一がパレルモでコンサートを行っていた!!
ライナーノーツを要約すると、
1978年YMO解散後、ソロ活動を始めた坂本龍一。映画「戦場のメリークリスマス」で役者・作曲家として名声を得、ベルナルド・ベルトルッチ監督の「ラストエンペラー」「リトルブッダ」などで音楽を担当した。(中略)「私の頭の中には、違う文化でありながら似たところがある文化地図のようなものがある。例えば、日本のポップミュージックにはアラブ圏の音楽と母音のイントネーションやビブラートなどとても似通ったところがある。バリとニューヨークも近くて、我々の頭の中にはこうした無意識的な地図が描かれていると思う」と坂本は言っている。
また、アンビエント音楽では唯一無二の存在でもあると評価されている。
23年前のパレルモで、これほど文化的なイベントが行われていたことに正直驚いた。
例えるなら、福岡や那覇で、連日こういう面々のコンサートが行われているとすればどうだろう。すごくない?
パレルモ、めちゃめちゃ頑張ってたんだ。
…23年後に初めて知ることが多すぎる。