雨の日は読書でも

雨の日は読書でも

「雨の日は読書でも」で公開している名作再話記事の紹介や、親子読書、子どもと言葉、物語に触れる時間について書いています。

こんにちは。
雨の日の読書室です。

 

 

今日ご紹介するのは、note「雨の日は読書でも」の無料棚、
「子どもにも読める名作棚」 に置いている一作です。

 

 

今回の作品は、宮沢賢治の
『やまなし』

 TODAY'S
 
宮沢賢治
『やまなし』

教科書で読んだことがある方も多いかもしれません。

 

 

「クラムボンは笑ったよ」
「クラムボンはかぷかぷ笑ったよ」

この言葉だけ、妙に記憶に残っている方もいるのではないでしょうか。

 

 

でも、あらためて
「どんな話だった?」
と聞かれると、ちょっと説明しにくい作品でもあります。

 

 

蟹の子どもたちが出てくる。
水の中の景色が描かれる。
上から何かが落ちてくる。
五月と十二月の場面がある。
最後に、やまなしが出てくる。

……と、筋だけを並べると、なんだか不思議です。

 

 

正直、初めて読む子どもは、
「で、これは何の話?」
と思うかもしれません。

 

 

でも、それでいいのだと思います。

『やまなし』は、最初から意味をきちんと説明して読むより、まずは水の中をのぞくように読む作品です。

 

水の中にいる蟹の子どもたち

 

『やまなし』の舞台は、水の底です。

そこには、蟹の子どもたちがいます。

 

 

水の上から光が入ってくる。
泡が動く。
魚が通る。
何かの影が落ちる。
水の中の音や光が、ゆらゆらと変わっていく。

 

 

読んでいると、自分も小さな蟹になって、水の底から上を見上げているような気持ちになります。

子どもにとって、この感覚はかなり面白いと思います。

 

 

人間の目線ではなく、蟹の子どもの目線で世界を見る。

空を下から見る。
魚を下から見る。
落ちてくるものを下から見る。

 

 

いつも見ている世界が、少し違って見えるのです。

 

子どもが読むと「音」と「景色」が残る

 

『やまなし』は、物語の筋を追う作品というより、音と景色を味わう作品です。

 

 

クラムボン。
かぷかぷ。
水の底。
青白い光。
魚の影。
やまなしの匂い。

 

 

宮沢賢治の作品には、こういう言葉の音の面白さがあります。

意味が全部わからなくても、声に出すと楽しい。
 

 

リズムが残る。
映像が浮かぶ。

ここが、子どもに読んでほしい理由のひとつです。

 

 

読書というと、つい「内容を正しく理解すること」が大事だと思いがちです。

もちろん、内容を理解することも大切です。

でも、それだけではありません。

 

 

言葉の響きを楽しむ。
場面を頭の中に思い浮かべる。
「これは何だろう」と考える。
答えがすぐに出ないものを、そのまま持っておく。

 

 

そういう読書体験も、とても大切だと思います。

 

大人が読むと、少し深いものが見えてくる

 

子どもが読むと、水の中の不思議なお話として楽しめる『やまなし』。

でも、大人が読むと、少し違うものが見えてきます。

 

 

五月の場面には、どこか緊張があります。
水の上から落ちてくるもの。
魚の影。
小さな蟹たちには、よくわからない怖さ。

 

 

一方、十二月の場面には、静かな豊かさがあります。

やまなしが落ちてくる。
水の中に香りが広がる。
父蟹が、それを待つように話す。

 

 

この対比が、とても美しいです。

怖いものが落ちてくる五月。
実りが落ちてくる十二月。

 

 

同じ「上から何かが来る」でも、まったく違うものとして描かれています。

この作品は、命、自然、季節、食べること、死の気配、豊かさを、はっきり説明せずに見せてくれます。

 

 

だから、大人になって読み直すと、
「あれ、こんなに深い話だったの?」
と感じる方もいると思います。

 

読書後に

 

『やまなし』を読んだあと、子どもにはいくつかの力が育ちやすいと思います。

まず、想像する力です。

 

 

この作品は、全部を説明してくれません。

クラムボンとは何なのか。
蟹の子どもたちは、何を見ているのか。
水の上の世界では、何が起きているのか。

はっきり答えが書いていないからこそ、子どもは自分で考えます。

 

 

「クラムボンって何かな?」
「どうして笑ったのかな?」
「水の上には何があるのかな?」

その問いが、想像力を動かします。

 

 

次に、言葉の音を楽しむ力です。

『やまなし』は、声に出して読むと楽しい作品です。

意味を急がず、言葉の響きをそのまま味わってみる。
これは、読書が苦手なお子さんにも入りやすい方法です。

 

 

そしてもう一つ、自然を細かく見る力です。

水の光、泡、影、匂い、季節の変化。

そうしたものに目を向けることで、子どもは日常の景色を少し細かく見るようになります。

 

 

川や水たまりを見たとき、
「水の中から見ると、どんなふうに見えるんだろう」
と思うかもしれません。

それだけでも、物語はちゃんと子どもの中に残っています。

 

親子で読んだあとに話してみるなら

 

親子で読んだあとには、こんなことを話してみるのもおすすめです。

「クラムボンって、何だと思う?」
「蟹の子どもたちは、水の上をどう見ていたのかな?」
「五月と十二月では、どんなところが違った?」
「やまなしが落ちてきたとき、水の中はどんな匂いになったと思う?」
「このお話を絵にするなら、どの場面を描きたい?」

ここで大事なのは、正解を急がないことです。

 

 

子どもが、
「クラムボンは泡だと思う」
「いや、光かもしれない」
「小さい生きものかな」
と言ったら、それで十分です。

 

 

むしろ、そういう会話が楽しい作品です。

親の方が「なるほど、そう読むのか」と驚くこともあると思います。

 

読んだあとに描いてみるなら

 

『やまなし』は、お絵描きにもとても向いています。

水の底から見た光。
蟹の兄弟。
水の上を通る魚の影。
落ちてくるやまなし。
十二月の水の中に広がる香り。

 

 

色で描くなら、五月と十二月でまったく違う絵になりそうです。

五月は、少し青く、冷たく、緊張した感じ。
十二月は、暗い水の中に、やまなしの明るさや香りが広がる感じ。

 

 

子どもがどんな色を選ぶか、見てみたくなります。

『やまなし』は、読んで終わりではなく、読んだあとに絵にしてみることで、さらに楽しめる作品です。

 

今回は、子どもにも読める言葉で再話しました

 

雨の日の読書室では、この『やまなし』を、子どもにも読みやすい言葉で再話しています。

原文そのものではありません。
 

 

原作の水の中の景色、不思議な言葉の響き、五月と十二月の対比を大切にしながら、今の読者にも読みやすい形に整えました。

この作品は、わかりやすい教訓を押しつけるお話ではありません。

でも、読み終えたあと、何かが残ります。

 

 

水の光。
小さな蟹たち。
クラムボンという言葉。
落ちてくるやまなし。
そして、自然の中にある、怖さと豊かさ。

 

 

子どもには、不思議な水の中の物語として。
大人には、自然と命のめぐりを静かに感じる作品として。

親子で読んでも、大人がひとりで読んでも、心に残る一作です。

 

 

▼無料で読めます
『やまなし』を、子どもにも読める言葉で|宮沢賢治