大正15年の廣島の絵葉書 | ヒロシマ平和公園の四季 第2部

ヒロシマ平和公園の四季 第2部

原爆投下により広島の街は「ヒロシマ」に変容しました。その悲劇から70年あまり平和な町に復興しました。しかし、平和公園には「ヒロシマのこころ」が息ずいています。四季の移ろいとともに語り継ぎます。

今から95年前の原爆ドーム(当時は広島県商品陳列所)と、比治山に移築された御便殿(明治天皇の休憩所)がデザインされています。この絵葉書は昭和天皇(当時は皇太子)が山陽行幸記念に大正15年に発行されたものです。日清・日露の戦争を経て、廣島が軍都としてますます拡大していった頃の話です。