男はつらいよシリーズ お菊/ミヤコ蝶々 二題を併せて考える | 俺の命はウルトラ・アイ

男はつらいよシリーズ お菊/ミヤコ蝶々 二題を併せて考える

 『男はつらいよ』シリーズの第二作・第七作を

併せて見て、車寅次郎と母母菊の関係を尋ねたい。 

 

 

『続男はつらいよ』

 (『続・男はつらいよ』)

続男はつらいよ 1969

 

 映画  93分  トーキー  カラー

 昭和四十四年(1969年)十一月十五日公開

 製作国  日本

 製作言語 日本語

 製作・配給 松竹

 

 

  渥美清(車寅次郎)

 

 倍賞千恵子(諏訪さくら)

 ミヤコ蝶々(お菊)

 

 佐藤オリエ(坪内夏子 語り)

 山崎努(藤村つとむ)

 

 三崎千恵子(車つね)

 前田吟(諏訪博)

 津坂匡章(川又登)

 風見章子(お澄)

 太宰久雄(タコ社長こと桂梅太郎)

 佐藤蛾次郎(源公)

 

 江幡高志(飲食店店主)

 山本幸栄

 小田草之介

 北竜介

 大杉侃二郎

 水木涼子

 呉恵美子

 

 高木信夫

 土田桂司

 市山達巳

 千早旦子

 藤山恵美

 脇山邦子

 石井愃一(朝日印刷所公員)

 

 関敬六(葬儀屋)

 中村はやと(諏訪満男)

 谷よしの(患者の付添の女性 葬儀参列者)

 

 笠智衆(御前様こと日奏上人)

 財津一郎(患者)

 

 森川信(車竜造)

 東野英治郎(坪内散歩先生)

 

 製作 斎藤次男

     高島幸夫

 脚本 山田洋次

     小林俊一

     宮崎晃

 

 撮影 高羽哲夫

 美術 佐藤公信

 音楽 山本直純

 

 照明 内田喜夫

 編集 石井巌

 録音 小尾幸魚

 調音 松本隆司


 

 監督助手 大峰俊順

 装置  小野里良

 進行  池田義徳

 現像  東京現像所

 製作主任 峰順一

 

 主題歌 〝男はつらいよ〟

 作詞   星野哲郎

 作曲   山本直純

 唄     渥美清

 協力   柴又神明会


 

 原作・監督 山田洋次 

 

 ☆☆☆

 山崎努=山﨑努

 

 津坂匡章→秋野太作

 

 江幡高志=江波多寛児

 

 東野英治郎=本庄克二

 

 山田洋次=山田よしお

 

 関敬六・中村はやと・谷よしのはノークレジット

 
 ☆☆☆

 

平成二十九年(2017年)一月七日

塚口サンサン劇場にて鑑賞

 

平成二十九年(2017年)一月九日・

令和三年(2021年)九月十七日・令和

余念(2022年)一月十七日発表記事に加

筆している。

☆☆☆

 

 秋の川に葉が落ちる。

 

 車寅次郎は生き別れた母を求める。一人

の年配の女性と木の側おいて出会う。

 

 事情を聴くと、別れた母菊のようだ。

 

 「おっかさん」

 

 求めていた母親像のように優しくて暖か

い淑女の女性だった。

 

 女性が遠くなる。

 

 夢であった。寅次郎は布団を被る。

 

 東京に帰ってきて川のカップルの男性頭部

に鞄をぶつける寅さん。少年達のサッカーボ

ールを拾い微笑み、ボールを蹴って返そうと

すると転ぶ。

 

 柴又に帰って題経寺で合掌して一礼して

歩み出す。源公が兄貴の帰還を見る。

 

 とらやではさくらが乳幼児の満男を抱いて

尋ねてきた。おいちゃん竜造は叔父に似た

かと笑う。おばちゃんは寅次郎が客席に座

っていることを告げる。おいちゃんは驚く。

 

 さくらは兄との再会に胸が熱くなり、甥満男

の顔を見て欲しいと頼む。

 

 寅次郎は赤ん坊の甥満男を初めて見て、自

身が叔父になったことを実感し、可愛い甥へ

の愛を感じる。博に会いたいがよろしく言って

くれと伝えて去っていく。

 

 さくらが寅次郎を追い、会えるまでの心配を

伝え、思わず落涙する。

 寅さんは満男の頬に触れ、「これで何かを」

と五千円を渡す。

 

 さくらは「お兄ちゃん、こんなに?」と驚くが、

寅さんは「いいんだ」と言い去っていく。

 

 妹と別れた後、「痛かったなあ」と財布の持ち

金を嘆く。学童達の英語学習の声が聞こえる。

 坪内英語塾からの下校する児童達だ。塾の

先生散歩は、寅次郎が少年時代怒られた恩師

である。

 

 散歩寅次郎は再会し感動を確かめ合う。「先生

に怒られて腹立って虐めてた娘さんは元気でい

ますか?」と寅次郎が問うと、散歩先生は、「そこ

に居る」と寅次郎の背後を指す。

 

 寅さんが振り返ると、美しい娘に成長した夏子

さんが居て一目惚れしてしまう。坪内家で美味し

い夕飯を食べて胃が吃驚してしまった寅さんは
食べ過ぎで腹痛を起こし病院に搬送される。


 

 病院でテキ屋の(商)バイについて威勢よく語

り、「浅野内匠頭じゃないが腹切ったつもりで」と

口上を再現し看護師に注意されると「俺の子供

産みたいか?」とからかい無視される。

 

 患者の男性が「笑わせないでくれ。俺盲腸炎

の手術したところなんだ」と懇願する。

 

 医師藤村つとむが往診に来て、寅さんは昨夜

注射をされた際に頬を叩かれ、暴力を振われた

と糾弾する。

 

 藤村は「ああでもしなければ君は注射を打たせ

てくれなかった」と言い、寅の挑発的な態度に「僕

が医者でなければ表に出ろと言いたいところだ」

と注意する。

 

 藤村は夏子に寅さんが鰻を注文しろと要求し、

チンピラの青年と出て行ったことを告げ、入院

費・治療代も溜まっていることを報告すると、「費

用は私が払います」と夏子は語る。

 

 夏子と藤村は惹かれ合う。

 

 飲食店で舎弟川又登と焼肉を食べる寅さんは

機嫌が良い。実家で父親に殴られた登は、寅さん

が柴又に帰ってくると予想し二人は再会した。寅

さんが病院に帰り、登に支払を頼むと彼も持って

いなかった。店主が怒る。寅さんは開き直って暴

力を振い、登と共に警察に逮捕される。

 

 刑事にさくらが詫びる。登を怒鳴る寅さんは一夜

警察に拘束される。

 

 不起訴にはなったものの暴れてしまったことを

反省し、生き別れた母が京都のグランドホテルに

勤務していると聞き源ちゃんを連れて、京都でテキ

屋の商売に励んでいた。

 

 坪内散歩・夏子親子も清水寺を拝観に来ていた。

 

 寅さんが運勢判断の商売の口上で「わたくしも

絶世の美女に会うかもわからない」と述べると偶然

にも夏子と再会した。

 

 散歩先生・夏子親子に寅さん・源ちゃんは豪華

なすき焼きのお昼ご飯を御馳走してもらうが、先

生は「正業に就け」と寅さんを叱る。「お前は何で

京都なんぞにふらついてる」と問うと、寅さんは

「生き別れたおふくろが京都に居るんです」と告げ

る。

 

 生老病死を説き、突然の別れはいつくるか分

からないから、今この時間を大事にせよと説く先

生は尋ねて「行け!」と勧め、夏子にも同行を勧

める。

 

 寅さん・夏子がグランドホテルを尋ねると、連れ

こみ旅館のラブホテルだった。そこで、初老の上

品な従業員女性と出会った。寅さんが夢に見て

いた瞼の母とよく似ている。

 女性は身の上話を寅さん・夏子に聞かれ、「満

州事変の前の年(昭和五年)に東京に居ました」

と答える。寅さんはこの人がおっかさんだと直感

する。

 

 女性は、寅さんと夏子を休憩に来た恋人どうし

と勘違いして店に案内し、「バイブレーションちゅう

のが人気ですねん」とベッドの在り方説明する。

 

 勿論寅さんは夏子を愛しているが、身体への

欲望は堪えているし、手を出すつもりは全くない。

無理矢理は寅さんの男の美学に反するし、場所

を悪用するようなことは、恩義ある散歩先生への

義理を裏切ることになる。緊張しつつも、上品な

叔母さんにどうやって息子の名乗りをすべきかで

悩んだ。

 

   「お客さんな、そこへ立っててもうたら、困り

   まんね」

 

 眼鏡をかけた五月蠅い女将が寅さん・夏子を

注意した。寅次郎はこの婆さんに実母が虐めら

れていると感じ、女将に反発する。 

 上品なおばさんは、寅次郎と夏子を部屋に案内

する。寅さん・夏子はドキドキする。叔母さんが入

って来て寅次郎は胸が熱くなる。どうやって言って

いいかわからなくなる。おばさんは、バイブレーシ

ョンのベットや浴室や照明について説明し去る。

 

 夏子は「あの人ここでこき使われているのね。」

と言い、寅次郎に勇気を出すように告げる。

 

 寅次郎はドアを開けて、おばさんに身の上を聞き

東京にいたことから、母お菊ではないかと聞き、手

を掴む。

 

 女将は従業員が寅に手を取られる光景を見て困

惑する。

 

   寅次郎「あんたの本当の名は菊って言うんだ!」

 

   従業員女性「お菊はんは、この人です。」

 

 従業員女性の名はお澄で、お菊は怖い女将さんだ

という。

 

 寅・夏子は驚く。

 

   寅次郎「ええ!」

 

   菊「そや。わてや。何ぞ用事か?グランドホテル

     のお菊はわてやが。何やねん?おまはんら

     に妙ないちゃもん付けられる覚えはないで。

     うちは暴力団との付き合いはないにゃさかい

     な!」

 

  寅次郎は瞠目する。

 

 

   夏子「あのね。そうじゃないのよ。おばさん。昔

       東京に居たことありません?」

 

   菊「東京に居ったことあるよ。葛飾で芸者しとった

     さかいな。」

 

   夏子「男の子産んだでしょ?」

 

   菊「へ!そんなこと、何であんた知ってんね?」

 

   夏子「この人ね。寅次郎さんなのよ。」

 

   

   菊「へ!」

 

 菊は眼鏡をかけて寅次郎を見て息子と確認する。

 

   菊「で今頃何の用事やね?」

 

   夏子「何の用事!?」 

 

   菊「銭か!銭はあかんで!親子でも銭は関係

     あらへん!」

 

   夏子「おばさん!何て事言うの!寅ちゃんは

      ね、産みのお母さんに会いたくて、それ

      だけでここに来たのよ!」

 

   菊「本当かいな?」

 

   夏子「本当よ!」

 

  菊は「悪い事言うたな」と謝り、部屋でコーラでも

飲もうと提案する。夏子は「行きましょう」と寅さんの

手を掴む。

 

   寅次郎「帰ろう。お嬢さん」

 

   菊「なんやの、お前。拗ねた顔して。死んだ親

     父とおんなじ顔して!なんやね。それ!見た

     とこ、堅気ではなさそうなな。こんな素人娘

     を騙しこんで、そんなとこまで、お前親父と

     ソックリか!」

 

 夏子に対する愛を、産みの母に誤解・侮蔑され、寅

次郎の怒りが爆発する。

 

   寅次郎「馬鹿野郎!なんてこと言いやがるん

        だ!」

 

 夏子の懸命の制止を聞かず、寅次郎は啖呵を

切った。

 

   寅次郎「俺は何もこんな淫売野郎の女見る為

        にのこのこやって来たんじゃねえんだ!

        なんでえ。さっきから聞いてりゃ、言い

        てえ放題の御託並べやがって!てめ

        えなんか、どっかへ消えて無くなれ!

        この狸婆!」

 

   菊「何!ようそんな事が言えるな。産みの親に

     向かって!」

 

   寅次郎「てめえが産みの親?」

 

   菊「そやないかい」

 

   寅次郎「誰がてめえに産んでくれと頼んだ!?

        おらあ、てめえなんかに産んで貰いた

        くなかってィ」

  

  菊の顔にも怒りが浮かぶ。

   

  寅次郎「ひりっぱなしにしやがって!人の事ほ

       ったからしにして雲隠れしやがって!

      てめえ。それでも親か!」

 

  菊「ひりっぱなし?ひりっぱなしとはよう言うた

    な?」

 

  寅次郎「てめえが捨てたんじゃねえか?」

  

  菊「やかまっしわい。何抜かしてけつかんね。

    このアホ!お前等に親の気持ちがわかる

    か!?何処ぞの世界にな、自分の子を喜

    んでほる親がおるんじゃ?ええ。何にも

    知りやがらんと好き放題な事言いやがっ

    て。出て行け!」


 

  寅次郎「畜生!」

 

  夏子「寅ちゃん」

 

  菊「何しやがんね?」

 

  寅次郎「てめえがな!産みの親じゃなかったら

       ぶん殴ってやるんだ!」

 

  菊「おう、殴ってもらおうかい。やれや!」 

 

  寅次郎「畜生!」

 

 夏子が泣いて二人を止める。お澄が心配そう

に階段の男女三人の激論を聞く。

 

  寅さんは目頭を押さえて階段を降りて出て

行く。夏子も涙目になって居りて寅さんを追う。

 

 寅は一度だけ振り向いて涙を堪えて走る。

 

   「寅ちゃん」

 

 夏子が追う。

 

 柴又に帰ってきた寅さんは、さくら・おいちゃ

ん・おばちゃん・博・タコ社長に慰められるが、

白黒テレビをつければ、「お味噌ならハナマル

キ」のCMでは少女が「おかあさん」と叫び、心の

傷を刺激される。

 

 散歩先生は「儂が余計なことを言った」と寅さん

に詫びて、教員を殴って退学になった寅も馬鹿

だが、「お前よりももっと悪い事をしている馬鹿が

居る」と指摘する。

 

 寅は「私よりも馬鹿が居りますか?」と問う。

 

 散歩先生は「居る」という教え子の一人が役人

をしていて公用車を乗り回し、自分の家に乗り

つけた作法を指摘する。

 

 藤村医師と夏子の仲は順調に進み、喫茶店で

デートをする。夏子は自身が演奏するコンサート

のチケットを寅さんに渡すが、寅さんは「俺達が

行くところじゃねえ」と言って源ちゃんと商売をする。

 

 夏子から「父が寅ちゃんに折り入って相談があ

ると言ってるの」と聞かされた寅さんは、坪内家に

おいて、散歩先生の「鰻が食べたい」という要望

を聞く。寅さんは鰻料理屋に注文すれば良いと提

案するが、先生は養殖された鰻ではなくて、川で

釣った天然の鰻が食べたいと熱望する。

 

 寅次郎は先生のたっての頼みとあって、源公と

共に川に釣り糸を垂らし、おばちゃんのおにぎりを

食べて機会を待った。夏子は父の無理を聞いてく

れる寅ちゃんに深謝し、鰻屋さんで注文し、「釣った

事にすればいいのよ」と提案する。寅次郎も共感す

る。

 

 源ちゃんが釣り糸に魚がかかったことを叫ぶ。

 

 寅さんが釣り糸を上げると鰻が釣れた!

 

 夏子・源ちゃんも感激する。

 

 「お味噌ならハナマルキ」とCMソングを歌いスキ

ップして坪内家に進む寅次郎。

 

 鰻釣りのニュースを報告する寅さん。

 

 だが、そこで寅次郎・夏子・源公は、動かなくなっ

た散歩先生を見た。

 

  通夜の席で夏子は気丈に振る舞い一滴の涙も

浮かべない。寅次郎は散歩先生が愛用していた椅

子に縋って号泣する。

 

 御前様は「一番泣きたいのはお嬢さんだ。それに

引き換え男のお前の態度はなんだ!」と叱責する。

 

 寅さんは御前様のお叱りを受けて通夜葬儀を取

り仕切る。

 

 葬儀で藤村医師が参列に来て、寅次郎は「義理

堅い」と感謝する。

 

 別室で夏子は藤村に抱き付いて抑えていた涙を

流す。藤村は故散歩先生が結婚を許可してくれた

ことを聞いて感謝し、生前に挨拶できなかったこと

を悲しむ。

 

 その時、出棺を知らせる寅さんがドアを開けてし

まった。

 

☆男の道 顔で笑って腹で泣く☆

 

 

 渥美清は昭和三年(1928年)三月十日東京府

に誕生した。本名は田所康雄である。

 船乗りを目指したが、肺結核に罹り手術で右肺

を除去し術後に胃腸を患い入院生活を送った。

 舞台の喜劇俳優として活躍し、映画・テレビに

出演し大スタアとなった。

 平成八年(1996年)八月四日六十八歳で死去

した。

 

 

 

 山田洋次にとって、テレビ版『男はつらいよ』の

大反響・『男はつらいよ』映画版の大ヒットを経て

の映画第二作を撮る課題はどのようなものだっ

たろう?とてつもなく大きく重い事柄であった事

は想像に難くない。 


 

 永遠の傑作である『男はつらいよ』映画版第一作

をどうやって超えるか?この課題の大きさはファン

にも察せられる。第一作の公開は昭和四十四年

八月二十七日で、本作第二作『続男はつらいよ』

公開は同年十一月十五日である。

 僅か八十日の期間である。第一作のヒットで、松

竹は大当たりのヒットシリーズとなることを直感し、

これまでの態度を改め、山田洋次に続編を依頼

したことが窺える。

 

 長谷川伸の新歌舞伎の傑作戯曲『瞼の母』を基

にして、寅次郎が生き別れた母お菊を尋ねる物語

を、山田洋次が宮崎晃・小林俊一と共に描き演出

した。

 

 これと共に、テレビ版においてレギュラーだった

坪内散歩先生の教えと娘への失恋の物語がこの

第二作においても書かれることになった。

 

 テレビ版同様東野英治郎・佐藤オリエが引き続

き勤めることになった。オリエの役名は冬子から

夏子に変わった。これは第一作で光本幸子のマ

ドンナの役名が冬子であった為であろう。テレビ

版の坪内冬子と本作の坪内夏子は同一キャラク

ターと見ることは当然許されて良い筈である。

 

 『続男はつらいよ』は渥美清・佐藤オリエ・津坂

匡章・佐藤蛾次郎・森川信・東野英治郎の六人

のテレビ版出演者が映画版にも出演した。渥美

清在世の『男はつらいよ』映画版四十八作の歴史

で最初で最後の出来事でもある。

 佐藤蛾次郎出演、渥美清・佐藤オリエ・津坂匡

章・森川信・回想映像出演は令和元年(2019年)十

二月二十七日公開の第五十作『男はつらいよ お

帰り寅さん』で成り立つ。

 

 優劣比較論を述べるつもりはないけれども、『続

男はつらいよ』は、テレビ版『男はつらいよ』・『男は

つらいよ』映画版第一作を受けて、偉大な過去シリ

ーズを超えた永遠不滅の大傑作となったと自分は

考えている。それもテレビ版や第一作があったから

こそ生まれた大傑作でもある。

 

 東野英治郎は明治四十年(1907年)九月十七

日生まれ。戦前の芸名は本庄克二である。重厚

で鋭く渋い芸で日本トーキー映画を支えた大名優

である。

 平成六年(1994年)九月八日八十六歳で死去

された。

 

 寅さんにとって母と師という二人の巨星との物

語が語られることとなった。

 

 寅次郎がさくらと再会し、さくらの抱く赤ん坊満

男を見て、叔父である事を実感するシーンは感

動的だ。中村はやとの赤ん坊満男が可愛い。

 

 倍賞千恵子の美しさは超絶的である。

 

 

 冒頭のシーンの川の葉は、山中貞雄の大傑作

『人情紙風船』へのオマージュではないだろうか?

 瞼の母との再会の夢は、加藤泰の『瞼の母』へ

の讃嘆でもある。

 

 夢にまで見た母の面影をお澄さんに見るが、人

違いで強欲な菊が実母だった。幻滅というよりも

現実の厳しさが響く。

 

 風見章子のお澄は気品の良さが光り輝いてい

る。

 

 ミヤコ蝶々は大正九年(1920年)七月六日、

東京府東京市に生まれた。本名は日向鈴子(ひ

ゅうが・すずこ)である。平成十二年(2000

年)十月十二日、八十歳で死去した。

 

 本作ではミヤコ蝶々がお菊を深く鋭く勤める。

関西弁の激しい言葉は、圧巻である。渥美清と

ミヤコ蝶々の東西べらんめえの激論を、山田・

宮崎・小林はシナリオ段階から想定していたの

ではないかと思える程、二人の演技合戦は壮大

である。蝶々師匠と渥美さんは実際には八歳の

年齢差なのだが、親子に見えるところが芸力で

ある。

 

 当感想文でその激論部分を引用したが、その

音楽的なリズム感の愛憎台詞に圧倒される。

 

 寅次郎は夢にまで見ていた母お菊ががめつい

婆さんだったことに怒り、捨てられた悲しみを怒

鳴る。

 お菊は捨てざるを得なかった訳も聞かずに罵

るやくざな息子に激怒する。

 

 長い月日を経て抑えていた愛情が溢れるが故

に、夢想と違った相手の姿に、息子と母は激論を

交わしぶつかり合って別れる。

 

 寅次郎・夏子が去った後、グランドホテルのステ

ンドグラスのイエスを抱くマリアの像が観客の胸

を熱くする。

 

 散歩先生が漢詩を引用し、出会いは一期一会

であり、次に会いたいと思った時は相手が亡くな

っってしまっていることもあると強調する。大好物の

鰻を食べたいと希望し、最愛の娘の婿に会うこと

を楽しみにしながら、鰻が釣れた時に亡くなり、婿

が葬儀に参列する。生病老死の重さを思った。

 

 寅さんの失恋が本作では強烈である。夏子と藤

村の涙の抱擁を見てしまい、身を引くことを決める。

葬儀では藤村・夏子と同じ車に乗り合わせてしまう。

 

 山崎努が知的な医師藤村を二枚目の演技で勤

める。津坂正章との競演シーンはない。念仏の鉄・

おひろめの半次は四年後である。

 

 さくらの慰めを聞いて、「顔で笑って腹で泣くよ」と

失恋の傷を腹の涙と確かめ、笑顔で語った寅さん。

 

 清水寺の坪内親子、毘沙門町のグランドホテル

と京都ロケが鮮やかに映える。

 

 

 たとえ幻想と違っていても、現実の相手を大切

にする。

 

 山田洋次が教えてくれた愛のメッセージは暖か

い。笑わせながら泣かせ、出会い・別れの重さを

伝える作劇は凄い。一期一会の人生を大事に

し、一分一秒が重要であることを教わった。

 

 

 

 山田洋次は本作を以て一旦『男はつらいよ』監

督を降りて、第三作『男はつらいよ フーテンの寅』

第四作『新男はつらいよ』の演出に森﨑東・小林俊

一を推し、自身は脚本のみ書き、『家族』に専念し

ようとする。

 

 第五作『男はつらいよ 望郷篇』は完結篇の心

で監督オファーを受ける。本作で兄寅次郎が満

男の小遣いでくれたお金の御礼で、さくらが兄に

堅気になって欲しいという気持をこめてお金をあ

げるシーンがある。

 

 師匠御前様の叱責に学び、顔で笑って腹で泣く

道を歩む車寅次郎は男の鑑である。寅次郎のよ

うに逞しく生きることが難しくても、憧れだけは胸

に燃やして、何があっても腹で泣きつつと笑顔で

歩みたい。

 

 

 

 ラストは新婚旅行の夏子と藤村が三条大橋にお

いてある光景に感嘆する。

 

 寅次郎と菊が語り合っている。

 

 夏子が見届ける。

 

 父散歩に心で報告する。

 

 見つめる夫藤村。

 

 親子の絆に胸が熱くなった。

 

『男はつらいよ 奮闘篇』

映画 トーキー 92分 カラー

昭和四十六年(1971年)四月二十八日公開

製作国 日本

製作言語 日本語

製作 松竹大船

配給 松竹

 

 出演

 

 渥美清(車寅次郎)

 

 倍賞千恵子(諏訪さくら)

 

 榊原るみ(太田花子)

 

 光本幸子(冬子)

 ミヤコ蝶々(菊)

 

 田中邦衛(福士先生)

 柳家小さん(拉麺屋のおじさん)

 犬塚弘(巡査)

 

 前田吟(諏訪博)

 三崎千恵子(車つね)

 佐藤蛾次郎(源公)

 中村はやと(諏訪満男)

 

 福原英雄

 小野泰次郎

 城戸卓

 江藤孝

 長谷川英敏

 山村桂二

 高畑喜三

 北竜介

 

 森川信(車竜造)

 笠智衆(御前様)

 

 製作 斉藤次男

 企画 高島幸夫

     小林俊一

 

 脚本 山田洋次

     朝間義隆

 

 撮影 高羽哲夫

 音楽 山本直純

 

 美術 佐藤公信

 装置 小野里良

 装飾 町田武

 録音 中村寛

 調音 小尾幸魚

 照明 内田喜夫

 編集 石井巌

 進行 長島勇治

 衣装 東京衣装

 現像 東京現像所

 製作主任 池田義徳

 協力 柴又神明会

  

 主題歌 『男はつらいよ』

 作詞 星野哲郎

 作曲 山本直純

 唄  渥美清

 

 原作・監督 山田洋次

 

 ☆

 令和二年(2020年)六月二十九日

 大阪ステーションシティシネマ

 シアター5 F-16席にて鑑賞

 ☆ 

 令和二年(2020年)九月五日発表記事・令和

三年(2021年)四月三日発表記事・令和四年(2

022年)六月二十一日発表記事・令和六年(2

024年)三月五日発表記事を再編している。

 ⭐

 

 雪国の駅では集団就職する生徒達を親達

が励ましている。車寅次郎は学生服の生徒

達に寂しくなったら東京柴又葛飾の団子屋

とらやを尋ねるようにと伝え、俺の叔父夫婦

が営んでるんだが、みんな良い人間だから

優しくしてくれるよと解説する。

 

 汽車が出ると「ああ!俺も乗るんだ」と気付く

寅さん。

 

 柴又とらやにタクシーが止まる。京都のラブホ

テルで働き財を為した元芸者で寅さんの実母菊

だ。とらやの前で満男を連れたさくらを見て、寅

にこんな綺麗な嫁がおまんのと驚き、この子儂

の孫かと目を細める。さくらは寅次郎の妹である

ことを語る。

 亡き車平造とその妻の娘と知った菊は、寅次

郎の母と妹ながら、わたいら血の繋がりあらへ

んなと確かめ合う

 

 菊は、派手な衣装を着て竜造・つね夫妻に挨

拶し帝国ホテルに滞在していることを伝える。

 兄平造の愛人だった菊が煌びやかな衣装を着

ていたことに竜造は、故郷に錦を飾りたいんだろ

うなと察する。

 

 題経寺には冬子が子供を連れて父御前様と

語り合う。

 

 とらやでは竜造が甥寅さんが帰ってくる様子を

真似ようとする。「寅の馬鹿」と語った時に真後ろ

に寅さんが帰宅して睨む。慌てて謝るおいちゃん。

 おばちゃんは言わんこっちゃないと夫を注意

る。

 自分を魚に馬鹿にして笑ってんだろと寅さん

が糾弾する。さくらだけは味方だったのにと失

望する。

 

 さくらは違うのよと力説する。怒ってとらやを出

ようとする寅さんにさくらがお母さんが来ているの

よと伝える。

 

 冬子がとらやの前に来て、お母さんが来て

おられると伝え、寅さんは菊と会う気持ちを

固める。

 

 帝国ホテルの菊の部屋を寅さん・さくらが尋ね

る。寅さんはマイペースで無茶苦茶を語り、さく

らは寅さんが赤ん坊の時代を聞き、菊は涙な

がらに出産時の苦労を語る。

 寅さんは便所と風呂で手の洗い方を間違えた

事も知らずその事を驚き豊かに語る。ホテルのベ

ッドで遊び、菊に「寅!」と一喝される。さくらは

お菊さんが語っておられるのに失礼よと諭す。

 菊は寅に「恋ばっかりしおって!」と叱る。

 

 さくらは、お菊さんの言葉はお兄ちゃんに言

い過ぎですと注意する。菊は兄思いのさくらの

言葉に感涙に咽ぶ。

 

 寅さんは拉麺屋で美人の知的障害の娘を

見る。彼女が食べ終わり店から出ると店の

親父さんと語り合う。心配になった寅さんは

少女に行き先を聞く。少女の名は太田花子

で勤務先が嫌になり故郷青森に帰ろうとして

いた。寅さんは彼女を保護するように守り

交番に連れて行く。寅さんと巡査は相談し

花子が上野駅から青森に帰るのが一番良い

として、寅さんは自腹で彼女の旅費を援助

し、上野駅から人に質問するようにと注意

するが心配になり、車寅次郎と名乗り、とら

やの住所をメモに書き渡す。花子は駅の階

段を昇り、寅さんは励まして別れる。

 

 数日後花子がとらやを尋ねる。寅さんも

とらやに帰ってきた。寅さんは愛する花子を

守り、「何処にも行くな」と言って聞かせる。多

摩川の土手で花子は「寅ちゃんの嫁コになり

たい」と言ってくれた。

 感極まり喜ぶ寅さんは花子との結婚生活

を夢見て感激する。

 だが、寅さん不在の時に花子の小学校時代

の教師であった福士先生がとらやに現れ、花

子の将来を考え青森に連れて帰ってしまう。

 

 とらやに帰ってきた寅さんは「花子どうした?」

と問い事情を聴き悲しみ出て行く。

 

 数日後とらやに葉書が来て差出人の寅さんは

花子と再会したことを記した。さくらは心配になり

八戸轟木を尋ねる。小学校において福士先生と

会う。その学校において花子は元気に働いてい

た。福士先生は寅さんが学校を尋ねに来たこと

をさくらに報告する。

 

 兄の無事を祈るさくらは東北のバスに乗る。

 

 車内では乗客相手に元気よく喋る寅次郎が

居た。

 

 ☆寅にとって厳しいお母ちゃん☆

 

 前作『男はつらいよ 純情篇』の駅の兄妹別

離に万感迫る情があり、シリーズ原点回帰・再

スタートの課題を感じたが、この第七作『男は

つらいよ 奮闘篇』においても第一作マドンナ

冬子と第二作の母の主題を体現した菊の再登

場がある。二人の存在感にシリーズ全体の確

認が為されている印象を受けた。

 

 光本幸子の上品な美貌は素敵だ。

 

 ミヤコ蝶々の鉄火母ちゃんの凄みも圧巻であ

る。

 

 「恋ばっかしよってからに」と寅次郎を厳しく

叱り飛ばすお菊は怖い。

 ミヤコ蝶々と渥美清は八歳違いだが親子に見える

ことも芸の力なのだろう。

 

 夢に見ていた母は優しく慈愛深い存在だったが、

実際に再会した菊は金にがめつい婆ちゃんだった。

寅は反発し棄てられたことに抗議するが、三条大橋

で親子愛が二人に再燃する。帝国ホテルで再会する

と母は息子の失恋続きの片想い人生を叱る。

 

 竜造が「お菊さん。故郷に錦を飾りたいんだろう

な」の台詞を語る。森川信の話法が渋い。

 

 故平蔵が酔った勢いでお菊を抱いて、お菊は寅を

妊娠した。このことはシリーズで台詞で語られる。

第一作で平蔵は写真で登場する。演じている役者の

名前は分からない。

 

 竜造には兄が遊び、菊が甥寅次郎を出産したことに

様々な想いがあるようだ。

 

 甥寅次郎が可愛いからこそしみじみと「馬鹿」を

語る。

 

 後半お菊がお澄に指導するシーンがある。風見

章子の登場シーンは本作ではないが、人物お澄は

引き続きラブホテルで働いていることが窺える。

 

 純粋無垢なマドンナ太田花子を榊原るみが演

じ勤める。可愛くて真面目で一途な花子の生き方

を榊原るみが探求する。寅さんにとって花子は守り

たい存在であった。想いは勿論恋だが、「花子を

守りたい」という優しい心には何処か家庭的な

愛情がある。花子は憧れ恋するマドンナである

が、さくらに匹敵する程大事な妹でもある。

 

 寅さんの優しさに感動した花子は「寅ちゃんの

嫁コになりたい」というあったかい言葉を語って

くれる。遂に寅さんの一途な愛が報われる時が

来るか?この問いを観客は抱き胸を弾ませる。

 

 

 

 

 

 そこへ福士先生の親切心と教育的配慮によ

る指導が入り、花子は青森帰郷となり、寅さん

の恋は砕け散る。福士先生は寅さんの恋につ

いて知らない。善意が知らぬ間に一人の男の

恋路を潰してしまう。このドラマの鋭さに痺れる。

 

 柳家小さんの拉麺屋の親父さん。

 

 犬塚弘の巡査。

 

 

 名優達の優しい心の表現に暖かさを感じた。

 

 

 三崎千恵子のおばちゃんの優しさに心打たれ

る。

 

 前田吟の博の直向きさ、太宰久雄の蛸社長の

おかしみ、佐藤蛾次郎の源ちゃんの喜劇性も強

な印象を与えてくれる。

 

 笠智衆の御前様の重みとユーモアが作品を

引き締める。

 

 失恋した寅さんを、さくらが追うという終盤の

ドラマに兄妹の絆を感じた。

 

 東北の美しい景色を背景にしてバスの中で

寅さんとさくらは再会する。

 

 兄の元気で無事な姿を見てさくらは感動す

る。

 

 その優しい兄思いの真心が観客の胸を暖

めてくれる。

 

 

 福士先生役の田中邦衛は昭和七年(1932年)

十一月二十三日に誕生した。豊かな芸力で昭和・

平成の日本映画・日本テレビドラマを支えて下さ

った。

 福士先生のようなあったかくて優しい教育者か

ら残虐非道な殺し屋まで、全てが輝いている。

 

 令和三年(2021年)三月二十四日八十八歳で

死去した。

 

 

 

 福士先生の優しい東北弁は観客の心に深く響

いている。

 

 本作において渥美清と田中邦衛の激突共演は

寅次郎と福士先生のすれ違いの設定で実現しない。

やむを得ないが惜しい。

 

 さくらが東北の学校で福士先生の言葉を聞く

シーンは暖かい。

 

 実母菊は寅が美女に片思いして振られる日々を

見つめ直せと叱る。さくらは厳しすぎる叱声と注意

する。さくらが抱く満男を見て、お菊は始め自身の

孫かと錯覚した。孫が観たいという御菊の祖母愛を

ミヤコ蝶々がじっくりと見せる。 

 

 さくらは寅次郎の最愛の妹でありつつ精神的な

母親でもある。

 

 バスで寅次郎・さくらが再会するラストに心

の底から熱くなった。

 

                      

                文中一部敬称略


 

                     合掌