伊賀越道中双六 沼津  お米 片岡秀太郎 平成四年五月・平成二十二年十二月南座  | 俺の命はウルトラ・アイ

伊賀越道中双六 沼津  お米 片岡秀太郎 平成四年五月・平成二十二年十二月南座 

 二代目片岡秀太郎

 本名 片岡彦人

 歌舞伎役者。

 昭和十六年(1941年)九月十三日生まれ。

 令和三年(2021年)五月二十三日死去。

 七十九歳。

 

 

 片岡秀太郎没後三年・四回忌御命日の本日は当たり

役の一つ『伊賀越道中双六』のお米役二舞台を尋ねた

い。

 

 『伊賀越道中双六』(いがごえどうちゅうすごろく)の

作者は近松半二・近松加作で、天明三年(1783年)四

月大阪竹本座にて初演された。

 

 寛永十一年(1634年)荒木又右衛門が義弟渡辺数馬

を助けて、舅の仇河合又五郎を討った。この事件を脚色

した作品であるが、上演時代には関係する氏族に配慮

し、応仁の乱の時代の物語として設定された。

 

 荒木又右衛門は唐木政右衛門、渡辺数馬は和田志津

馬、河合又五郎は沢井股五郎として脚色された。

 

 上杉家の家臣和田行家の息子志津馬は、傾城瀬川

を愛していた。沢井股五郎は身請けの金の為に和田家

重宝政宗の刀を質に入れるようにと唆した。

 志津馬には谷という姉がいたが、唐木政右衛門と駆

け落ちした。股五郎は正宗の刀を行家が取り戻したと

聞き、和田家の奴実内を内応させて、計略を巡らせ、

行家を殺害し、口封じに実内も斬殺する。しかし、刀は

和田家にはなかった。股五郎は逃走し従兄弟の沢井

城五郎を頼る。城五郎は呉服屋十兵衛に股五郎の道

案内を頼み、股五郎は沢井家伝来の妙薬を十兵衛に

渡し、九州相良に向かった。

 

 『沼津』は十兵衛が東海道沼津で雲助の老人と出会

い、老人の娘に一目惚れし、二人が自身にとって深い

縁のある人間達であったことを知る物語である。

 

 

 

 鎌倉の呉服屋十兵衛は荷物持安兵衛と休息して

いたが、用事を手紙に認め、安兵衛に託した。

 

 老いた雲助の平作が十兵衛に荷物を持たせて頂

きたいと頼む。一度は断った十兵衛だが、今日の稼

ぎがないという老人の話を聞き、荷物を預ける。

 

 しかし、七十歳の老人平作は足取りが不安定で

生爪を剥がしてしまう。

 十兵衛は薬を塗ってあげて平作の傷を治し、荷物

を担ぎ駄賃を与えた。

 

 平作の娘お米こと実は瀬川は、この日が彼女の

亡き母親の命日で墓参りをした日に、父が助けら

れた事を聞き、十兵衛に御礼をしたいと申し出た。

 

 十兵衛は美しいお米に恋をして、招待を受ける。

平作・お米の家はみすぼらしいあばら家で出して

くれたお茶もでがらしのようである。

 

 しかし、お米を愛する十兵衛は、追いついて

きた安兵衛を先に立たして、彼女に乞われるま

ま留まる。

 

 十兵衛はお米に一目惚れした事を告白し、女房

にしたいと申し出る。平作は娘には夫が居ります

と断りの理由を述べる。

 失恋した十兵衛は立ち去りを決意するが、平作

・お米親子は懸命に止めて一泊する事を承知する。

 

 深夜にお米が十兵衛の印籠を盗もうとする。十

兵衛はその行為を見つけて問い質し、平作は娘を

叱責する。お米は足を負傷している夫の為に妙薬

が欲しかったのですと気持ちを述べて謝る。

 十兵衛はお米は瀬川で和田志津馬の妻である

事も察した。お米殿に兄弟はいるかと十兵衛は問

い、平作はお米の兄平三郎が居り、二歳で他家に

養子に出しましたと答えた。

 

 平三郎こと十兵衛は出会った雲助が実父で、愛

した娘お米こと瀬川が妹と知り内心驚くが、薬は股

五郎から譲り受けた物で渡せない。行家殺害の

下手人であっても十兵衛は股五郎に義理がある。

 

 石塔寄進に事を寄せて、十兵衛は金子を渡し、

「人間万事芭蕉葉の露より脆い人の命」とお米

に語る。

 

 十兵衛が去った後、彼が置いて行った印籠は

沢井股五郎持っていた物であり、金子に添えら

れた臍の緒書きから、別れた息子平三郎である

ことを平作は知り、後を追う。

 

 志津馬の家臣池添孫八が現れ、お米は彼と共

に父と兄である十兵衛こと平三郎を追いかける。

 

 夜の千本松原。十兵衛に追いついた平作は娘

お米の夫志津馬の仇沢井股五郎の在所を教えて

頂きたいと懇願する。沢井城五郎・股五郎に義理

がある十兵衛は実父の頼みでも受けられず拒絶

する。志津馬の傷を治すようにと平作が持ってきた

印籠を渡した。

 平作は隙を見て十兵衛の脇差を奪って自身の

腹を切り、死に行く者に股五郎の居場所を教えて

頂きたいと最期の頼みを熱く述べる。

 

  「沢井股五郎が落ち着く先は九州相良」

 

 十兵衛は遂に股五郎在所を明かし、断末魔の

平作に「お父っあん」と語りかけ息子として接し、

苦しい息で平作も父として愛を語る。お米・孫八

が現れる。父と兄と妹として、三人は関係性を

確かめ合う。息子・娘・義理の息子の家臣に見

守られながら平作は息を引き取る。

 令和三年(2021年)六月八日発表記事・同年

五月三十一日発表記事を再編し、平成四年五月、

平成二十二年十二月十三日の秀太郎のお米役の

名演に学びたい。鑑賞した劇場はいずれも南座

である。

 

伊賀越道中双六 沼津 一幕

平成四年五月公演

南座

 

呉服屋十兵衛 中村鴈治郎

 

お米       片岡秀太郎

 

池添孫八    中村鴈治郎

 

 

荷物安兵衛  中村扇豊

 

雲助平作   中村富十郎

 

中村鴈治郎→四代目坂田藤十郎

 

片岡秀太郎=片岡彦人

 

中村智太郎→四代目中村鴈治郎

 

中村扇豊→初代中村寿治郎

 

中村富十郎=五代目中村富十郎

 

 三代目中村鴈治郎後の四代目坂田藤十郎

の十兵衛は暖かさと優しさが溢れていた。愛と

義理の板挟みに悩むあり方を繊細に勤めた。

 

 「人間万事芭蕉葉の露より脆い人の命」の名

台詞を深い語りで伝えてくれた。「これが息を継ぐ

話法か!」と感嘆したことをよく覚えている。

 

 片岡秀太郎のお米は古風で気品豊かで優美

であった。

 

 前述の兄十兵衛の「人間万事芭蕉葉の露より脆い

人の命」を聞く妹お米の確かめは、暖かった。

 

 中村智太郎後の四代目中村鴈治郎の孫八には

力感があった。

 

 中村富十郎の平作は重厚で力強くて剛直の

老父であった。

 

 寝転びつつ、足を豪快に振る仕草に天王寺屋の

豪快さを感じた。

 

 腹を切って、志津馬の仇股五郎の在所を聞く平

作。その自己犠牲の精神を富十郎が深い芸で伝え

てくれた。

 

 三代目鴈治郎・秀太郎・富十郎の三人による兄・

妹・父は情と義理の深さを教えてくれた。父の最期

に親子の名乗りが成り立つことに切なさが極まる。

 

 ◎

 迂闊にもこの平成四年五月の名舞台の鑑賞日メモ

を紛失してしまった。

 

 秀太郎のお米の優美さは勿論私の心に焼き付いて

いる。

 numadu

 

京の年中行事

當る卯歳 吉例顔見世興行

東西合同大歌舞伎

昼の部

第四 十三世片岡仁左衛門を偲んで

伊賀越道中双六 沼津 一幕

平成二十二年十二月十三日公演

南座

 

呉服屋十兵衛 片岡仁左衛門

 

お米       片岡秀太郎

 

池添孫八    片岡進之介

 

旅人夫      片岡松之助

旅人女房    片岡松之亟

巡礼の夫    中村鴈童

巡礼の女房   中村扇之丞

飛脚        坂東玉雪

駕籠       片岡當十郎

駕籠       市川新十郎

旅の男      市川新蔵

旅の女      中村春花

村の女房    坂東守若

旅人喜平    片岡仁三郎

茶屋娘お花   片岡嶋之亟

 

荷物安兵衛  中村歌昇

 

雲助平作   片岡我當

 

片岡仁左衛門=初代片岡孝夫

 

片岡秀太郎=片岡彦人

 

中村歌昇→三代目中村又五郎

 

片岡我當=片岡秀公

 

 片岡家の演出では東海道沼津の茶店では

沢山の旅人が休息している。

 巡礼も休んでいた。茶屋の娘お花が働い

ている。発作を起こしてしまう旅人もいる。

無声映画のような動きをする人もいる。十三

代目片岡仁左衛門の演出の継承であると見て

いる。

 

 

 十五代目片岡仁左衛門の呉服屋十兵衛の美貌と

色気は輝いていた。

 

 五代目片岡我當の平作は年老いて働く平作の

年輪をしみじみと伝える。客席を平作と十兵衛が

歩むのが歌舞伎演出の特徴で、客席が湧く。

 我當は足が厳しい事を聞いているが、元気に

歩んでいた。仁左衛門が役を生きながら、兄の

足を気遣って見守っていることは客席からも窺

えた。

 

 十兵衛が妙薬を平作に塗ってあげる場には

いつも心を打たれる。二人は親子とも知らずに

荷物持ちの道中を行く。

 

 片岡秀太郎のお米は美しくて可愛くて気品が

豊かであった。その古風な美貌は舞台に輝いて

いた。

 

 十兵衛がお米の美貌に惚れて髪を直す仕種

に観客の心も踊る。

 

 中村歌昇後の三代目中村又五郎が安兵衛を

好演する。三代目又五郎の玄祖父初代中村歌

六の三女しまは、我當・秀太郎・仁左衛門の曽

祖父八代目片岡仁左衛門の妻である。

 

 初めは喜劇的にドラマが語られるが、次第に

家庭事情が明かされ、生き別れた親子・兄妹

である事を知り、仇討ち関係者の居場所問題

の守秘義務が湧きおこり、情と義理の板挟み

が示され、大詰で悲しみと切なさがこみあげる。

 

 作者近松半二・近松加の作劇の見事さに驚

嘆する。

 

 十兵衛の失恋、深夜のお米の印籠盗み、平作

の言葉という展開が三人の関係性を明らかにし

て行く。

 

 初代片岡進之介の孫八はせりふに力感があ

った。

 

 父と妹に名乗りたいが名乗れず、仇討ちに燃

えていることに協力したいが義理から諦めざるを

得ない。

 

 仁左衛門が十兵衛の苦悩を熱演する。

 

 生き別れた息子に出会い、仇の居場所を何と

しても聞き出して欲しい。

 

 千本松原の大詰で、平作は息子と知りつつも、

お客に荷物持ちの雲助として接して股五郎居場

所教授を頼むことも印象的だ。

 

 平作の切腹を見て、十兵衛は遂に義理を破り、

股五郎の居場所を「九州相良」と教える。万感

迫る息子の痛みと父の犠牲を、弟仁左衛門と

兄我當が魂の芸と芸で示し合い、秀太郎のお

米が情で包んだ。

 

 悲しみと愛が熱く燃えた名舞台であった。

 

 平作の断末魔に、ようやく親子兄妹の関わ

りを三人が語り合い確かめ合う。

 

 片岡我當・片岡秀太郎・片岡仁左衛門の

三兄弟の芸と芸と芸の呼応に家族・兄妹の

深い愛と絆を学んだ。

 

 

 

 令和三年(2021年)五月二十三日に片岡秀

太郎が七十九歳で亡くなった。五月五日にブ

ログ『千里山のドンファン』を更新し、元気な

画像を公開されていたので、吃驚した。

 

 父・兄を思うお米の情愛に感動した。

 

 長年の相手役の三代目中村鴈治郎後の坂田藤

十郎との兄妹役には万感迫るものを想った。

 

 藤様が亡くなった時に秀さまは「未亡人の気

持ちです」と語っていた。

 

 五代目中村富十郎との親子の絆も暖かった。富

様の老けは珍しいので貴重な鑑賞機会だった。

 

 兄我當・弟十五代目仁左衛門との競演を見て

胸が熱くなった。

 長男の父・次男の娘・妹・三男の息子・兄の

配役である。

 

 家族の情と筋目の義理がぶつかり合う。

 

 平作の切腹によってようやく三人は親子兄妹

の語り合いが成り立つ。

 

 喜劇で進み大詰で悲劇になる。悲劇で情愛が

熱くなる。 

 

 片岡秀太郎の古風な芸は、お米役の美に光り

に輝いている。

 

                                    文中一部敬称略

 

                  合掌

 

 

               南無阿弥陀仏

 

 

                 セブン