近松門左衛門作 橋本忍脚本 映画『女殺し油地獄』『夜の鼓』 併せて学ぶ | 俺の命はウルトラ・アイ

近松門左衛門作 橋本忍脚本 映画『女殺し油地獄』『夜の鼓』 併せて学ぶ

『女殺し油地獄』

 

 映画 トーキー カラー 99分

 昭和三十二年(1957年) 十一月十五日封切

 製作国 日本

 製作言語 日本語

 

 製作会社 東宝映画

 配給   東宝

 製作  堀江史朗

     戸板康二

 原作 近松門左衛門 『女殺油地獄』

 脚本 橋本忍

 音楽 宅孝二

 撮影 中井朝一

 美術 河東安英

 録音 藤好昌生

 照明 猪原一郎

 風俗考証 木村荘八

 和楽指導 杵屋栄二

      田中傳左衛門

 監督助手 松森健

 

 中村扇雀(河内屋与兵衛)

 

 香川京子(おちか) 

 新珠三千代(豊島屋お吉)

 

 藤乃高子(天王寺屋小菊)

 山茶花究(豊島屋七左衛門)

 三好栄子(河内屋さわ)

 三津田健(山本森右衛門)

 

 

 

 若宮忠三郎(さわの弟・太兵衛)

 池田栖子(お清)

 志摩多佳子(お千代)

 上田寛(郎九)

 

 岩井半四郎(小栗八弥)

 芦屋雁之助(皆朱の善兵衛)

 芦屋小雁(刷毛の弥五郎)

 水の也清美(女将・おまき)

 三田照子(仲居・おいち)

 谷晃(白稲荷法師)

 南道郎(幸平)

 桂米朝(市兵衛)

 田武謙三(小兵衛)

 林雄次郎(佐次郎)

 大村千吉(宇吉)

 市原悦子(お梅)

 畑義温(長松)

 加藤武(同心)

 都家かつ江(さく)

 馬野都留子(茶屋の婆さん)

 一万慈鶴恵(かめ屋の婆さん)

 河美智子(河内屋の女中)

 山田圭介

 藤森武

 瀬良朗

 

 中村鴈治郎(河内屋徳兵衛)

 

 

 

 監督 堀川弘通

 

 ◎ 

 鑑賞日時場所

 平成十年(1988年)十月四日

 京都文化博物館

 ◎

 河内屋与兵衛は油問屋の息子で放蕩無頼の

日々を送り遊びに男の生き方を見出している。

 

 実母さわと義父徳兵衛に甘やかされ大金を

湯水のように使い芸者との遊びに明け暮れ喧嘩

を為していた。遊女小菊に惚れた与兵衛は遊び

に明け暮れるが金は底をつき手形判偽造で借金

は重なる。

 

 返済期限が迫った与兵衛は小菊に愛想を尽か

される。

 母さわや妹おちかにも乱暴な振舞をする与兵衛

に徳兵衛は遂に激怒し、「お前の親父殿が殴って

おるのじゃ」と与兵衛を打擲し叱る。遂に与兵衛

も恥じ入る。

 

 与兵衛は優しくしてくれる人妻豊島屋お吉を

尋ねる。

 

 

 ◎油の中の凶行◎

 

 

 

 

 

 坂田藤十郎(さかた・とうじゅうろう)

 歌舞伎役者・俳優

 昭和六年(1931年)十二月三十一日京都府に誕生。

 本名 林宏太郎

 芸名歴 昭和十六年(1941年)十月角座

      二代目中村扇雀を名乗る。

      

      平成二年(1990年)十一月歌舞伎座

      三代目中村鴈治郎を襲名。

 

      平成十七年(2005年)十一月南座

      四代目坂田藤十郎を襲名。

 

 令和二年(2020年)十一月十二日

 十時四十二分東京都内病院で死去。八十八歳

 

 『女殺し油地獄』は二十五歳で主演を張り主人公

与兵衛役を熱き芸で勤めた。

 

  

 新珠三千代(あらたま・みちよ)は昭和五年

(1930年)一月十五日奈良県奈良市に誕生した。

本名は戸田馨子(とだ・きょうこ)である。平

成十三年(2001年)三月十七日七十一歳で死去

した。

 お吉役は二十七歳で演じた。優しく暖かい人妻

で犠牲になる存在である。優しさ故に凶刃にかかる

女性の悲劇を鋭く探求している。

 

 

 二代目中村鴈治郎

 (にだいめ・なかむら・がんじろう)

 本名林好雄 

 芸名歴 初代中村扇雀

     四代目中村翫雀

     二代目中村鴈治郎

 

   明治三十五年(1902年)二月十七日生まれ。

  昭和五十八年(1983年)四月十三日死去。

  八十一歳。

 

 

 堀川弘通(ほりかわ ひろみち)は大正五年(1

916年)十二月二十八日京都市に誕生した。

 

 平成二十四年(2012年)九月五日、九十五歳で死

去した。


 

 東京大学卒後東宝に入社し山本嘉次郎監督、高峰

秀子主演の映画『馬』の助監督を勤め、黒澤明監

督作品においても助監督として活躍した。

 昭和二十年(1945年)召集され復員後東宝に戻っ

た。

 

 昭和三十年(1955年)井上靖原作の『あすなろ物

語』の演出で監督デビューを飾る。「あすなろう」

のこころが光る名作である。


 本作においては放蕩と暴力に走り殺人を犯してし

まう青春を鋭く探求した。

 

 

 橋本忍(はしもと・しのぶ)は大正八年(1917年)

四月十八日兵庫県に誕生した。

 伊丹万作の指導を受けて脚本を書き、昭和日本映画

シナリオ史を代表する存在となった。

 平成三十年(2018年)七月十八日、百歳で死去した。

近松門左衛門の傑作『女殺油地獄』を鮮やかに脚色して

いる。

 徳兵衛が借金を肩代わりしていて与兵衛は返済がまだ

と思って凶行を犯す。この脚色はお吉の悲劇を強烈なも

のにしている。

 

 河内屋与兵衛は快楽・享楽を求め放蕩に明け暮れ、

親が恵んでくれた金を浪費し、借金をこしらえ返済

に困り、遂に惨たらしい殺人を犯してしまう。

 

 欲望に暴走し乱行の落とし前としての借金に苦しみ

破壊的凶行に走る。

 

 愚かで短絡的ではあるが与兵衛は哀れな存在である。

 

 

 

 実の父子である二代目中村鴈治郎と二代目中村扇

雀が義理の父子役で激突競演する。親子の情に心を

打たれる。

 

 ようやく反省した時に借金を返す為に惨たらしい

殺人を犯してしまう与兵衛。油にまみれる与兵衛が

逃げるお吉を無残に刺殺する。堀川弘通は地獄の苦

しみを鋭く尋ねる。油と血に塗れるお吉が馬鹿者の

与兵衛に斬殺されるクライマックスは痛ましくて

残酷美がある。

 

 

 

 平成十七年(2005年)十一月十二日の京都シルク

ホールの『エイジアンブルー 浮島丸サコン』上映

会トークショーで堀川弘通監督は憲法九条の平和主

義の尊さを語った。上映会終了後監督に映画を鑑賞

した感動をお伝えした。この日が堀川弘通監督との

一期一会の出会いだった。

 

 与兵衛の哀しい青春を扇雀が渾身の熱演で演じ

鮮烈な印象を与えてくれた。

 

 ラストは刑場に引き回され群衆に極悪の罪を糾弾

された与兵衛は言い返す。

 

 後に劇場客席で二代目中村扇雀・三代目中村鴈治

郎・四代目坂田藤十郎の豊かで華やかな歌舞伎芸を

見て暖かさを教わったが、若き日銀幕で悪に走る青

春を激しく演じていたことを思い緊張した。

 

 若き二代目中村扇雀が油を浴びながら刃を振るう

与兵衛を体当たりで勤め銀幕に悪の華を咲かせた。

 

 

 『夜の鼓』

映画 95分 白黒

昭和三十三年(1958年)四月十五日公開

製作国  日本

製作    現代プロダクション

配給    松竹

 

製作    山田典吾

原作    近松門左衛門

       『堀川波の鼓』

脚本    橋本忍

       新藤兼人

撮影    中尾駿一郎

照明    平田光治

録音    空閑昌敏

編集    河野秋和

美術監督 水谷浩

衣裳考証 上野芳生

道具考証 高津年晴

音楽監督 伊福部昭

邦楽    豊沢猿二郎

       望月太明吉


 

出演

 

三國連太郎(小倉彦九郎)

 

森雅之(宮地源右衛門)

 

日高澄子(おゆら)

雪代敬子(お藤)

奈良岡朋子(おりん)

東恵美子

毛利菊枝(きく)

夏川静江(なか)

 

中村萬之助(小倉文六)

東野英治郎(黒川又左衛門)

菅井一郎(太田四郎兵衛)

加藤嘉(間瀬兵馬)

殿山泰司(政山三五郎)

柳永二郎(米林外記)

松本染升(成山忠太夫)

浜村純(和久田市之進)

島田屯(又平)

金子信雄(磯部床右衛門)

 

有馬稲子(お種)

 

監督 今井正

 

☆☆☆

中村萬之助→二代目中村吉右衛門

☆☆☆

平成十年(1998年)十月十日

京都文化博物館映像ホールにて鑑賞

☆☆☆

 

 鳥取藩士小倉彦九郎は江戸での勤めを

終え、愛しい妻種に会いたい気持ちを燃やし

帰国に向かう。

 しかし、鳥取に帰ると、種が不義密通を働

いたという噂を聞いた。不貞の相手は鼓の

師匠の宮地源右衛門だという。宮地は種を

思っていた。

 彦九郎は愛する妻種を問い質す。種はき

っぱりと否定する。

 だが、噂を蒔いたと思われる磯部床右衛門

を彦九郎が厳しく問い詰めると、磯部は種の

不義を語った。

 

 磯部も種に想いを寄せていたのだった。彼は

彦九郎が留守であったことを狙って、種に迫った

が宮地に阻まれたのだった。

 

 彦九郎は再び種を問い詰めた。遂に種は語

った。酒が入っていたこともあり、思いつめて

いた暮らしから、宮地の口説きに合って、思わず

許してしまったのだった。

 

 不義密通は許されぬことで、彦九郎は最愛の

妻に自害を命じる。種は自害せねばならないと

思うものの、死にたくないという気持ちが抑えら

れない。

 

 彦九郎は涙を飲んで最愛の妻種を斬る。

 

 一子彦六が泣く。

 

 彦九郎・彦六親子は妻仇討ちの旅に出て、宮

地を襲い、斬った。妻仇(めがたき)討ちを成就

するが、愛する妻が戻ってくる訳ではない。彦九

郎の心の悲しみも又晴れた訳ではないようだ。

 

 ☆☆☆忍・兼人が尋ねる妻敵討ち☆☆☆

 

 近松門左衛門の浄瑠璃『堀川波鼓』の映画化で

ある。『堀川波鼓』は宝永四年(1707年)の初演と

言われている。

 小倉彦九郎は妻種を溺愛している。

 

 だが種は一夜浮気(不義)をしてしまった。夫の

同僚磯部に言い寄られ、鼓の師匠宮地に助けら

れたが、酒を飲んでいたこともあり、宮地の誘惑

に合い、彼に身体を許してしまう。

 

 種は自害する。彦九郎は泣き、妻仇討ちとして

宮地を襲い斬った。

 

  

 今井正は明治四十五年(1912年)一月九日

東京府に誕生した。東京帝国大学に学び中退後

J.O.スタジオに入社し後に監督となり、数々の

反戦平和希求物語を語る。

 日本共産党員で平和祈念物語をダイナミックな

演出で明かした。生涯のライバルに山本薩夫がい

る。

 遺作となった『戦争と青春』は封切日の平成三

年(1991年)九月十四日にわたくしはピカデリー

で鑑賞した。二か月後の十一月二十二日に今井正

は七十九歳で死去した。

 『夜の鼓』は四十六歳の監督作品である。

 

 

 新藤兼人は明治四十五年(1912年)四月

二十二日広島県佐伯郡石内村に誕生した。

 本名は新藤兼登である。昭和九年(1934年)

新興キネマに入った。後に溝口健二に学んだ。

 映画監督・脚本家として日本映画・日本テレ

ビドラマの歴史を支えた。

 平成二十四年(2012年)五月二十九日、百

歳で死去した。

 

 

 原作と映画の最も強い違いは、原作では種が

不義を認め、従容と自害するが、映画では種が

死を中々受容できず夫の刃で斬られて死ぬこと

であろう。

 

 橋本忍・新藤兼人は原作を大胆に脚色し、過去

の回想と現実の歩みを巧みに構成して脚本を書き

上げた。

 

 三國連太郎の小倉彦九郎は武骨・剛直で真面目

で誠実な男である。妻を深く愛しているが、愛する妻

を助けたいと願いつつ、武家社会の掟から斬らざるを

得ない悲しみを力強く表現する。

 

 有馬稲子のお種の魅力が光り輝いている。夫彦

九郎を愛しながら、酒を飲んで抑えていたものが乱

れてしまい、磯部は否定し得たが、宮地の誘惑にあ

って思わず身を任せてしまう心の変化を視線で鮮や

かに表現した。

 宮地の口説きに合って彼との不倫を決意した解放

感いっぱいの表情は忘れられない。

 夫を愛しながらも、宮地との不倫に喜びを感じてし

まう。

 有馬稲子の豊かな演技で、今井正は女の複雑な

心理の動きを鮮やかに捉えて銀幕に映した。

 

 森雅之の宮地は存在感が重い。

 

 中村萬之助は少年時代から名優であったことが

明かされている。母種を思う心が熱く、泣かされた。

 

 金子信雄の磯部は好色で執拗で粘着質なワル

の魅力がたっぷりと滲み出ていた。種に言い寄る

が否定され、彼女にとって不利な噂をばらまき、彦

九郎に問いただされると臆病になって喋り出す。

 美しい人妻を虐め、強靭な存在である相手の夫

に媚びる弱さをじっくりと見せてくれた。

 

 三國連太郎の彦九郎が金子信雄の磯部と対決

して白状させるシーンは、二人の演技合戦が火花

を散らし、三國の剛と金子の柔の個性が出た。

 

 彦九郎が宮地を襲い、妻仇討ちを為すシーンの

三國の怖さは凄まじい。

 

 この妻仇討ちがカタルシスを呼ばないが、それ

は近松も、橋本・新藤も想定したことだと思う。

 

 宮地とお種は不貞を働き、不義を犯した。しかし

それだけで宮地が斬られるのは、哀れだ。

 

 今井正は、原作で自害する設定だったお種を、

映画では生きたいという気持ちを夫に踏みにじら

れ斬られる存在として描き、犠牲者として強く打ち

出している。

 

 有馬稲子が悲劇美を鮮明に描いている。

 

 今井正監督が独自の視点で近松門左衛門の

浄瑠璃を深く映像化した名作である。原作を

熟読し尊重しているから改変されているとこ

ろも決まっている。真剣に原作を読んでいる

ということはフィルムに熱い魂となって反映

しているのだ。

 

 橋本忍・新藤兼人が近松門左衛門の世界を

尋ね求め探った。

 

 文楽・歌舞伎の映像化は、昭和時代になされ、

数多くの名作を日本映画界は発表公開した。

 

 だが、現在は殆ど見られなくなってしまった。ス

タッフが難解だが深い浄瑠璃を読み聞くという営

みを避けているのではないか?

 

 日本の尊い古典浄瑠璃の世界に飛び込む。このこ

とも映画界の課題である。

 ◎

 『女殺し油地獄』『夜の鼓』は共に重くて深い。

堀川弘通と今井正が撮った傑作二本である。

 

 

 「不義になっても金を貸して欲しい」と迫られ斬

殺されるお吉と飲酒から不義を為してしまい悲しみ

を胸にして斬られるお種は、共に悲劇のヒロインと

強烈な存在感を放っている。

 

 新珠三千代の悲劇美は鮮烈だった。

 

 有馬稲子の哀れさの表現にも圧倒された。

 

 橋本忍は近松門左衛門作品から女の哀しみを描き

出した。

 

 (2016年1月20日発表記事と2023年2月17日

  発表記事を再編しています)

 

 ◎

 2024年4月18日 23時46分追記

 

 近松門左衛門作、橋本忍脚本の映画『女殺し油

地獄』『夜の鼓』で殺される役を勤めた新珠三千代

と森雅之は、昭和三十五年(1960年)六月産経ホー

ル公演舞台『オセロー』(日本語訳・演出福田恆

存)において、被害者デズデモーナと加害者イア

ーゴーで共演することとなる。

 

 

                   合掌