熊座の淡き星影 | 俺の命はウルトラ・アイ

熊座の淡き星影

『熊座の淡き星影』

Vaghe stelle dell'orsa

 

 

映画 トーキー 100分 白黒

1965年9月15日イタリア封切

昭和五十七年(1982年)十一月十三日封切

製作国 イタリア

製作言語 イタリア語

製作会社 Vides Cinematografica

 

製作 フランコ・クリスタルディ

脚本 ルキノ・ヴィスコンティ

   スーゾ・チェッキ・ダミーゴ

   エンリコ・メディオ―リ

音楽 セザール・フランク

撮影 アルマンド・ナンヌッツィ

編集 マリオ・セランドレイ

 

出演

 

クラウディア・カルディナーレ(サンドラ)

 

ジャン・ソレル(ジャンニ)

 

マイケル・クレイグ(アンドリュー・ドーソン)

レンツォ・リッツィ(アント二オ・ジラルディーニ)

アマリア・トロイアーニ(フォスカ)

フレッド・ウィリアムス(ピエトロ・フォルマーニ)

 

マリー・ベル(コリンナ・ジラルディーニ)

 

監督 ルキノ・ヴィスコンティ

 

昭和五十九年(1984年)六月 祇園会館

初鑑賞

 

昭和六十年(1985年)十二月八日 京一会館

第二回鑑賞

 サンドラは夫アンドリューとジュネーヴから

ニューヨークを目指す道中でヴォルテッラに寄

る。彼女の父はナチスドイツの強制収容所で死

亡した。

 

 家庭の庭を寄贈して亡夫の科学者の像を作っ

たサンドラは除幕式を待っていた。

 弟のジャンニが来た。姉サンドラと弟ジャン

ニは熱く抱きしめ合う。

 アンドリューは妻と義弟の間に何かがあった

と考えている。

 

 サンドラ・ジャンニ姉弟の母コリンナ・ジラル

ディーニは過去にピアニストとして活躍したが、

現在は精神を病んでいる。コリンナとその再婚相手

アントオ・ジラルディーニとサンドラ・ジャンニの

仲は厳しい。サンドラは父をナチスに密告したの

はコリンナとアントニオと見ていた。

 

 アンドリューは家庭内の和を望み食事会を企画

した。だが、ここでも口論が起こった。アントニオ

はサンドラ・ジャンニの近親相姦を暗示する言葉

を語った。

 

 アンドリューは衝撃を受け嫉妬から義弟ジャンニ

を殴り一人でニューヨークに向かった。

 

 『熊座の淡き星影』と題する小説を発表する予定

であったジャンニは小説を焼却しサンドラを求める

が拒否される。

 

 サンドラはアンドリューの元に行くことを決める。

 

 父の除幕式が始まろうとしていた。

 

 コリンナのメイドのフォスカと主治医のピエトロ

がジャンニを呼びに行く。ジャンニは死亡していた。

薬物による自殺であった。

 

 サンドラの胸に悲しみが湧く。

 

 ◎姉と弟◎

 

 

 ルキノ・ヴィスコンティ Luchino Visconti

1906年11月2日イタリアミラノに生まれた。イ

タリア映画・世界映画の巨匠である。

 1976年3月17日、ローマにおいて71歳で死去

した。

 

 父はモドローネ公爵ジュセッペ・ヴィスコン

ティ、母は音楽家の娘ルラ・エルバである。

 

 音楽を愛する少年であったルキノは、青年期

にフランスの映画監督ジャン・ルノワール Jean 

Renoir(1894年9月15日ー1979年2月12日)

と出会い、1934年ルノワール監督作品『トニ』、

1936年『ピクニック』においてスタッフ見習い

として制作に関わった。


 

 1939年ルノワール監督の映画『トスカ』の

脚本を担当した。この映画の撮影中に第二次

世界大戦が起こり5カットを撮った段階でル

ノワールはイタリアを離れ、カール・コッホ

が演出を継承し翌1940年に完成した。


 

 1942年ヴィスコンティは監督第1作『郵便

配達は二度ベルを鳴らす』を演出した。


 

 この後、レジスタンス運動に参加して1944

年4月15日秘密警察に逮捕され、銃殺刑を目前

にして、6月4日ローマの解放で釈放された。



 

  「私の生涯で一番興味深い時期は

   レジスタンスの時期だ。レジスタン

   スの活動に多少は貢献した。もっと

   も充実していた時期と考える」

  
 

 ヴィスコンテイは生涯において反ファシ

ズムに身をささげいのちがけで運動をした

時期が最も興味深いと、1973年のインタビ

ューで確かめている。

 

 

 一命を取り留めたルキノは世界の映画史を煌め

かす傑作を次々と生み出す。

 

 1948年に『揺れる大地』、1951年に『ベリッ

シマ』を演出した。以後『われら女性 第5話』

(1953)『夏の嵐』(1954)『白夜』(1957)

『若者のすべて』(1960)『ボッカチオ’70 第4

話』(1962)『山猫』(1963)『華やかな魔女た

ち 第1話』(1966)『異邦人』(1967)『地獄

に堕ちた勇者ども』(1969)『ベニスに死す』(1

971)『ルードヴィヒ』(1973)『家族の肖像』

(1974)『イノセント』を監督作品として世に発

表した。

 

 世界活動大写真の巨星である。ネオレアリズモの

凄みと貴族の悲しみの両方を鋭く探求した。

 

 『熊座の淡き星影』は58歳の監督作品である。

 

 『エレクトラ』における姉エレクトラと弟オレス

テスの物語を基盤にしている。

 

   この映画には、死者や責任を問われると推測

   される者は登場するが、誰が真の犯人で、誰

   が真の犠牲者であるかは語られていない。

   (ジャンニ・ロンドリーノ著

   大條成昭・加藤久哉・長谷部匠訳

   『ルキノ・ヴィスコンティ』283頁

   1983年8月15日 初版発行 新書館)

 

 サンドラ・ジャンニ姉弟の父の死の真相や誰が密告

者であったのかという問題は謎のまま提起される。

 ヴィスコンティは答えを敢えて出さない。それ故に

本作のミステリアスな空気は堪らない。ゾクゾク緊張

するのは勿論だが、思わず息を呑む瞬間が何度も訪れ

る。二度目の鑑賞においてもこの事を実感した。

 

 クラウディア・カルディナーレ Claudia Cardinale

は1938年4月15日に誕生した。本名はClaude Joséphine

 Rose Cardinaleである。

 24歳で『山猫』のヒロインアンジェリカを華麗に演じ

た。その美貌は輝いている。

 27歳でサンドラを演じた。アンジェリカは自らの道を

切り開き歩む強さがある。サンドラは家庭内に起こった悲

劇と人間関係に悩んでいる。クラウディア・カルディナー

レはサンドラの悩みを繊細に尋ねる。

 

  1965年モンツァ映画クラブの公開討論会でルキノは

「義父と母親は弁護しない。なぜならひとりはファシスト

で、もうひとりはその愛人だからだ。この二人の側にはつ

かないが、近親相姦も決して弁護しない。私は登場人物が

動き回るのを注視する。」(『ルキノ・ヴィスコンティ』

284頁)と確かめている。

 

 ファシストアント二オとその恋人コリンナについては

擁護しないとルキノは明答している。サンドラとジャンニ

に近親相姦の愛があったとしても擁護しないとしている。

動き回る登場人物を平等に見つめる。

 

 ヒロインサンドラ役の美人スタアクラウディアからエキ

ストラの人々が演じた役まで、全てがルキノを投影してい

る存在なのであろう。

 

 勿論近親相姦は厳しく見つめられる事柄ではあるが、悲

しみのサンドラと悩めるジャンニが姉弟の関係で惹かれ合

い通じ合い愛し合う道をルキノは繊細に描き観客を引き込

み包む。

 

 ファシズムに抵抗し殺されかかったという極限状況を生

きたルキノは映画においてファシズムの妖気を凄み豊かに

映し出した。

 

 個人的意見だが、マリー・ベルの重厚な存在感が全てを

持って行ってしまった。

 マリー・ベル Marie Belleは1900年12月23日にフランス

に誕生した。本名はマリー・ジャンヌ・ブロン Marie-Jeanne 

Bellonである。

 1985年8月15日に84歳で死去した。

 

 1980年代日本テレビ・よみうりテレビの『11PM』でフラ

ンス映画の傑作五本がノーカット・字幕スーパーで放送され

た。

 『外人部隊』『うたかたの恋』(シャルル・ボワイエ版)

『舞踏会の手帖』『花咲ける騎士道』『自由を我等に』とい

う豪華な放送であった。

 『外人部隊』のフロランス/イルマ二役や『舞踏会の手帖』

のクリスティーヌを見てマリー・ベルの30代の美貌に驚嘆し

た。この二大傑作はビデオテープが擦り切れる程繰り返し見

てもはや再生できないのだが、銀幕鑑賞は未だなのだ。

 

 マリー・ベルが65歳にして皺が多い容姿を銀幕に見せた!

 

 精神が錯乱した母コリンナの妖しさに圧倒された。セクハラ

と言われようが、フロランス/イルマ、クリスティーヌの美貌

はここには無かった。

 

 だが妖気に満ちて凄まじい色気を放ってくる。その強烈な

印象に緊張は極まった。美人スタア女優であったマリー・ベ

ルが崩れた容姿を銀幕スクリーンに晒す。60代おば様の存在

感は圧巻であった。

 

 色気豊かで妖しさいっぱいの母コリンナにサンドラは抵抗

し、ジャンニは命を散らした。家庭悲劇としても絢爛たる美

を魅せている。

 

 この映画のロケを見に来たドイツの男子大学生が居た。

 

 ルキノ・ヴィスコンティは美しい男子大生に一目惚れした。

 

 ヘルムート・バーガーである。

 

 「近親相姦も弁護しない」と本作の討論会で言っておい

て4年後恋人ヘルムート・バーガー事実上主演の『地獄に

堕ちた勇者ども』でちゃっかり近親相姦物語の大傑作を華

麗に撮る。

 

 したたかな人だ。

 

 『山猫』の重量感や『地獄に堕ちた勇者ども』の甘美は

共に輝いている。この二大傑作に挟まれてある『熊座の淡

き星影』の抑えたリズムも堪らない。静かで厳かに進む姉

弟の悲しみのドラマにおいて色気豊かで狂気を魅せる母の

存在感が妖艶に迫ってくるから興奮・緊張は強烈なのだ。

 

 天才ルキノ・ヴィスコンティの演出には不可能というこ

とは無かったのかもしれない。表現と魅せ方という事にお

いても大巨星だ。

 

 『熊座の淡き星影』は美しい香を放っている。

 

 

                      合掌