女が階段を上る時 | 俺の命はウルトラ・アイ

女が階段を上る時

『女が階段を上る時』

映画 トーキー 111分 白黒

昭和三十五年(1960年)一月十五日封切

製作国 日本

製作言語 日本語

製作会社 東宝

配給   東宝

 

製作・脚本 菊島隆三

撮影 玉井正夫

美術 中古智

録音 藤好昌生

録音 下永尚

照明 石井長四郎

   猪原一郎

音楽 黛敏郎

監督助手 広沢栄

編集 大井英史

特殊技術 東宝技術部

現像 キヌタ・ラボラトリー

衣裳 高峰秀子

製作担当者 森田信

 

配役

 

矢代圭子 高峰秀子

 

純子   団令子

小松   仲代達矢

 

関根 加東大介

郷田 中村鴈治郎

美濃部 小沢栄太郎

 

ユリ 淡路恵子

バーの持ち主 山茶花究

金貝 多々良純

松井 藤木悠

矢代好造 織田政雄

 

園田 三津田健

とし子 沢村貞子

まつ子 細川ちか子

 

清美 北川町子

友子 中北千枝子

雪子 柳川慶子

みゆき 横山道代

夏子 野口ふみえ

 

ふじ枝 賀原夏子

志津子 東郷晴子

風間重役 田島義文

美濃部の連れの客 村上冬樹

水谷 瀬良明

吉川 佐田豊

不動産屋 谷晃

森今日子

みね子 本間文子

女占い師 千石規子

下着屋の勝子 菅井きん

バーテンダー 鈴木孝次

バーの客 熊谷二良

     津田光男

光子 園田あけみ

小西瑠美

樋口年子

女給 若林映子

銀行員 田村まゆみ

美容師 河野智子

    三田照子

酒屋 加藤茂雄

バーの客 伊藤実

     勝本圭一郎

     千葉一郎

     松下正秀

     向井淳一郎

園田の連れの客 池田生二

藤崎の部下 日方一夫

圭子の夫(写真) 岡豊

藤崎の見送り人 榊田敬二

 

藤崎 森雅之

 

監督 成瀬巳喜男

 

仲代達矢=仲代元久

 

市川延司→加東大介

 

林好雄=初代中村扇雀

    =四代目中村翫雀

    =二代目中村鴈治郎

 

小沢栄太郎=小沢栄=小沢英太郎

        =小澤英太郎

 

鑑賞日時場所

平成三十一年(2019年)一月二十七日

京都文化博物館 フィルムシアター

 

画像はインターネットより拝借引用している。

 

 矢代圭子は階段を上ってバーライラックに

出勤する。ライラックのマダムである。

 

 美男子こまっちゃんこと小松は五年前圭子

が店に入れるように手配してくれた。

 

 外国人マスターは売上の減り方で圭子を叱

る。経済研究所所長の美濃部は近頃ライラック

に顔を出してくれない。圭子の側で働いていた

ユリは美濃部の力で店を持っていた。マスター

は圭子にユリのように身体を張る事が必要と迫

る。

 

 美濃部が来て圭子を賑わっているユリの店に

誘った。ユリは席を外すと美濃部は圭子をゴル

フに誘う。

 

 圭子は店を変えた。こまっちゃんこと小松と

女給純子は圭子と行動を共にした。小松はトー

ストにジャムを塗って食べることが好きだ。

 

 関西の実業家郷田は資金があり、「定期預金

にしょうかな」と思った金を圭子の新店オープ

ンの資金にしたいと提案した。勿論圭子を愛人

にしたいと狙っている。

 

 ユリは狂言自殺を図った。ところが狂言のつも

りが本当に彼女の身体に致命的危機を齎してしま

った。ユリは亡くなり、葬儀の席で美濃部は借金

の取り立てを為す。

 

 圭子は美濃部に反発を覚える。胃潰瘍になった

圭子は佃島の実家で年末年始を過ごした。七草粥

の季節に兄好造から息子のリューマチの治療代が

欲しいと求められる。

 

 プレス工場の主人関根は圭子を励ます。新しい

店の為の資金援助を約束してくれた関根を圭子は

信頼し彼との暮らしを夢見る。だが、関根は去っ

ていった。

 

 妻子ある銀行員藤崎と圭子は愛人関係になった。

大阪支店に転勤する藤崎は十万円の株券を圭子に

渡した。

 

 小松は抑えていた想いを圭子に告白するが振ら

れる。

 

 悲しみや淋しさを感じつつも圭子はマダムの仕

事に取り組む。

 

 階段を上る時が来た。

 

 ◎情感◎

 

 高峰秀子は大正十三年(1924年)三月二十七日

に誕生した。出生名は平山秀子である。松山善三と

結婚し本名は松山秀子となった。

 平成二十二年(2010年)十二月二十八日八十六

歳で死去した。

 

 無声映画から出演しトーキー時代に大スタアと

して日本映画史を支えた。

 しかし、本人にとって女優は不本意な仕事で日本

芸能界のトップスタア・名優という名声に固執しな

かったようである。

 エッセイは気さくな文であり、それでいて鋭く

ピリッと辛い。

 名演を銀幕やブラウン管や舞台に残すが自ら誇ら

ない。

 

 三十五歳で演じた圭子は悲しみを荷って歩むヒ

ロインである。妹のように可愛がりつつもライバル

でもあったユリを守り切れなかった。男達は彼女

の身体を狙うが誠実に接する者には中々会えない。

悲しみを覚え、辛さも感じるが、バーマダムとして

逞しく生きる。

 主演・衣装を担当した。

 

 仲代達矢(なかだい・たつや)は昭和七年

(1932年)十二月十三日東京府東京市目黒区

に生まれた。

 本名・前芸名は仲代元久である。少年期に

戦争を体験した仲代達矢は平和希求を芸道の

原点にしている。

 二十八歳で演じたこまっちゃんの美貌は輝

いている。クールな二枚目の魅力に圧倒され

た。

 

 

 森雅之は明治四十四年(1911年)一月十三日

北海道に誕生した。本名は有島行光である。父は

有島武郎、叔父は里見弴である。深く繊細な演技

で二枚目名優として存在感を発揮した。

 昭和四十八年(1973年)十月七日、六十二歳

で死去した。

 五十歳誕生日に本作が封切となった。藤崎には

二枚目中年男の色気が渋くに光っている。

 

 

 小沢栄太郎(おざわ・えいたろう)は明治四十二

年(1909年)三月二十七日東京市に誕生した。

 本名小沢栄太郎である。小沢栄の芸名を名乗っ

た時期もある。

 昭和二年(1927年)俳優の道への大志を抱き、

劇団心座・東京俳優劇場を経て、昭和七年(193

2年)治安維持法で検挙された。

 昭和九年(1934年)新協劇団の結成に参加する。

昭和十九年(1944年)千田是也や東野英治郎らと

俳優座を結成する。

  日本劇映画・テレビドラマ史の悪役の第一人者

である。

 昭和四十九年(1974年)に三十七歳年下の女性

と再婚した小沢栄太郎は「愛は肉体ではありませ

ん。心です。」と語った。私生活では女性によく

モテた人であった。

 昭和六十三年(1988年)四月二十三日、七十九

歳で死去した。

 五十一歳で演じた美濃部の粘りは強烈な印象を

与えてくれた。

 

 

 成瀬巳喜男(なるせ・みきお)は明治三十八

年(1905年)八月二十日、東京府四谷に誕生し

た。男女の愛の物語を探求し数々の傑作を発表

した。

 昭和四十四年(1969年)七月二日、六十三歳

で死去した。

 

 女性の哀しみを深く見つめて探求し描いた名

匠である。

 物語を繊細に尋ね精密な構成を立て精緻に書

き描き撮る。しかし、観客に緻密な作りである

ことを感じさせない。観客は成瀬巳喜男が語る

物語に魅せられ包まれ陶酔する。

 圭子が仲間を思うが救えない。男達の欲望に

苦しめられつつも愛を求めて新店への夢に挑む。

だが、道のりは苦しく男達に裏切られる。苦し

みと悲しみを覚えるが、バーの仕事に生きる道

を見出す。

 

 淡路恵子がユリ役で可愛さを繊細さを見せる。

純子役で団令子が可愛さを魅せてくれる。

 

 圭子に言い寄る男達には前述の通り、森雅之

・仲代達矢・小沢栄太郎の他に二代目中村鴈治

郎・加東大介・三津田健と錚々たる名優達が登

場する。

 成瀬巳喜男シャシンでは、女性への恋に嵌り

溺れ激走する役を演じることが多い加東大介は

関根役においても男の弱さを鋭く明かした。

 

 二代目中村鴈治郎の飄飄とした魅力は郷田役

でも光っている。

 

 兄好造役で織田政雄が男の弱さをじっくりと

表現する。

 賀原夏子は年上の織田政雄のおっかさんに見

える。流石である。

 

 占い師役の千石規子が鋭い存在感を見せる。

 

 圭子に注意する存在でもある女将まつ子を細

川ちか子が重厚に演じる。

 

 男達に翻弄され、朋輩・同業の女性達に励ま

される圭子の苦闘が主筋だが、成瀬巳喜男は暗

いムードでは描かない。時折喜劇味も見せてく

れる。

 高峰秀子・森雅之主演・加東大介共演・成瀬

巳喜男監督のチームと言うと、切なさを極めた

シャシン『浮雲』が心に浮かんでくる。

 地球映画史における永遠不滅の大傑作である。

フィルムに切なさが滲んでいる。

 だが、流石はデコ・巳喜男チームである。本

作においては圭子を高峰秀子が生きて、藤崎を

森雅之が渋く演じている。幸田ゆき子や富岡兼

吉とは違った顔を、高峰秀子・森雅之が鮮やか

に魅せている。

 関根は向井清吉と照応しているようにも感じ

られた。加東大介は劇烈な愛に溺れる男のドラ

マを成瀬巳喜男に託されている。

 

 圭子と藤崎の距離を置いた女と男のドラマは、

大人の関係を感じた。この距離を取る二人の落

ち着きが逆説的にゆき子・兼吉の痛ましくも哀

しい物語を想い起させてくれるのだ。

 

 『浮雲』の切なさと『女が階段を上る時』の

情味は、照応関係にある。

 

 クールな美男子こまっちゃんはラストまでク

ールで知的であって欲しかった。圭子を好きで

も忍んで欲しかった。この想いが抑えがたいが

圭子の孤独を尋ねる営みでは二人の別れは描か

ざるを得なかったのかもしれない。

 

 傷つき悩みつつも、バーの仕事に自分の課題

を見出す。

 

 階段を上る圭子に情を知る人の強さを感じた。

 

 

                   合掌