地獄に堕ちた勇者ども | 俺の命はウルトラ・アイ

地獄に堕ちた勇者ども

『地獄に堕ちた勇者ども』
The Damned
La caduta Degli
Die Verdammten
 
映画 トーキー 157分 カラー
1969年10月4日 イタリア封切
1970年1月27日 西ドイツ封切
昭和四十五年(1970年)四月十一日 日本封切
 
製作国 イタリア 西ドイツ スイス
製作言語 英語
 
製作 アルフレッド・レヴィ
   エヴェール・アギャッグ
製作総指揮 アルフレッド・レヴィ
      エヴェール・アギャッグ
 
脚本 ルキノ・ヴィスコンティ
   ニコラ・バダルッコ
   エンリコ・メディオーリ
 
音楽 モーリス・ジャール
撮影 アルマンド・ナンヌッツィ
   パスクァリーノ・デ・サンティス
編集 ルッジェーロ・マストロヤンニ
日本配給 ワーナーブラザース
 
出演
 
ダーク・ボガード(フリードリッヒ・ブルックマン)
 
イングリッド・チューリン(ゾフィ―)
 
シャーロット・ランプリング(エリーザベト・タルマン)
ルノー・ヴェルレー(ギュンター)
ウンベルト・オルシー二(ヘルベルト・タルマン)
フロリンダ・ボルガン(オルガ)
ラインハルト・コルデホフ(コンスタンティン)
アルブレヒト・シェーンハウス(ヨアヒム・フォン・エッセンベック)
 
ヘルムート・グリーム(ヴォルフ・フォン・アッシェンバッハ)
 
ヘルムート・バーガー(マルティン)
 
監督 ルキノ・ヴィスコンティ
 
鑑賞日時場所
平成十一年(1999年)十月二十七日
パラダイスシネマ2
◎ 
 感想文の中では性暴力について言及しま
す。結末に言及します。未見の方・18歳未
満の方は御注意下さい。
 近親相姦の単語を用いざるを得ないので
書きます。ご了承下さい。
 
 1933年2月ドイツにおいてプロイセン
貴族のヨアヒム・フォン・エッセンベック
は製鉄王として権勢を誇っていた。
 ヨアヒム老人の誕生日に一族の人間達が
集うた。亡き息子には妻ゾフィ―との間に
マルティンと言う美男の息子がいる。
 ヨアヒム老人は1月に政権を起こしたア
ドルフ・ヒトラーに協力しようとしていた。
民主主義者で反ナチスのヘルベルトは邪魔
な存在であった。ヘルベルトの妻エリザベ
ートはヨアヒムの姪である。
 
 ヨアヒム老人の甥で突撃隊隊員コンスタ
ンティンは、ヘルベルトを追放してヨアヒ
ム後継者になりたいという野心に燃えてい
た。
 
 ゾフィ―の恋人で製鉄会社重役フリードリ
ヒ・ブルックマンもエッセンベックの支配権
を獲得したいと野望の牙を研いでいる。
 

 祖父の誕生日にマルティンはマレーネ・ディ

―トリヒを真似て女装し『嘆きの天使』の主題

歌『ローラ』を歌い妖艶に踊った。

 

 この夜に国会議事堂放火事件が起こった。政府

は共産党員の犯行と見做して共産党への粛清を強

化する事を決めた。エッセンベック家での居場所

を奪われたヘルベルトを逮捕するとしてナチス幹

部でヨアヒムの甥アッシェンバッハが手配した親

衛隊の部隊がエッセンベック家に入って来た。そ

の騒ぎに乗じて、フリードリヒはヘルベルトの拳

銃でヨアヒムを撃ち殺した。

 

 アッシェンバッハは、親衛隊と刑事警察にヘル

ベルトをヨアヒム殺害犯として捜査せよと命じる。

 

 ヨアヒム殺害後にエッセンベックの密談が行わ

れた。コンスタンティンはヨアヒムの遺産を相続

する。製鉄会社の筆頭株主となるマルティンを傀

儡にして自身が実権を掌握しようとコンスタンテ

ィンは狙う。ゾフィー、フリードリヒ、アッシェ

ンバッハら未来案を聞かされたマルティンはフリ

ードリヒを次期社長に指名した。母の恋人フリー

ドリヒに対して嫌悪感・憎悪を抱くマルティンで

あったが、最愛の母ゾフィ―の説得には逆らえな

かった。

 

 突撃隊は国防軍への昇格を望み、エッセンベッ

ク家工場で作られる武器を欲していた。コンスタ

ンティはその望みを叶えてやりたいと望む。

 

 アドルフ・ヒトラーは、未来に実施したいと狙

う戦争を念頭に国防軍との連携を重く見る。その

国防軍は既に人員数だけは自分達を遥かに凌ぐ突

撃隊を危険な存在と見ていた。

 親衛隊員アッシェンバッハは国防軍を利そうと

する。だが、コンスタンティンも対抗意識を燃や

す。

 コンスタンティンの息子ギュンターが学ぶ大学

では焚書が行われた。海外逃亡中のヘルベルトか

らギュンターに手紙が送られてきたことを知った

学長の期限が悪くなる。

 馴染みの情婦のアパートにユダヤ人少女と出会

ったマルティンは彼女を誘惑しキスし関係を持っ

た。

 少女は悩み首を吊って自殺した。

 

 流石のマルティンもこの事件には心を痛め少女

を追い詰めてしまったことに悲しみを感じた。

 

 警察に知人がいるエコンスタンティンはマルティ

ンが少女を追い詰め自殺に追い込んだことを知り、

彼とゾフィ―・フリードリヒの力を潰そうと画策す

る。

 

 ゾフィ―はアッシェンバッハに助けを求める。ア

ッシェンバッハはこの機に強敵コンスタンティンを

殺害し突撃隊と殲滅しようと企てる。

 

 1934年6月30日。血の粛清の日。親衛隊は突撃隊

を襲い無残にも全員殺害した。コンスタンティンも

殺される。ナチスドイツの幹部として更なる力を得た

アッシェンバッハの野心の歩みは止まらない。

 父を殺されたギュンターの真っすぐな怒りを見た

アッシェンバッハは自身が黒幕であることをちゃっか

り隠して彼をナチスに引き入れる。逃亡していたヘル

ベルトが帰還した。妻エリザベートと娘を収容所に入

れたフリードリヒ・ゾフィ―の仕打ちにに怒るヘルベ

ルトは二人を厳しく詰る。この出来事の背後にもアッ

シェンバッハが暗躍していた。

 

 マルティンは最愛の母ゾフィ―が野心家で欲深いフ

リードリッヒに家の権力・財力・名声を与えたことを

糾弾し、怒りとこめて抱き着き、肉体関係を持った。

 最愛の息子に身体を奪われ危険な関係に溺れたゾフィ

ーは精神的に深く傷つき、心身共に苦しむ。

 

 黒い親衛隊制服を着たマルティンは母ゾフィ―とその

恋人フリードリヒの結婚式を計画する。娼婦達が集まっ

て場を盛り上げる。ゾフィ―の怪しい化粧には死の匂い

が感じられた。新婦ゾフィ―と新郎フリードリヒは着席

する。

 

 マルティンは静かに二人の前に毒入りカプセルを置い

た。

 

 ◎マルティン 悪の華◎

 

 

 

 ルキノ・ヴィスコンティ Luchino Visconti

1906年11月2日イタリアミラノに生まれた。イ

タリア映画・世界映画の巨匠である。

 1976年3月17日、ローマにおいて71歳で死去

した。

 

 父はモドローネ公爵ジュセッペ・ヴィスコン

ティ、母は音楽家の娘ルラ・エルバである。

 

 音楽を愛する少年であったルキノは、青年期

にフランスの映画監督ジャン・ルノワール Jean 

Renoir(1894年9月15日ー1979年2月12日)

と出会い、1934年ルノワール監督作品『トニ』、

1936年『ピクニック』においてスタッフ見習い

として制作に関わった。


 

 1939年ルノワール監督の映画『トスカ』の

脚本を担当した。この映画の撮影中に第二次

世界大戦が起こり5カットを撮った段階でル

ノワールはイタリアを離れ、カール・コッホ

が演出を継承し翌1940年に完成した。


 

 1942年ヴィスコンティは監督第1作『郵便

配達は二度ベルを鳴らす』を演出した。


 

 この後、レジスタンス運動に参加して1944

年4月15日秘密警察に逮捕され、銃殺刑を目前

にして、6月4日ローマの解放で釈放された。



 

  「私の生涯で一番興味深い時期は

   レジスタンスの時期だ。レジスタン

   スの活動に多少は貢献した。もっと

   も充実していた時期と考える」

  
 

 ヴィスコンテイは生涯において反ファシ

ズムに身をささげいのちがけで運動をした

時期が最も興味深いと、1973年のインタビ

ューで確かめている。

 

 

 一命を取り留めたルキノは世界の映画史を

煌めかす傑作を次々と発表する。

 

 1948年に『揺れる大地』、1951年に『ベリ

ッシマ』を演出した。以後『われら女性 第5話』

(1953)『夏の嵐』(1954)『白夜』(1957)

『若者のすべて』(1960)『ボッカチオ’70 第4

話』(1962)『山猫』(1963)『熊座の淡き星

影』(1965)『華やかな魔女たち 第1話』(19

66)『異邦人』(1967)『地獄に堕ちた勇者ども』

(1969)『ベニスに死す』(1971)『ルードヴィ

ヒ』(1973)を発表した。

 

 ダーク・ボガード Dirk Bogardeは1921年3月

28日イギリスに誕生した。本名はSir Derek Jules 

Gaspard Ulric Niven van den Bogaerdeである。

1999年5月8日、77歳で死去した。

 48歳で野心家フリードリヒの転落崩壊の悲劇を熱

演した。

 

 イングリッド・チューリン Ingrid Thulinは

1926年1月27日スウェーデンに誕生した。2004

年1月7日に77歳で死去した。43歳でゾフィーを

妖艶に演じた。

 

 

 ヘルムート・グリーム Helmut Griemは1932

年4月6日ドイツに誕生した。2004年11月19日、7

2歳で死去した。37歳で冷酷非情なアッシェンバッ

ハを色気豊かに演じた。悪の華は素晴らしい。

 

 ヘルムート・バーガー Helmut Bergerは

1944年5月29日に生まれた。2023年5月18日

に78歳で死去した。

 25歳で演じたマルティンは不滅の美を映画史

に輝かせている。

 

 ルキノ・ヴィスコンティは1969年にリリア

ーナ・マデオからインタビューを受け次のよう

に語った。

 

  長い間、私はドイツに題材をとった物語

  を考えてきた。最初にトーマス・マンの

  『ブッデンブローク家の人々』の映画化

  を、つぎには『マクベス』の現代的翻案

  を考えた。最後に今日においてもリアリ

  ティを持つ証言と記録を、つまり暴力と

  殺人とおぞましい独裁的な権力の意志を

  物語るために、ドイツにナチスが生まれ

  それが台頭した時代を選んだわけだ。

  (ジャンニ・ロンドリーノ著

   大條成昭・加藤久哉・長谷部匠訳

   『ルキノ・ヴィスコンティ』297頁

   1983年8月15日 初版発行 新書館)

   

 

 トーマス・マンの『ブッデンブローク家の人

々』とウィリアム・シェイクスピアの戯曲『マ

クべス』に学んだルキノはフョードル・ドスト

エフスキーの『悪霊』やリヒャルト・ワグナー

の『神々の黄昏』も参観して、ドイツ鉄鋼王一

族の悲劇を重厚に語った。

 

 マクベス夫人→ゾフィー

 

 マクベス→フリードリヒ

 

 

 この流れは鮮やかに描かれる。臆病だが野

心家のフリードリヒは恋人ゾフィーに野望の

炎を熱く燃やされ、義理の父ヨアヒムを殺

し、エッセンベック家の財産と権力を掌握す

る。だが、義理の息子マルティンの逆襲に遭

い、野望物語は崩壊し転落し全てを失う。

 

 フリードリヒの崩壊劇は1930年ドイツ舞台

に翻案された映画版『マクベス』である。

 

 ゾフィーが艶やかな色気でフリードリヒを

惑わし野望を達成するが、息子の愛憎の抱擁

糾弾で精神が錯乱する様もマクベス夫人から

悲劇からの鮮やかな学びがある。

 

 

 

 ヘルムート・バーガーが誕生した1944年

5月19日はルキノ・ヴィスコンティが銃殺刑

を下され死刑囚として捕らえられた時期だった

のだ。

 

 ルキノ・ヴィスコンティ監督と俳優ヘルム

ート・バーガーは男性同性愛の恋人どうしで

あった。

 

 ウィキペディアによると1964年映画『熊座

の淡き星影』を見学に来ていた大学生ヘルムー

ト・バーガーを見た監督ルキノ・ヴィスコンテ

ィが見て助監督にマフラーを届けさせたという。

ヴィスコンティはヘルムートを食事に誘いふたり

は親密な関係になっていたという。

 ヴィスコンティとバーガーの初コラボ作品『華

やかな魔女たち』を自分はまだ鑑賞していない。

 

 ドイツ三部作の第一作である本作の事実上の

主演に抜擢したことから、ルキノがいかにヘル

ムートを愛していたかが窺える。

 

 恋人だからと言って甘やかし指導は一切行わ

ない。ルキノ監督は完全主義を掲げてヘルムート

の演技を鍛え抜いた。『ローラ』は完璧に歌い踊

れるようになりなさいとルキノはヘルムートに厳

命した。

 特訓の甲斐あって、映画を見たマレーネ・ディ

―トリヒからヘルムート・バーガーに歌唱讃嘆の

手紙が届いた。この手紙をヘルムート・バーガー

は大切に保存したという。

 
  マルティンがマレーネ・ディートリヒを真似て
女装し『ローラ』を歌い華麗に踊る。このシーン
の妖しい色気は凄まじい。
 
 幼女を誘惑するシーンのマルティンの凄みに圧
倒される。
 彼女の首吊り自殺を聞き、深く悲しむマルティン
をヘルムートが深い芸で現した。
 マルティンは母ゾフィーの膝に縋る。彼にとって
母ゾフィーは絶対的な存在である。その母が野心家
のフリードリヒと関係を持っている事にマルティン
は怒っている。
 
 血の粛清を経て、アッシェンバッハの力は強大に
なる。
 
 マルティンがこれまで溜めに溜めた怒りを爆発さ
せ、最愛の母ゾフィーに抱き着き身体を奪うシーン
は本作のクライマックスである。近親相姦に親子の
悲哀と悲愛が燃えている。
 
 このクライマックスは『ハムレット』におけるハ
ムレットが母ガートルードを糾弾するシーンが照応
している。
 
 ガートルードはゾフィーのような悪女ではない。ハ
ムレットは流血を為すが母ガートルードの身体を奪う
ような性暴力は犯さない。そのことは承知している。
わたくしが『ハムレット』と『地獄に堕ちた勇者ども』
の照応を指摘するのは、シチュエーションの共通点に
よるものである。
 
 ハムレットがガートルードがクローディアスとの再婚
を悲しんだ。
 
 マルティンはゾフィーがフリードリヒと関係を持ち、
家の実験や財産を恵んだことに悲憤を覚えた。
 
 この悲しみのシチュエーションの共通から両者の呼応
を感じたのだ。
 
 ハムレットは母ガートルードを糾弾し、マルティン
は母ゾフィーの身体を奪う。
 
 ウィリアムとルキノのそれぞれの作劇がある。
 
 大詰でハムレットはガートルードをクローディアスの
毒から守れなかったことを悲しみ、マルティンは母ゾフ
ィーに毒を勧める。
 
 両者の対応は正反対である。
 
 母親が毒に迫られるという大詰のシチュエーションに
照応は読めると自分は申したい。
 
 ルキノ・ヴィスコンティはナチス・ドイツ台頭時代の
流血と退廃と残酷さを探求して『マクベス』現代版翻案
劇をフィルムに咲かせたが、『ハムレット』における悩
めるハムレットの苦悶もしっかり翻案劇映像化を成し遂げ
ている。
 
 毒を飲んだフリードリヒの遺体は恐怖に苦しんだ
跡が見受けられる。
 
 毒を飲んだゾフィーの遺体は更なる妖美さがあっ
た。
 
 直立し右手を掲げるマルティンの冷酷美は絢爛と
輝いている。
 
 その冷酷さは悪の天才である先輩アッシェンバッ
ハをも凌駕するものさえ感じさせる。
 
 偉大な女優を真似、幼女の身体を奪って死に追い
やり、母に操られその母の身体を奪い死に追い詰め
る男マルティン。
 
 殺戮の天才として自己を見出しナチス幹部となった
時に彼は男の美を絢爛華麗に魅せる。
 
 悪の華の冷酷美を秀麗に魅せることによってナチ
スの恐ろしさをフィルムに刻み付けた。
 
 これほど美しい表現を他に知らない。
 
 ◎
 本作との出会いは1980年代の深夜テレビ放送で9
5分くらいにカットされた日本語吹替版の視聴であっ
た。1977年6月19日に放送された『日曜洋画劇場』
の再放送版である。フリードリヒ/内藤武敏、ゾフィ
ー/岸田今日子、マルティン/堀勝之祐の豪華声優競
演で迫力豊かだった。初めて視聴した時は只管怖か
った。「ルキノ・ヴィスコンティはこんな恐ろしい
ドラマも撮ってたのか!?」と驚いた。だが、心に
深く残った。それから数年経ってKBS京都で日本語
吹替版再放送があり改めて視聴し二回目視聴では悪
の表現にドキドキ緊張し興奮した。
 
 1999年10月27日パラダイスシネマ2のリバイバル
上映で遂にオリジナル英語版の映画館鑑賞を為し、心
身全体で陶酔感を実感した。
 
 157分はあっという間であった。
 
 全編悲しいドラマで救いは一点もない。
 
 その徹底した作劇に感嘆した。
 
 絢爛と咲き誇る悪の華にうっとりとして魅せられ
た。
 
 ヘルムート・バーガーがマルティン役に咲かせた
悪の華は不滅の香を放ち今もわたくしを酔わせてい
る。
 
 
                    合掌