アナの心は清純無垢 十八回目の劇場鑑賞 | 俺の命はウルトラ・アイ

アナの心は清純無垢 十八回目の劇場鑑賞

 2024年1月28日京都シネマ・シネマ2

H列13番で映画『ミツバチのささやき』、

G列12番で映画『エル・スール』を鑑賞

しました。

 

 

 『ミツバチのささやき』 

 El espríritu de la colmena

 映画 トーキー 99分 カラー(一部白黒)

  1973年9月18日 スペイン サン・セバスチャン映画祭上映

 1973年10月8日スペイン公開

 昭和六十年(1985年)二月九日日本公開

 製作国 スペイン

 製作言語 スペイン語

 

 製作 エリアス・ケヘレタ

 原案 ヴィクトル・エリセ

 脚本 アンヘル・フェルナンデス・サントス

     ヴィクトル・エリセ

 撮影 ルイス・クアドラド

 美術 アドルフォ・コフィーニョ

 録音 ルイス・ロドリゲス

 音楽 ルイス・デ・パブロ

 編集 パブロ・G・デル・アモ

 製作主任 プリミティボ・アルパボ

 

 

 

 出演 フェルナンド・フェルナン・ゴメス(フェルナンド)

 

     テレサ・ギンペラ(テレサ)

 

     アナ・トレント(アナ)

     イザベル・テリェリヤ(イザベル)

 

 

     ケティ・デ・ラ・カマラ(ミラグロス)

     ラリ・ソルデビリャ(ルシア先生)

     ミゲル・ピカソ(医師ミゲル)

     

     エスタニス・ゴンザレス(警察署長)

     ホセ・ビリャサンテ(フランケンシュタイン)

     マヌエル・デ・アグスティナ(巡回興行師)

     ミゲル・アグアド(映写技師)

            ホアン・マルガリョ(兵士)

 

 監督 ヴィクトル・エリセ

 

 児童が描いた絵がスクリーンに映ります。

 

 1940年頃スペインカスティーリヤのオユエ

ロス村において、原野を貫く一本道の上にト

ラックが進みます。

 子供達が喜び、興行師は今迄持ってきた作

品の中で最高傑作で面白いよと讃えます。中

年の女性が午後五時に公民館で上映が始まる

ことを喇叭を吹いて知らせます。

 

 公民館には沢山の人々が集まりました。

 

 美しい幼女アナとその可愛い姉イサベルは

それぞれの椅子を持っておき、着席してじっと

スクリーンを見つめます。

 

 映画『フランケンシュタイン』(1931年 ジ

ェームズ・ホエール監督 主演ボリス・カーロフ

スペイン語吹替版)の巻頭のシーンが上映され

ます。

 

 

 

 アナとイサベルと児童達は真剣にスクリーン

を凝視します。

 

 

 養蜂場において幼女姉妹イサベル・アナの

父フェルナンドが養蜂の箱に薬を散布し点検

します。

 

 彼女の妻でイサベル・アナの母テレサの声

は手紙を読みます。テレサは手紙を内戦で別

れた友に書いています。自転車で駅に行き、手

紙を輸送する汽車が停車すると投函します。

 

 汽車の中の窓から兵士がテレサを見つめます。

テレサも兵士を見ます。

 

  

 養蜂場でフェルナンドはオルゴールを出し、

開けて音楽を聴き公民館の前を歩むと、上映

中の映画『フランケンシュタイン』のポスターを

凝視し帰宅し犬に挨拶し、教会の鐘の音を聞き、

妻テレサや娘たちの不在をメイドミラグロスから

教わり、空腹を訴えると食事時間に帰って来な

かった事を注意されます。

 

 

 フェルナンドは書斎で書籍を読みます。

 

 公民館から『フランケンシュタイン』の声が

響いてくる。

 

 解説役は恐ろしい物語ですが、物語として

受け留めて欲しいと観客に頼みます。

 

 童女メアリーが怪物に殺害されるドラマにア

ナは衝撃を受けました。妹から怪物の動機を質

問されたイサベルは「後で教えてあげる」と告

げます。

 

 

 夜アナは十字架に、「神よ、我らを救いたまえ」

と祈ります。

 

 寝室でアナは何故怪物が幼女メアリーを殺した

かと理由を問いました。イサベルは映画の中の出

来事は嘘で幼女メアリーは殺されておらず、怪物

を見たと答え、村はずれに住み、夜活動している

精霊なのと解説しました。

 

 

 

 イサベルは冷静な性格の幼女で、妹に「会える

わ」とモンスターとの出会いは成り立つと教えま

す。純真無垢なアナは姉の言葉を深く信じ、モン

スターとの出会いを待ちます。

 

 学校では人間の肉体器官について学びます。

 

 

 人間の肉体器官の人形模型ドン・ホセに足り

ない器官を先生は問い、紙の器官を生徒が貼り

ます。

 

 雑木林においてフェルナンドは娘二人に茸に

ついて解説し、命を奪う毒茸の見つけ踏み潰

しました。

 

 アナはイサベルに教えられた井戸の側の小屋

を観察します。足跡がありました。

 

 朝馬車で出勤しようとするフェルナンドは帽

子を忘れ、窓から妻テレサが投げて渡しました。

 

 フェルナンドは時間の遅れを御者に指摘され、

朝日を受けて出発します。

 

 『小さな御船があった』のメロディが流れま

す。

 

 枕投げをしているアナとイサベルはミラグロス

に注意され、鏡台で髭剃りごっこをして遊びます。

 

 

 

 イサベルは友人達と焚火の上を飛びます。

 

 アナは姉達が火の上を飛ぶ光景を見ます。

 

 兵士が列車から脱走し足を痛めます。

 

 アナは脱走兵の青年と小屋で偶然会い、負傷し

ている彼に林檎を示し「あげる」と語ります。

 

 ◎現在公開中なので物語要約はここまでにし

ます◎

 

 

 

ミツバチのささやき El espirítu de la colmena(十一)瞳

 (当記事ではオープニングからアナと脱

  走兵の出会いまでに物語を要約してい

  ますが、リンク先記事では物語の結末

  迄言及しています。未見の方は御注意

  下さい) 

 

 昭和六十年(1985年)春梅田コマ・シル

バーで初鑑賞しました。十七歳のわたくしは

吃驚仰天しました。

 幼女アナの美しさに驚嘆しました。そのアナ

の純真無垢な心を尋ねフィルムに映し出したヴ

ィクトル・エリセ監督の清らかな演出に全身全

心で震えました。

 

 この年京都市の映画館で十回鑑賞しました。

 

 

 昭和六十一年(1986年)四月三日有楽シネマ

・平成二十九年(2017年)七月二十二日シネ・

ヌーヴォ・平成二十九年(2017年)十二月二日

京都みなみ会館・令和三年(2021年)一月三十

日京都シネマ シネマ2 A8席・令和五年(202

3年)九月十四日京都シネマ シネマ3 G1・令

和五年(2023年)九月二十六日大阪ステーショ

ンシティシネマシアター7G2席において、十二・

十三・十四・十五・十六・十七回目の鑑賞をしま

した。

 

 

 オープニングに児童が撮影風景を描いた絵が

映し出されます。描いた児童は主演のアナ・

トレントと準主演のイサベル・テリェリヤで

す。

 この映画の主題は、児童の心を探求すること

である事が窺えます。 

 

 アナがベッドで怪物が何故幼女を殺したのか

を姉イサベルに聞きます。眠気を覚えるイサベル

は咄嗟の閃きか思い付きで「瞳を閉じて。呼び

かけるの、私はアナと」と答えます。

 

 この言葉を無垢なアナは信じます。

 

  ヴィクトル・エリセ 

 Victor Erice

 

 1940年6月30日スペインバスク地方カランサ

に生まれました。

 33歳で『ミツバチのささやき』を第一回監督

作品として発表しました。

 

 ワンシーンワンショットの映像は1973年スペ

イン自然の輝きを映しています。

 

 アナやイサベルや級友の女性児童達の可愛さは

素晴らしいです。

 銀幕の天使です。

 

 テレサが駅で汽車の兵士達と視線を交わすシー

ンは深いです。

 

 今回の鑑賞では井戸前の小屋でアナが見る大きな

足跡について注意しました。

 

 まだ脱走兵が来ていない時期に誰かが踏んだ足跡

です。最後迄分かりません。

 

 ひょっとしたら、大詰の夜にアナが見た怪物の足

跡なのかなとも思いました。

 

 アナとイサベルが指の影絵で遊ぶシーンに胸が

熱くなります。

 

 イサベルが黒猫の首を絞めるシーンは怖いです。

 

 アナがイサベルの悲鳴を聞いてかけつける。

 

 イサベルは床に横たわってじっと目を閉じている。

 

 現在公開中なのでこのシーンについても多くを

語る事は控えます。

 

 イサベルは妖艶です。

 

 傷ついた脱走兵に林檎を挙げて父フェルナンド

のコートを着せてあげるアナ。その優しさは広大

無辺で深い。

 

 食卓のシーンでフェルナンドがオルゴールを

響かせ、アナが驚く。

 

 このシーンは重いです。アナの心にショッキン

グな事柄がのしかかってくる。

 

 悲報の描写をエリセ監督は幻想・神秘の手法で

描いているので重みは強烈です。

 

 

 アナを1940年当時の真面目な若者、イザベルが

権力や金銭に執着する1940年頃の国粋主義者を現

し、姉妹はスペインの世代を象徴しているというウ

ィキぺディアの意見に強く反対しています。

 

 

 アナの純真さやイサベルの妖艶さを観念化で世代

象徴と答えを捏造して思い込み固執することは、全

篇に漂う詩情を聞いていないことの露呈である。「答

えがない」ところが本作の凄い所なのですよ。

 

 映画内の出来事を全て製作時における現代の象徴

だと思い込み執着する事は、大事な心を聞き逃してい

ます。

 

 

 製作撮影時の1973年はフランシスコ・フランコ・

バアモンデ(1892年12月4日‐1975年11月20日)が

スペインを独裁的に統治していた時代ではあります。

 

 その厳しい時代に製作された事の緊張感は本作に

も影響を与えているでしょう。

 

 1940年頃のスペインの世代問題は、その時代の

スペインに暮らしているか、スペインの空気・風土・

自然や人々の気質に通暁していないと分からない。

スペイン在住地球人でないと分からないということ

です。

 

 内戦問題が本作の物語において確かめられ、

平和への希求が秘められていることは、テレサ

が視線を交わした兵士やアナが友情を感じた脱

走兵の描写に窺えるでしょう。

 

 それであるからこそ、『ミツバチのささやき』

のヒロイン姉妹を世代象徴の観念に縛られること

なく、艶やかさを見せる姉と純真さを探求する妹

と確かめることは学びの原点です。

 

 

 ヴィクトル・エリセはウィリアム・シェイ

クスピアの『あらし』のエリアルの言葉を確

かめています。

  

 

   おそらくぼくが個人的に気に入ったも

   のということなんでしょうが、その結

   末が、シェイクスピアの『テンペスト』

   の有名な詩文ー父親の死についてのも

   ので、ーその一部はシェリーが埋葬さ

   れているローマの墓地の墓碑に刻まれ

   ていますーと関係づけたものだったん

   です。

   (『ミツバチのささやき』 

    パンフレット 29頁

    1985年2月9日 シネ・ヴィヴァン)

 

 ここで言う「シェリー」とは、『フランケンシュ

タイン』の作者メアリー・シェリーの夫パーシー・

ビッシュ・シェリーです。

 

    

 エリアル Arielとはウィリアム・シェイクスピアの

戯曲『テンペスト』The Tempestに登場する妖精の名

前です吉田健一はアリエルと訳しました。

 

   Nothing of him that doth fade,

       But doth suffer sea-change

       Into something rich,and strange

 

   

   お前の父親の体で

   失はれたものは一つもなくて、

   ただ海の底でその凡てが何か

   異様に美しいものに

   変つただけなのだ。

  (吉田健一訳『シェイクスピア』

  「「リヤ王の嵐の場面と「嵐」」79頁

   1977年5月25日発行 河出書房新社)

 

  吉田健一の訳は鋭いですね。

 

 

  

 エアリアル(アリエル)は青年ファーディナンド

(ファアディナンド)に対して、汝の父アロンゾー

(アロンゾオ)は死んだが、身体は失われる事も

朽ち果てる事もなく、海底で美しいものに変わ

っていると呼びかけます。

 

 実はアロンゾーは生きていて、クライマックスで

ファーディナンドと再会します。

 エアリアルの詩の時点では、ファーディナンド

にとっては父親の死を伝える言葉でした。

 

 

 『ミツバチのささやき』の当初の脚本構想は成

人女性のヒロインが父親の訃報を聞き故郷に帰り、

幼年期を思い出すというストーリーでした。

 

 エリセ監督は脚本を再考し、ヒロインの幼女

物語に映画のドラマを集約します。

 

 映画版で父役のフェルナンドはずっと生きて

います。この物語の展開を支持します。

 

 

アナが夜に怪物と出会うシーンに緊張します。

 

 アナは震えている。

 

 怪物は本当に居る存在なのか?

 

 アナが見た幻影なのか?

 

 答え決めつけることは野暮でしょう?

 

 観客が心の中で想像していくことなのです。

 

 

 大詰で医師ミゲルがテレサに「大切な事はア

ナが生きているということだ」と語る台詞はず

っしりと重いです。

 

 イサベルが眠るアナのベッドを窺い妹の様子

を見守る。

 

 姉妹愛は暖かい。

 

 1940年スペイン世代象徴ではないのです。

 

 アナもイサベルも宇宙でただ一つの命を生きて

いる存在です。

 

 フェルナンドが書斎の机で寝込み、テレサが

服をかけるシーンにも心を打たれました。

 

 『瞳をとじて』の予告篇で女優アナ(アナ・ト

レント)が父親について語る台詞にドキッと緊張

しました。

 

 

 『ミツバチのささやき』『エル・スール』『マル

メロの陽光』『10 ミニッツ オールダー ライフ

ライン』『瞳をとじて』の五作品は互いに連関・照応

しているのだろうか?

 五作品全てを包むものはヴィクトル・エリセ監督

にとってどのような主題なのか?

 

 こうした事柄が胸中に湧きます。

 

 勿論一本一本の作品の考察も大事です。

 

 姉イサベルの教えに学ぶ幼女アナの心は清純無垢

で美しい。

 

                   合掌